#024 Fー1グランプリ!

 午後、仕事を早めに切り上げて、わたしたちは泉のほとりにやって来た。

 そして、すぐに場の空気がおかしいことを感じ取る。


「ね、ねえ、ためすくん?」

「ああ、感が鈍いおれでもわかってる。なんだ、このフレンドの数は……」


 姿こそ見えていないけど、森の中や泉からたくさんの気配を感じた。

 まるで祭りの始まりをいまかと待ちわびる観衆のようだ。


「あれ……お菊ちゃん?」


 森を走る一本の細い獣道。そこを通って、可愛らしいオーバーオールに身を包んだ三つ編みの少女が登場する。

 手には一本の鉄の斧。彼女の出現を契機にして、場の雰囲気は最高潮に盛り上がる。


「な、なに? これから、何が始まるの!」


 空気に呑まれているわたしたちは、すっかり置いてけぼりだ。

 すると、お菊ちゃんがおもむろに手にした斧を泉へと投げ込んだ。それを合図に水の中からまばゆい光があふれてくる。

 遅れて、ひとりのフレンドが優雅にその姿を現した。


「あれって、ナイアスちゃんなのかしら……?」

「それにしては、なんだか派手だな」


 試くんが言うとおり、泉から出てきたフレンドは最初に会ったときの印象とかなり違っていた。

 妖精を思わせる白く清楚な衣装は、キラキラとしたラメが光に反射して眼にまぶしい。天使のような栗毛色の緩やかな髪はスパンコールに彩られ、そこはかとなく妖艶な味わいを漂わせていた。

 小悪魔仕様なナイアスちゃんは両手にひと振りの長剣を握りしめ、おごそかに語り始める。


「あなたがいま泉に落としたのは、かの有名な英雄アルトリア・ペンドラゴンが今際いまわのきわに湖へ落とした聖剣エクスカリバーですか?」

「なんでやねん! ここは約束の地、アヴァロンにつながる冥府の湖か? てか、ややこしいわ! いまどき『アーサー王伝説』でボケられても、わかる子、おらんがな! そもそも落としたのは斧や! そこで剣を出してくるって、どういうことやねん! やりなおしや!」


 すごい剣幕でまくし立てたお菊ちゃんは、泉の妖精にまさかのリテイクを要求した。


「ノーカンや! ノーカン! こんなんでうちはごまかされへんで!」

「ええー。これ用意するの結構、大変だったんですよ……」

「おかしいやろ! てか、よう手に入れたな! もしかして、お前が抜いたんか? いやいや、アーサー王が実は女の子って、んなわけがあるかいな!」


 ひとりでノリツッコミを披露するお菊ちゃんは絶好調である。


「んもー。特別に一回だけですよ……」


 ぶつくさと言いつつ、ナイアスちゃんはふたたび水の中へ戻ろうとしていた。


「ちょい、待ちや!」

「はい、なんですか?」

「いまのボケ、うちはそんなに嫌いやなかったで」


 芸には厳しいが、人にはやさしいお菊ちゃんであった。

 なんだかなあ……。

 そして、妖精の姿が泉に沈む。

 しばらくして、お菊ちゃんはもはや鉄の斧を落とすこともなく、


「泉の妖精、出てこいや!」


 どこかの芸人さんのネタを丸パクリして、ナイアスちゃんを呼び出そうとする。

 その声に応じて、もう一度、泉の精が水中から姿を見せた。

 手にはなぜだか金と銀の斧の代わりに、二本の洋酒の瓶が握りしめられている。


「あなたがボトルキープするのは、このブランデーのVSOPですか? それともウイスキーのオールドですか?」

「待てや! おかしいやろ? なんで、お酒やねん! せめて刃物、持ってこんかい!」


 やり取りの内容がそこはかとなく、おねえタレントと呼ばれる人たちの芸風を感じさせた。


「それじゃあ、両方ともチャージしておきますねぇ」

「なんでや! 二本もキープしても意味ないやん!」

「それ、ニューボトル♡ ニューボトル♡」


 ナイアスちゃんが酒瓶をマラカス代わりに振り回し、上機嫌に舞い踊る。

 いろいろともう駄目だわ、この泉の精。すっかり酒精バッカスの神に宗旨しゅうし変えしていた。


「聞けや! 人の話を!」

「大丈夫ですよー。そのうち一本はわたしが飲みますから」

「お前が飲むんかい! てか、扱うお酒の銘柄がメチャクチャ古いわ! ここは昭和のスナックか!」


 わたしたちは一体、何を見せられているのだろう。

 アップテンポで迷コントを繰り広げるナイアスちゃんとお菊ちゃんのふたり。

 固唾を呑んでそれを見守っているたくさんのフレンドたち。

 めまいがしてきそうな現実に心を奪われていると、水のほとりがふたつに割れて、その間から見覚えのあるフレンドが出現した。


「いかがです、マスターさん。楽しんでおられてます?」

「リヴァイアさん、これは……」

「なんや、あのあとにナイアスさんから、ゆっくりお話をうかがいましてね……。せやったら、あの子もうちの方で面倒見ようか思いまして、お声がけさせてもろたんですわ」


 やはりそうなのね。

 この摩訶不思議な空間を創り上げたのは水棲フレンドの元締め的存在、”リヴァイアサン”のフレンドである彼女だった。


「あの漫才は……?」

「お菊ちゃんはひと目見た瞬間から、この子は天下取れる器やと思いましたわぁ。それで、ナイアスさんとコンビでいい感じに仕込ませていただきました」


 まさかのプロデュース・by・リヴァイアさんである。

 でも、ネタのチョイスの古臭さを考えれば納得だった。


「で、今日がお披露目というわけか……」

「日夜、お稽古を積み重ねた努力の賜物たまもの。あの子たち、誉めてあげてくださいね」

「いや、土日の二日間で仕上げた急造コンビだろ?」

「これが運命の出会い。伝説の始まりですわ」


 試くんの冷淡な感想に、がんとして自らの世界観を譲らないリヴァイアさん。

 そして、半ばどうでもいと思っているわたしがいた。

 なんなのよ、この展開は……。 

 ただまあ、たくさんのフレンドに囲まれながら小気味よくツッコミを繰り広げているお菊ちゃんは、この上なく幸せそうに見えた。

 それは多分、彼女が探し続けた夢の舞台の始まりなのだろう。


「マスターさん、あの子はもう大丈夫。きっと自分の力で夢や希望を叶えて見せるでしょう。そのための手助けもささやかですが、わたしが行います……」

「おれの力は必要ないというわけか?」

「あら? そないな怖い顔しはったら、みんな驚いてしまいますわ。リラックス、リラックス……。平常心が大事ですよ」


 どこか悔しそうな試くんにリヴァイアさんがやさしく語りかける。

 少年が思い悩んでそれでも見つけられなかった答えを、人づてに聞いただけで冷静に対応してみせた年長者。

 両者には埋めがたいほどの経験の差が大きく広がっていた。


「…………いや、違うな。助かったよ、リヴァイアさん。ありがとう」

「はい、ごくろうさまでした」


 短く答えたその声にすべてが詰まっていた。

 この問題はすでに解決済みなのである。

 それが誰の手によるものであるかどうかなど、瑣末さまつな問題に過ぎない。


「行こう、由乃。ここはリヴァイアさんに任せておけば大丈夫だ」

「え? うん……。それじゃあね、リヴァイアさん」

「ええ、由乃ちゃん。これからもしっかり、マスターさんのことを支えてあげてくださいね……」

「はい? えっと……が、がんばります」


 リヴァイアさんが言い含めるような口調でわたしを激励してくれた。

 でも残念ながら今回、わたしは試くん以上にただの傍観者となってしまっている。

 反省しなければ……。

 そして、わたしたちは大きな安堵と少しばかりの口惜しさを感じながら泉を離れていった。

 道すがら、それまで沈黙を守っていた試くんがせきを切ったように心情を吐露する。


「おれは間違っていた」

「そんなこと……」


 ないよ、と言いかけて声に詰まる。

 事実に基づかない慰めは、かえって相手を傷つけてしまうと考えたからだ。


「由乃ひとりだけに助けを求めて、それ以外の可能性を考慮しなかった。それは結果的に由乃の負担を大きくして、問題の解決を遅らせた。おれがもう少し柔軟に対処することを思いついていれば……」

「それはわたしも同じ……………………!」


 自分の行いをあらためて振り返った。そのとき、とんでもなく嫌な衝動が心に沸き起こる。

 なぜ、わたしは週末に実家へと向かったのか?

 それは単なるホームシックというだけではない。

 本当は家に帰り、機知と経験に富んだ両親や祖父母からうまく言葉を言い換えて、アドバイスを授かるつもりではなかったのか……。

 でも、わたしは何も訊かなかった。

 なぜか?

 その理由をいまハッキリと自覚する。


――わたしは、自分にだけ甘えてくれる彼の気持ちを独り占めしたかった。


 ただそれだけだ。

 そこにはフレンドのことも、この童呼原の地を護るという使命感も置き去りにしてしまっている。

 わたしの身勝手な気持ちをきっとリヴァイアさんは最初から見透かしていたのだろう。

 だから、最後にわざわざ声をかけてくれたのだ。

 もっと本当の意味で彼の助けになりなさいと……。


「由乃、どうした!」

「え……? う、ううん。なんでもないよ」

「そんな表情で平気だと言われても納得できない。何かあったのか?」

「ちがうの……。問題が急に解決してしまったから、その、安心しちゃって……」

「なんだ、それ? 心配がなくなったら、もっと喜べばいいだろ」

「そうだよね……。うん、ごめんなさい。余計な気を使わせてしまって」

「いや……。由乃が大丈夫なら、それでいいんだ」


 いけない。

 なおも不安げな様子で自分に注がれている彼の視線。

 その表情を見ているだけなのに、内心では喜びを隠しきれないわたしがいた。


 きっとわたしは恋をしている。

 でも、それは女の子が夢見るような、楽しくて甘いだけの感覚ではないのだ。

 知らぬ間に自らを見失ってしまうほどの激しい情動。

 その怖さと切なさをいまわたしは初めて自覚した。



 CASE #03 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る