#018 竜宮城より愛を込めて
「それじゃあ、ちょっと
そう言い残して、臆する気配もなく泉の中に飛び込んだ権之助ちゃん。
着ぐるみを着たまま、水中へ潜っていく様子は限りなくシュールであり、ともすれば何かのバラエティー番組を想起させた。
違うのは、本当に着ぐるみが水の奥底へと沈んでいったことだろう。
それからしばらく、わたしたちは泉に変化が起こるのをじっと待ち受けた。
その瞬間は唐突に訪れる。
湖面が大きくふたつに割れ、分かたれた空間に下から水が噴き上がってきた。
その上にひとりのフレンドが足を乗せ、わたしたちの前に姿を現す。
「あんじょう、おひさしぶりです。マスターさん……」
出てきたのは、目にも鮮やかな水色のドレスを着た女の子だった。
もっとも、大きな頭に小さな体というスタイルからフレンドであるのは間違いない。
ドレスにはひらひらとした布が幾重にも縫い付けられており、彼女が動くたび
金色の長い髪は立ち昇る炎のように美しく盛り上げられていた。
いまや懐かしい、『昇天ペガサス
一見、髪留めに見えるのは本物の貝とヒトデ。それらは淡水では生きられないという指摘には、ここがおもしろ不思議時空ということでご納得していただきたい。
「ひさしぶり。リヴァイアさん」
「あら、こちらのお嬢さんはどなた? もしかして、マスターさんのいい人かしら、ふふっ……」
冗談めかして笑いながら尋ねてくる。
少し目尻の下がった両目は、常にニコニコとして閉じられていた。
なんというか、大物感が漂うフレンドね……。
「いや、この人はおれを手伝ってくれている助手だよ」
「あ、初めまして。よ、
「あら、ご丁寧にどうも。わたしは”リヴァイアサン”のフレンドです。あんじょう、よろしくお願いしますね」
そう言って、彼女は両手で一枚のカードを差し出してきた。
受け取った印刷物の表面には、『CLUB 竜宮城 リヴァイア♡』と記されてある。なんだ、これ……。
「わたしね。この泉の下で一軒、お店を任されているの。由乃ちゃんも一度、よかったら来てみてくださいね。いろいろなフレンドの舞い踊りとかやってますのよ」
「は、はあ。機会があれば……」
「でも、マスターさんもいけずやわぁ。こない可愛らしい子と一緒に来るやなんて、ちょっと悔しゅうなります」
えっと……。どこまでが本気で、どこからがネタなのかよくわからない。
思うに普段、あまり目にかからない場所にいるフレンドほど、実際に会うと対応に苦慮するケースが多い。大体、
あと、試くんが『リヴァイアサン』と呼んでいたのは、『リヴァイアさん』なのだと、ようやく気づいた。
「で、でも、水中だとわたし、息が続きませんけど……」
「あら、そうなの?」
「え、ええ。人間は水の中では呼吸が出来ませんので」
「でもね、大丈夫。ほらこれ、『ブーメラン』があるのよ、うちのお店。だから安心して来てくださいね」
待ってましたとばかりに超小型の酸素ボンベを取り出してみせる。
仕込みネタまで出してくるあたりが、どうにも小馬鹿にされているような気がしてきた。
「リヴァイアさん、今日はなにか用事があったんじゃないのかい?」
「あら、そうだったわ! ごめんなさいね、マスターさん。思わずガールズトークに花が咲いちゃって……」
「ガールズトーク……」
会話の
「ちょっと見てもらいたいものがあるのよ……。これ、泉の底で見つけたの」
「ん? なんだこれ……。斧か? それにしても小さいな」
「これがね。たくさん、沈んでるの。一〇や二〇じゃないのよ……」
「どういうことなの、試くん?」
「さあ、おれにも皆目、見当がつかないよ」
リヴァイアさんが差し出してきたのは、片腕でも扱える薪割り用の手斧であった。
でも一体、誰がこんなものを?
「リヴァイアさん、これはいつごろから泉で見かけるようになったの?」
試くんが斧を受けとり、興味深そうに尋ねる。
「そうねえ……。ひと月くらい前からかな。日を追うごとに増えてきちゃって……。わたしもね、鱗に傷がついちゃって大変なのよ。他の子が怪我しないか心配だわ」
「一ヶ月前か……。グラフの変化と一致するな」
真剣な様子の試くんとは対象的に、傷ついた鱗とやらを心配するリヴァイアさんの口調。どうにも、お水の香りしかしてこないわね、このフレンド……。
「わかったよ。いまあるものは、権之助にでも手伝ってもらって泉の外に出しておいてくれ。あとの回収はこちらでやっておくから。原因については、なるべく早急に対処するよ」
「よかったわ。お願いするわね、マスターさん。落ち着いたら、お店の方にも寄ってちょうだい。お礼も兼ねて、存分にサービスさせてもらいます……」
リヴァイアさんは冴える営業トークで試くんに謝意を伝えた。
続けて視線をわたしに向ける。
「由乃ちゃんも遠慮なんかしないで、ひとりでも気軽に寄って下さいね。わたしも、お水の世界で生きる女だから、人に言えない悩みとか聞いてあげるのは得意なのよ……ふふっ」
お水の世界というのは比喩表現であって、リアルに水中で暮らしていることではない。
「あ! それとも、マスターさん以外の誰かいい人と一緒でも構わないのよ。でも、彼より格好いい男性なんて滅多にいないかしら……ねえ?」
「まあ、でもリヴァイアさんのお店にいけば、みんな『水も
「あらー、お上手ねえ! それ、わたしもお店で使っていいかしら? どう?」
「えっと……。ご、ご自由にどうぞ」
即、採用された。
ネタへの
「それじゃ、リヴァイアさん。権之助にまだ少し用があるから、出てきてもらっていいかな?」
「あらあら大人気なのね、妬けちゃうわ。ゴンちゃああん! ご指名よお、上がってきてちょうだいなぁ!」
湖底に向かってスタッフを呼びつけるリヴァイアさん。
その声は支配人としての貫禄にあふれている。
「少々、お待ちくださいねえ。すぐにやって来ますので。ああ、でもわたしがいると、浮かんでこれないのね……。ふふ、それでは失礼いたします。またのご来店、お待ちしております」
「お疲れ様……リヴァイアさん」
わたしたちに向かって深々とおじぎをし、ゆっくりと泉に沈んでいくリヴァイアサンのフレンド。
同時に割れていた水面もひとつに戻っていく。
「お待たせしましたッス。あの、まだ何か自分に御用でしょうか、親分?」
「ちょっと案内をしてほしいんだ。この手斧がたくさん沈んでいる場所へ連れて行ってくれないか?」
「あ。それでしたら、こちらへどうぞ……」
試くんの要請に、権之助ちゃんは泉の水面を器用に泳ぎながら進んでいく。
よくもまあ、あの着ぐるみでこうもスムーズに泳げるものだと感心した。
やがて、わたしたちは最初の場所から大きく泉を迂回して、近くに林が見えるロケーションへと到着した。
「ここなのか?」
「あ、はい。この辺の浅瀬にたくさんの斧が沈んでいるッス。ここは日当たりもいいから、他の水棲フレンドも陸に上がって
「だったら、余計に斧が沈んでいたら危ないよね」
「そう言えば、ここをナワバリにしているフレンドがいなかったか?」
「え? あー確か、泉の精のフレンドさんがいたッスねえ……」
「泉の精に投げ込まれた大量の鉄の斧か……。少しだけ、関係性が見えてきたな」
「何か、わかったの。試くん?」
「どうだろうな。あとは本人に聞いてみないとハッキリしないよ。権之助、案内ありがとう。もう、帰っていいよ。リヴァイアさんにもよろしく伝えておいてくれ」
「あ、はい。それじゃあ、失礼するッス……。由乃
「ね、姐さんは照れるわね……」
挨拶を終えた権之助ちゃんが水の中へと戻っていく。
静寂を取り戻した泉のほとりにはいま、わたしと試くんがいるだけだ。
周囲には他に誰もいないのを男の子が用心深く確認した。
「どうしたの?」
わたしが一声かけた瞬間。
試くんが手にした鉄の斧を勢い良く泉に向かって投げ込んだ。
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