CASE #04 ダーリン・イン・ザ・フランケン

#025 虚栄都市

 迷宮の奥深く。

 いくつかの人影がせわしなく動き回り、石の壁づたいに長いケーブルを設置していた。


「チーフ。照明の取り付け位置、ここで問題ありませんか?」

「ああ、ちょっと待ってくれ。いま確認する」


 上役と思わしき男性が作業着からレーザー計測用の機器を取り出そうとする。

 その拍子に、ポケットへ入れておいた業務用のスマートフォンが音を立てて石の床に落ちた。

 機械は足元の暗がりへと転がり、拾い上げようとした指先によって運悪く弾かれる。そこにすき間か何かがあったのだろう。小さく音を立てて、さらに遠くへ滑り落ちていった


「しまった! この先はまだ非電源エリアだ」

「どうします? 探しに行きますか」

「いや……。迷宮での作業は決して無理をしてはいけないと通達が出されている。諦めよう」

「弁償とか必要なんですか?」

「いや、どのみちバッテリーが切れたらそれまでだ。紛失届を出しておけば問題はないさ。それよりも作業に戻ろう」


 そして、男たちは本日分の割当工事にふたたび集中する。


 ◇◇◇


 光がまだ届かない迷宮の奥底。

 石造りの通路を移動している人形のような少女。銀色の長い髪と体を包んだ黒のコート。そして、顔には右目を覆い隠すアイパッチ。

 肩の部分に自ら顕現けんげんした光の球を浮かべ、ひとりきりでダンジョンを歩いていた。


「確か、この辺から音が聴こえてきたはずだ……」


 女の子は注意深く周囲を観察しながら、何かを探し求める。


「ん……。これか?」


 見つけたのは、薄い板のような銀色の筐体きょうたいだった。

 少女が拾い上げると、表面に人工的な光が灯る。

 そして、画面に浮かび上がったいくつものマーク。

 その内のひとつを指先で軽くなぞった。

 切り換わった画面を食い入るように見つめ続ける。


「ふははははは! 見つけた、ついに見つけたぞ! これでわたしはふたたび創造主となれる! この魔界医師”ドクターキリ子”の力によって、この地に新たな魔物が生み出されるのだ! 覚悟しておけ、万条目試まんじょうめためす!」


 哄笑こうしょうが石に囲まれた迷宮に大きく反響した。



CASE #04 ダーリン・イン・ザ・フランケン



 遠くに見える迷宮ラビリンスゾーンの景観を男の子は双眼鏡越しに眺めていた。

 隣に立つわたしも、目を凝らして遠くに映る様々な建築物を視界に収める。

 塔に寺院に霊廟れいびょうと、形も大きさもまちまちないくつもの構造体が広い空間に乱立していた。


「ミノタさんの言うとおりだ。確かに新しいモニュメントが生まれているな……」

「う、生まれる? あの建物って、人が作ったものじゃないの?」

「あの建物は個々のダンジョンへつながる出入り口だ。まだこの場所が『イマジナリー・モンスターフレンド』計画によって安定化する以前は、それぞれの魔物が地下にナワバリを作って地上部分への連絡口として設けたのが、あの一連の施設というわけさ」


 双眼鏡を顔から外し、端正な顔立ちをこちらに向ける少年――。

 名前は万条目試まんじょうめためす

 この童呼原どこはらの地を長らく守り続ける特別な一族の末裔であった。

 わたし、由乃朋美よしのともみはこの春から、彼の助手としてともにこのセンターで働いている。


「でも、どうしてそれが、みんな同じ場所に作られているわけ?」

「始めは洞窟の奥や小さな泉の中洲なかすに転移ゲートが作られていった。けれど魔物の数が増えるにしたがい、そこも他の魔物とナワバリが重なり合う。余計ないさかいを避けるため、出入り口だけは一箇所へ集中するようになった。そんな感じさ……」

「マンションの共同エントランスみたいな話ね」


 どうにもわたしの発想は、せっかくのファンタジーを台無しにする方向へと進みがちだ。


「基本的な考えは同じだな。最終的にミノタさんが作っていた迷宮の上層部が迷宮ラビリンスゾーンとなって、しまいにはここに多くの魔物が移り住んできたわけだよ」

「この巨大な迷宮を作ったのがミノタさんなの?」

「彼女の”クリエイトメイズ”の能力でな……。さすがに人為的な手法で人間が地下に石造りの迷宮を作るのは不可能さ」


 言われてみれば、鍾乳洞だって何千年もかけて自然が作り上げるものだ。

 それをわずかな時間でやってしまうあたりがミノタウロスという魔物の恐ろしさなのね。


「庭園に行こう。ミノタさんにもっと詳しい話を聞かないと……」

「うん」


 わたしと試くんは高台にある林を背景にした場所から、迷宮庭園につながる坂道をともに下った。


 ◇◇◇


「やあ、マスター。どうだった?」

「教えられたとおりだったよ。これまでにない新しいモニュメントが確認できた」


 迷宮庭園の中ほど。広い場所にわたしたちを迎えてくれたのは、ホルスタイン模様の衣装に身を包んだ”ミノタウロス”のフレンドであるミノタさん。

 その隣には、黒い喪服のようなドレスを着た、”泣き女”のフレンド、バンシーちゃんが当然のように待機していた。

 ここはミノタさんのナワバリなので、本来はバンシーちゃんが自由に出入りする場所ではない。だが、そのようなことはお構いなしに彼女は常駐している。

 もはや嫁……。

 それと、あともうひとり。ここには『タロスくん』というポンコツ……いや、門番代わりのロボット型フレンドがいるはずだけど、いまは姿が見えない。

 多分、周辺の警備でもしているのだろう。


「マスターは初めてなのかな、迷宮の『増殖』は?」

「ああ、実際に見たのはね。過去の映像ではいくつか確認しているけど」

「しょうがないよ。ぼくらがフレンド化して以降は、迷宮の出入り口が増えることはなかったんだ」

「ということは、もしかして”風穴”から新しい魔物が出現したのかも……」

「可能性としてはそれが高いかな? でも、おかしいんだ」

「どうかしたのか」

「あの場所から誰も出てくる気配がない」

「ふむ……」


 難しい顔で話し込む、試くんとミノタさん。

 正直、この『童呼原どこはら野生生物管理センター』において、実質のナンバー2がミノタさんであるのは衆目一致するところだ。

 少なくとも現場レベルではわたしの数倍、彼の役に立っているのは間違いない。


「由乃様、どうかされましたか?」

「あ、バンシーちゃん。いや、別に……。ちょっと、ふたりとも難しい会話をしているなって思っただけ」

「では、こちらは女の子同士でお話をいたしましょう」


 さりげなくミノタさんに失礼なことを言いつつ、バンシーちゃんはこちらに語りかけてきた。

 わたしを膝を抱え込むように腰を落として、相手の視線に高さを合わせる。


「ごめんなさい。ミノタさんとの時間を邪魔しちゃって」

「ふふ……。お気になさらずに。それより由乃様こそ、なんだか元気がなさそうにお見受けいたしますわ」


 う……。見透かされてるわね。

 まあ、元が魔物のフレンドからしてみれば、わたしなんてただの小娘同然なんでしょうけど。


「ちょっとね……。自分の立ち位置を見失っていると言うか、ミイラ取りがミイラになっているのかもしれないわ」


 この場所を初めて訪れてた時、わたしと試くんは逃げ出した”マミー”のフレンドを追いかけた。彼女は自分の中で芽生えた恋心に悩み、その苦しみから逃げ出そうとしていた。それはきっと”魔性”と呼ばれる隠された人間性の発露なんだろう。


「わたしはね、別に試くんの特別になりたいわけじゃないわ。ただ、少しでも彼の役に立ちたいと思ってる……。つもりだったの」

「あら。由乃様は十分、マスターのお役に立っていると思いますわよ」

「それはまあ、外から見ていればそうなんだろうけど、自分ではなんだかとっても中途半端な気がしているの」

「由乃様がそのように自信なさげな顔をしていますと、余計にマスターが心配されますわ」

「……うん、それもわかってる」


 心の中では、その反応を期待している自分がいる。

 わたしはそんな自分が好きになれない。


「結局、わたしにできるのは『お手伝い』なんだよね。それは大切なことなんでしょうけれど、別にわたしでなくても大丈夫と言うか……。ごめんなさい、こんなこと急に言われても意味がわからないよね」

「ふふ、わたくしから見れば、由乃様はこれ以上ないほどマスターの特別ですわ。それはもううらやましいくらいに……」


 隣の芝生は青いという感じかしら。

 バンシーちゃんが、わたしを元気づけようとしているのはとてもよくわかった。

 そうこうしている内に、どうやらイケメン組でも話の大筋が固まってきたみたい。 


「近いうちに調査をするよ。もっとも直接、中には入れないから、まずはエコーを使った空間調査ぐらいだけど……」

「こちらもタロスくんに警戒しておくよう、お願いするよ」

「そう言えば、あいつはどうした? 入り口にも居なかったけど……」


 試くんが辺りを見回しながら、銀色の胴体を持つフレンドを眼で探す。


「ああ。いまは迷宮ラビリンスゾーン側に……」

「侵入者発見! 侵入者発見! 要注意! フレンドト思ワシキ存在ヲ二体確認! デデデデ、デストローイ!」

「見知らぬフレンドが現れないか警戒してもらっているんだよ……」


 ミノタさんの声に挟まれて、物騒な機械合成音が聴こえてくる。

 男の子は思わず片手で目を覆い、それから疲れたように伝えた。


「いますぐ止めさせてくれ。それと、誰が来たのかわかるかい?」

「ええと……。ああ、これは『タラちゃん』だね」


 タラちゃんとは、やけに思い切ったネーミングね。

 こわくないのかしら。

 などと考えていると、迷宮がたちどころに姿を変え、道の遠くにこちらへ向かって歩いてくる人影が見えた。

 頭には濃紺地のキャスケット帽。白いトレーナーの下には帽子と同じような色合いの深いインディゴデニムのジーンズを履いている。

 背中には体よりも大きな背嚢リュックサックを担ぎ、袋からは左右四対の虫の足を模したオブジェが飛び出していた。


「彼女は”蜘蛛女アラクネ”のフレンドだ」

「なんで、『タラちゃん』なのよ?」

「大きい蜘蛛だからタランチュラと間違えたんだろ、うめるさんが」

「それで、タラちゃん……」


 まあネーミングが適当なのはいまに始まったことではない。

 それでよしとしましょう。


「よかった。ここにいてくれたんだね、マスター」

「ひさしぶりだな、タランテラ。何かあったのか?」


 試くんは顔を合わせたタラちゃんにやさしく語りかける。


「あれ、タラちゃん……。タロスくんはどうしたのかな?」

「ん? ああ、なんだか前を邪魔してきたから、ぼくの糸で簀巻すまきにしておいたよ。いまも入り口で転がってる」 

「わああああ! タロスくーーーーん!」


 返事を受けたミノタさんが大慌てで駆けつけていった。

 なかなかに攻撃的なフレンドね。先に手を出そうとしたタロスくんが悪いのだけど。


「マスターがここに来ていると知ってね。個人的な相談と、あともうひとりフレンドを連れてきたんだ……」


 そう言って、背中のリュックサックを肩から降ろす。

 ふたの止め口を外して逆さまに持ち上げ、袋の中身を地面にぶちまけた。

 レンガの床に広がる緑色の粘液。その中から、人の形を模したゼリー状のフレンドが起き上がる。


「ライム……」


 試くんの表情がにわかに強張こわばったのをわたしは見逃さなかった。

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