#028 タロス、強奪

 その日の業務をあらかた片付けて、やけにおとなしいためすくんの様子をうかがう。

 驚いたことに彼はまだ、おやつの『水まんじゅう』を前にして何かを考えていた。


「試くん、もしかして和菓子とか苦手だった?」

「ん……? ああ、いや面白いから観察していただけだ」


 天才と呼ばれる人たちの考えることはよくわからない。

 それからおもむろに竹串で水まんじゅうを口に持っていき、二口でそれを食べきった。

 冷めた緑茶で口の中を流し、机の上に真っ白なレポート用紙を広げる。

 そして、猛烈な勢いで何やら複雑な計算式を羅列していった。


「あ、あの……試くん?」

由乃よしの、頼みがある」

「な、なにかしら」

「しばらくの間、通常業務をまかせておいてもいいか?」

「え……でも、それは」

「もちろん、最終判断が必要な事項はおれが決裁する。でも、ルーティンワークの範疇はんちゅうであれば、由乃の裁量で進めておいてほしいんだ」


 わたしに業務の移管を伝える間も、彼の腕は止まることがない。

 視線は机の上の用紙に注がれたままだった。


「そ、それだけでいいの?」


 何かの天啓が男の子を突き動かしているのは明らか。

 ならば、それを支えてあげたいと思った。だとしても、わたし自身に出来ることはあまりに限られている。

 少しだけ自信を失いかけていると、試くんは机の上からわたしの方へ視線を動かし、ハッキリとした声で答えた。


「おれの才能なんてうめるさんに比べたら大したことはない。でも、時間さえあれば影くらいは踏めるかもしれないんだ。頼む、おれに”時間”を与えてくれ。いまそれが可能なのは由乃だけだ」


 真顔で自らの気持ちをストレートに伝えてくる姿はこれまでにないほど、凛々しく感じられた。


「わかったわ。でも、無理をして体を壊すような真似はしないでね」

「大丈夫だ。いざとなれば例の宿舎もある。しばらくは集中したいからな」


 言った側から、この有様である。あとで千田河原せんだがわらさんにも一言、伝えておこう。くれぐれも度を超えた奮闘は控えさせるようにと。


 ◇◇◇


 それから数日、試くんは自身のアイディアを実現化するため、すべての精力を注ぎ込んだ。

 最初の二日間で仕様を確定し、回路の作成、機構の組み込み、パッケージングまでを一週間経たずに完了した。


「出来た……」


 完成した機械を前にして疲れたように大きく息を吐く。

 机の上には手のひらサイズの四角い箱のようなデバイスが置かれている。


「これがライムちゃんをひとりで歩けるようにする装置なの?」

「理論的にはな。実証実験はこれからだ」

「まさか、水まんじゅうみたいに透明なカバーで体を覆うとか、そういうのかしら」

「すき間から体液が漏れるだろ。それ以前に排熱や呼吸はどうするんだ。臓器をかき集めて人体を構成するなんてファンタジー、実際にはありえないさ」

「うん、わかったわ。そのへんにしておきましょう」


 なんとなく、嫌な予感がしたので試くんの発言を急いで遮る。

 そのとき、窓の外で光の鱗粉を航跡のように撒き散らしながら、自身の存在を主張する小さな妖精の姿を確認した。


「あれって、バンシーちゃんの眷属けんぞくの『ウィリーウィリー』じゃない?」

「どうしたんだ、あいつ。こんなところにやって来て」

「迷宮庭園でなにかあったのかも」

「それならタロスあたりが飛んできそうなものなんだけどな」

「とりあえず、外に出たほうがいいのかも……」


 結論としてはそれしかなかった。

 ふたりで研究所の扉を抜けると、ウィリーウィリーはわたしたちを導くように迷宮庭園がある方向へ飛んでいく。


「これは間違いないな……。行ってみよう!」


 ◇◇◇


「マスター! 来てくれたんだね、ありがとう!」

「何があった? ミノタさん」


 無人の迷宮庭園を走り抜け、無秩序にオブジェが居並ぶ迷宮ラビリンスゾーンの表層でミノタさんを見つけた。

 珍しくも焦った様子で彼女は周囲を見回している。

 周囲ではたくさんのウィリーウィリーがせわしなく飛び交い、ときおりバンシーちゃんの元へ帰っては、目にしたものを報告しているようだった。


「タロスくんの姿がどこにもいないんだ」

「タロスが?」

「夜の間に哨戒しょうかい行動をお願いして、朝になっても戻ってこないから心配でずっと探してたんだ。でも、どうしても見つからなくて……」

「反応は?」


 ミノタさんは自分のナワバリ内であれば、頭のカチューシャを使って誰がいるのかを的確に探ることが可能だった。


「シグナルロストしてる。気を失っているのか、ぼくのナワバリの外にいるのかわからないよ」

「ミノタさんの命令を無視して、勝手な行動をするはずはない。こうなると、外部からの犯行かな……」


 緊迫する事態に、わたしも周辺を見渡して、なにか異変の痕跡が残っていないか確かめる。

 そして、ちょっとした違和感を覚えた。

 庭園の出入り口付近から始まる地面のグラデーション。まるで、何かを引きずったあとのように、そこだけがキレイにほこりが取り払われていた。

 その行き着く先を目線で追いかけていく。

 最後はついこの間、新しく出現したなぞのオブジェクトへとつながっていた。

 その建物は随分とバランスが悪い三角すいで、ここから影になっている面が完全に垂直となっていたはず。

 そこには石の扉が存在していて、想像するに下へと続く入り口なのだろう。


「由乃、どうかしたのか?」


 わたしの挙動に気づいた試くんがこちらに声をかけてきた。

 答えるように片手で例のオブジェクト指し示す。


「あの建物がどうかしたのか」

「地面をよく見て。わかるかな? 何かを引きずったような跡がずっと続いているの」

「待ってくれ、いま確かめる」


 試くんが地面にうつ伏せとなって、低い視線から地面に目を凝らした。


「材質の色がサンドベージュだから、すごくわかりづらいな。でも確かに一本のラインが存在している。よく見つけたな……」


 感心したのか呆れているのか、なんとも微妙な反応を示され、ついつい憮然ぶぜんとしてしまう。そこはよくやったと褒めてもらいたいところなのよね。


「くそ……。やっぱり、あの三角形の建物があやしい。由乃、調査の時間は?」

「明日の午前中に最初の検査班が入る予定になってるわ」

「駄目だな。それまで放置はしていられない。強制的に扉を開けて、内部を確かめる必要がある」


 突発的な緊急事態。なりふり構わぬ強攻策を検討する。

 すると、その声にかぶさって、どこからか女の子の声が聞こえてきた。


「その必要はないぞ、万条目試まんじょうめためす!」


 声に導かれ、全員の視線がある一点に集中した。

 三角形の建物のさらに後方。背が低い円筒形のオブジェの影から、わたしの見知らぬフレンドが姿を現した。

 銀色の髪、体を覆う黒のロングコート。その下には、コートと同じような色合いのスラックスと白いシャツ。そして、彼女を特徴づけている右目を隠したアイパッチ。


「ドクターキリ子……」


 男の子が相手の正体を見極めて、その名前を呼んだ。

 だれ?


「魔界の天才医師と謳われたこのわたしをフレンドなどという、ふざけた存在に落とした憎き万条目……。その一族の末裔たる男よ、今日こそ怒りに駆られた我が力の恐ろしさを味わうといい」

「あいつは”リッチ”のフレンドだ……。一体、何を企んでいる?」


 リッチ……。おぼろげな記憶を頼りに情報を紐解く。

 確か、魔術を極めたものが死後、悪霊として蘇った魔物であると、なにかの資料で読んだ覚えがある。

 その特性から、自ら不死なるものを創造する”屍術師ネクロマンサー”として、大いなる力を持つ上級モンスターと恐れられているらしい。


「それで、『ドクター』なのね。キリ子っていうのは、あー……。死をつかさどるからか……」


 あまり深くは言及しないでおこう。


「お前たちの探しものはここだよ」


 キリ子ちゃんが手にかけた円筒形のオブジェに力を入れる。

 そうすると、レーンの上を滑るようにオブジェは滑らかに回転を始めた。

 これまで隠れていた部分には切れ込みが作られていて、段々と中の様子があらわとなってくる。


「あれは……タロスくん?」


 円筒の中には、意識を失い白い蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされているタロスくんが居た。糸はタロスくんが置かれている石の床の下へ末広がりに広がっていた。


「なんのつもりだ、キリ子!」

「そう、いきり立つな。お楽しみはこれからだよ……」


 試くんをいなすようにからかい、懐からなにかの道具を取り出すキリ子ちゃん。

 手にしていたのは、銀色の薄い板のような機械だった。


「ん? あれって……」

「なにか気づいたのか、由乃?」

「うん……。工事を担当している人が確か迷宮内部で情報端末を紛失したって……」

「情報デバイスを!」

「で、でも、バッテリーが切れたら状態初期化するから大丈夫だって書いてあったよ?」

「魔改造だ……」

「……はい?」


 真顔で意味不明なことを言い出した。


「あいつの能力は、他の魔物の肉体組織を用いて新たなる魔物を創り出すこと……。タロスに巻きつけられている糸は、蜘蛛女アラクネのフレンドの巣から回収したものか。きっとあの端末も、いまはなんらかの生体部品とそのエネルギーを使って稼働しているはずだ」

「あれって、ひょっとすると生きてるの?」


 わたしが半信半疑でそう尋ねると、視界に見えている筐体の裏面に突如、ひとつの目玉が浮き上がる。

 その瞳がぎょろりとこちらを向いた。


「うわっ! キモい!」

「アイ・フォーンとでも名付けておくか……」

「この状況でよくそんな言葉が出てくるわね……」


 わたしたちがいつもの調子で軽口を叩いていると、キリ子ちゃんがシビレを切らして高らかに吠える。


「その余裕がいつまで続くかな。いくぞ、”ストーン・フランケン”起動!」

「なに?」


 手にした端末を操作して、何かのスイッチを入れる。

 と同時に、巻き付いた糸からタロスくんに大量の電気が流れ込んだ。


「ギギギギギ! 強制再起動開始! CPUモードニテシステムヲ構築、ピィィィ、ガァァァ――」


 一瞬の沈黙のあと、タロスくんの目にオレンジ色の光が灯る。


「スタンバイ、OK。各セクション連結完了。GMMー001C『サイコ・タロス』、イグニッションスタート!」

「勝手に名前を変えるな! お前はストーン・フランケン零壱号だ!」


 速攻でシステム掌握されてるじゃない……。あんなポンコツ使うからよ。

 なんて思っていると、いきなりわたしたちの足元を支える、石造りの地面が大きく揺れ始めた。

 なに? なにがはじまろうとしているのよ!

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