#020 決戦は金曜日
「ナイアスちゃん。ここはどうかな」
「え……。『CLUB 竜宮城』……。なんですか、これは?」
「この泉の底の方にナワバリを持っているフレンドなの。よかったら、この人にお願いして、しばらく
「はあ……。でも、わたし。普段は泉の上の方に居て、下の世界はよくわからないんですよね……」
わたしはリヴァイアさんにもらった名刺を見せながら、彼女の説得に乗り出す。
そんなつもりはないのだけれど、やってることは街中で水商売に女の子を誘う通称、”スカウト”の人とあんまり変わりがない。
「取りあえず、呼び出してみるしかないか」
「え? いまからなの」
「どのみち、他に手段がないならしょうがないよ。おーい、
「何か御用ですか、親分?」
「何度もすまないな。悪いが、ここにリヴァイアさんを呼んでほしいんだ。頼めるか?」
「
「時間……?」
「それじゃ、行ってくるッス」
そう言い残し、権之助ちゃんは水の中へ戻っていった。
しばらく変化を待っていると、その瞬間はいきなりやって来る。
泉の水が今度は湖面全体を二分するほど大きく割れ、中央付近に大きな《はす》蓮の花を台座にしたリヴァイアさんが下から浮かび上がってきた。
青い衣装、盛られた金色の髪。ひらひらと揺れる
近くまで蓮の台座が音もなく静かに移動してきた。
もはや、花道を堂々と進んでくる大物芸能人の歌謡ショーである。足りないのは、BGMとスポットライトくらいなもの。
「お待たせしましたぁ。あら? ひとり女の子が増えてるのね」
ナイアスちゃんを挟んで横に三人、並んでいるわたしたちを見て、興味深そうに声を上げる。
「べっぴんさん、べっぴんさん、ひとつ飛ばして、わたしもべっぴんさん。
「あ……はい。そ、そうですね」
悪い人ではないのだけど、ノリが独特すぎてなかなかついていけない。
「彼女は”泉の精”のフレンドで、ナイアスだよ。突然だけど、しばらく彼女を預かってもらえないかな、リヴァイアさん?」
マイペースに協力を要請する試くん。
物事に動じない性格はうらやましいわね。
「ご面倒おかけいたします。この辺りをナワバリにしている、ナイアスと申します……」
「あらあら、よかったわぁ! 実はうちにも新しい子がずっと欲しかったのよ。この子、いいわねぇ。スレてない感じがすごく人気者になりそう!」
リヴァイアさんは破顔一笑して、フレンドの受け入れを
「あの……。わたし、なんだかとっても怖いんですけど」
ナイアスちゃんが不安を覚えて助けを求めてくる。と言われても、いまは他に選択肢がない状況なので妥協してもらうしかない。
「なるべく早く問題を解決するから、とにかくいまは我慢してくれ」
「は、はい……。まあ、あの人に比べれば、お話が通じるだけありがたいです」
「通じてるのかしら……」
疑わしさについ口走ってしまった。
試くんが無言のままに肘でわたしのお腹をつついてくる。
こら、女の子の体をそんな風に触っちゃダメでしょ!
悔しいので、見えない角度から手を伸ばし、彼の背中をつねってみせる。
あ、ビクッ! ってなった。ちょっと楽しい。
「詳しいお話は向こうに着いてから、あんじょう聞かせていただきましょうか。とりあえず、いまはマスターさんを安心させてあげましょうね……」
「あ……。そ、そうですね、ごめんなさい。わがまま言ってしまって」
「いいのよぉ。女の子の人生は、身体と同じで山あり谷あり。道が険しいほど、魅力的な女の
うまいこと云うわね。人形みたいな体型なのに。
って言うか、若い頃も何もフレンドはみんな
だとすれば、確かに波乱万丈よね。それ以前に奇々怪々なわけなんだけどさ。
「それじゃあ、マスターさん。この子はわたしが責任持って預からせてもらいます。いずれは、どこに出しても恥ずかしくないキャストに育て上げてみせますので、どうぞご安心を」
「え? なんだよ、”キャスト”って……」
「あんじょう、きばって下さいねえ!」
「あ、いや、ちょっと待って! リヴァイアさん? リヴァイアさあああん!」
試くんの声もむなしく、リヴァイアさんは早々にナイアスちゃんを引き連れて、泉の底に戻っていった。あとには困惑したまま、場に残されたわたしたち……。
「大丈夫かな、本当に?」
「わたしに訊かれても知らないわよ」
若干ではない大きな不安を抱えつつ、いまはしょうがないという結論でわたしたちは泉を離れることにした。
とにかく、まずは決まったタイミングで現れるという、なぞのフレンドの正体を確かめることが先決なのだ。
◇◇◇
研究所に戻ると、試くんは机の前のモニターに張り付いたまま、一歩も動かない。
真剣な表情にわたしも邪魔をしては良くないと考え、しばらくは自分の通常業務に専念していた。
やがて、男の子の視線が画面を離れ、照明の灯りがまぶしい天井へと向けられる。
それを疲労のサインと捉え、わたしはマグカップに淹れた二杯のコーヒーを持って、そのうちのひとつを彼の机の上に置いた。
「少し休んだほうがいいんじゃない?」
「まあ、そうだな……」
「かなり煮詰まっているみたいだけど、どうしたのよ。試くんらしくもないじゃない」
「やっぱり、無理だよな」
「ちょっと、わたしの言うこと聞いてる?」
噛み合わないやり取りと上の空の相手の態度に、つい言葉尻が険しくなった。
「なんなのよ、もう……」
あきれて手にしたマグカップに口をつけようとする。
「なあ、由乃。明日の夜はおれと一緒に過ごしてくれないか?」
男の子の大胆過ぎる提案にあやうくコーヒーをこぼしかけた。
「え? な、なに! いま、なんて……」
「ベットはひとつしかないけど……。まあ、問題ないか」
「べ、ベベベベベベベ、ベット?」
「体が汚れたら、小さいけどシャワールームもある」
「よ、汚れたらって、一体なにを……」
「どうせ、夜の間は他の職員の出入りもない。見つかる心配はないんだ」
「み、見つかるってなによ! 何をするつもりなのよ?」
「明日は金曜日だ。夕方のバスでセンターに来てくれればいい。他に用事があればしょうがないけど、明日を逃すとまた一週間、待たないといけないからな……」
ん? 金曜日。
金曜日がなによ。
なんだか話がおかしい。いや、きっとおかしいのは、わたしの沸いている頭の方なのかもしれない……。
心を一旦、落ち着けよう。
「えっと、試くん。金曜日の夜に何があるのかしら?」
「グラフの更新頻度を見直してみると、『金曜日の夜』を境に数値が上昇しているんだ。つまりは例のフレンドが金曜日の夜に泉のほとりへやって来て、鉄の斧を投げ込んでいるというわけだ。どう対応するかはまだ未定だけど、正体だけは確かめておきたいと思ったのさ」
「あー……。なるほどね」
「六時を過ぎるとバスの最終便が出てしまうし、ここまで来てくれるタクシーもない。必然的に施設の中で寝泊まりしてもらうことになるけど、それで問題はないか?」
問いかけてくる男の子に、わたしはひとつ大切なことを確かめた。
「まあ、金曜日だからといって他に用事があるわけじゃないわ。ただ……」
「ただ……なんだよ?」
「どうして、わたしがその現場に同行しないといけないのかしら?」
少し意地悪に試してみる。別に不満があるわけでも、不平を鳴らしたわけでもなかった。
言葉は大切だ。気持ちは伝えなければ、誰の心にも届かない。
だからわたしは彼の口から聞きたいのだ。
彼の素直な気持ちを。
「おれだって馬鹿じゃない。いや……馬鹿で子供だということはもうわかってるさ。だから自分ひとりより、誰かと一緒に行動したほうが賢明だと判断して、由乃にも協力してもらいたいんだ、それじゃあ駄目か?」
そう語って、わたしの答えを待っている。
初めて遭った時は子供だと思っていた。いまでもその印象は大して変わらない。
それでも彼はちょっとづつ変わろうとしている。
いまはその成長を気長に待つとしましょう。
「わかったわ。でも、晩ごはん程度は経費で落としてよね」
「なんでも好きなものを買ってきてくれ……」
こうして、わたしたちは決戦の金曜日をともに迎えることとなった。
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