#016 赤の衝撃

「まさか、これ以上の味があるというのか?」


 ためすくんの言葉におののくバジー様。

 その目の前に取り出された新たなるサイの唐揚げ。

 あ、ちなみに『サイ』というのは腰の部分のことね。


「な、なんだ? この毒々しい色味は! こんなものが本当に食べられるのか……」

「ふ……。こわいのか? まあ、臆したのなら無理にとは言わない。お前には万人向けのオリジナルチキンがちょうどいいと言うことだな」

「くっ! このおれ様を見くびるな。少しばかり色合いが普通ではないから、確かめただけだ。早く寄越せ!」


 奪うように試くんからチキンを受け取り、食べようとするバジー様。

 しかし、見るからに怪しい色合いと、漂ってくる尋常ならざる香りが行動を躊躇ちゅうちょさせる。


「どうした? 早くしないと冷めてしまうぞ」

「う、うるさい! いま食べるところだ」


 全力で煽る試くんに当てられ、いまさら引くに退けない状況のバジー様。

 だがそれでも、いよいよ覚悟を決めたのか、大きくを口を開いてなぞの鶏肉にひと息でかぶりつく。


「ちょっと。だ、大丈夫なの。バジー様?」

「刺激が強すぎたかな?」

「何、いまさらそんなこと言ってるのよ! 小さい子に刺激の強い食べ物を与えたら大変でしょ!」

「いや、こいつら小さいのは見た目だけだから……」


 いまさらになって言い訳がましい言葉を声にする試くん。

 さっきまでの自信満々な態度はなんだったのよ……。


「う……」

「バ、バジー様。気分はどう? 苦しかったら、吐き出してもいいからね」


 チキンを口に咥えたまま、さっきから動かないバジー様。

 その上半身がプルプルと震えている。

 いけない。この近くにどこかお水は……。


「うーまーいーぞー!」


 突如、大声を上げたバジー様。

 その背後に、激しく噴火する火山のイメージが浮かんでくる。

 あ。今回はその手のネタを全部、ぶち込んでいくわけなのね……。


「な、なんだ、この味は! あとを引く辛さと旨さ。口の中に広がる刺激的な香り。噛むたびに音を立てて崩れていくようなハードな食感。それらが一体となって見事なハーモニーを奏でている。こ、この鶏の唐揚げには、ひとつの宇宙が存在する! まさしく、ユニバァァァァス!」

「くくく……。これこそがケンタもうひとつの看板メニュー『レッドホットチキン』だ。レッドペッパー、ハバネロなどの刺激が多いスパイスを中心に味付けし、オリジナルチキンでは味わえない硬めの衣を使うことにより、より一層の『噛みごたえ』を実現したハードなクリスピー感覚。この『レッドホットチキン』の登場により、日本のフライドチキンは新たな時代を迎えたと言っても過言ではない。それほどの衝撃を与えたのがフライドチキンの革命、レッドホットチキンだ! バジー、これでどうだ? それでもお前は、満足できないと言うつもりなのか!」


 決め顔で相手を問い詰める試くんの表情はとっても楽しそうだった。

 あー。でも、いわゆる『愉悦ゆえつ』顔なんだけどね……。

 まあ、辛い食べ物が大好きな人って多いから、結論には文句ないんだけどさ。


「…………み、認めてやる」

「ん? 何か言ったか」

「お、おれ様の負けを認めてやると言ったんだ! これほどのメニューを出されたら、おれ様が作る料理など所詮は素人の出来損ないだ。王を自認するものが、みずからの至らなさを自覚できずにどうして人の上に立てる。おれはまだ、世の中をことを何も知らない子供なんだ……」


 素直に負けを宣言するバジー様の姿はむしろ清々しい。

 正直、すぐ隣でこれみよがしにほくそ笑んでいる試くんよりは、遥かに大人の態度を感じさせた。

 精神的にはどう見ても、バジー様の方が立派に成熟している。


「ふっ、よかろう……。お前がそうやって殊勝しゅしょうな態度を見せるなら、週に一度くらいはいまの料理を食べさせてやる。ただし、他のフレンドともういさかいを起こさないと約束できるならな」


 ここぞとばかりに要求を突きつける。

 え? でもそれって結局、買ってくるのはわたしだよね……。

 よくよく考えれば、こっちの負担が増すばかりだ。ちっとも良くない。


「わかった。約束は守ろう。だから、もっと食べさせてくれ」

「素直で何よりだな。ほら、好きなだけ食べればいいさ」


 そう言って、試くんは最後に箱ごと残りのチキンをすべてバジー様に手渡した。

 バジリスクのフレンドはうれしそうに鶏肉を頬張っている。

 満足げな表情を浮かべている彼女の様子を見ていると、わたしはその程度ならまあいいかなと思い直してしまった。

 おいしそうにものを食べている女の子の笑顔には、すべてを幸せにする不思議な魔法がかけられているのだ。

 お腹がすいたわ。早く帰って、お昼ごはんにしよう。


「それじゃあ、ゆっくり食べてね。バジー様」


 そして、わたしたちはまだ夢中で食事を続けているバジー様に短く別れの挨拶を告げて林を離れた。

 帰路、迷宮庭園にいたコッカちゃんに事の顛末てんまつを話し、もう心配はいらないと伝える。

 ついでにお土産のビスケットをミノタさんたちに渡しておいた。


 ◇◇◇


 研究所に戻ったわたしたちは、休憩室で一緒にお昼ごはんを食べることにした。

 ケンタへ寄ったとき、ついでに二人分のランチBOXを買っておいたのだ。

 コーヒーを用意して、さっそく箱のフタを開ける。

 かぐわしき肉と脂の香りが部屋中に立ちこめた。


「さあ、食べましょう!」

「あ、ああ……」

「なによ? 神妙な顔しちゃって。さっきまではあんなにノリノリで、ご高説をかましていたじゃない」

「いや、なんだかすごく、うれしそうに見えたから……」

「ん? そうだね、わたしも好きだからね、ケンタのチキン」

「そうか……まあ、それならよかった」


 なんだか、急につれない態度で横向きにイスへ腰掛けた試くん。

 その割にはチラチラとこっちの様子をうかがっている。

 どんな心境の変化があったのか知らないけれど、いまはいいわ。

 せっかくのお昼ごはんが冷めてしまう。

 温かい食事には人を幸せにするパワーがある。

 わたしはこぼれる笑みを押さえきれずに、大きくフィレサンドにかぶりついた。


「おいひ!」


 つい、感想が口をついてこぼれる。

 その様子を試くんがぼんやりとした視線で見ていた。

 わたし、そんなにニヤついていたかしら?


 ◇◇◇


 あの日から、一週間の時が過ぎた。

 わたしは約束の、『二種のチキンの食べくらべパック』を片手に下げながら、バジー様のナワバリにやって来た。


「バジー様。ご加減、うるわしゅうございますか?」

「来たか。待ちかねていたぞ」

「ふふ、遅れてごめんなさい。はいこれ、約束のチキンだよ」

「うむ。このこうばしい感じ……。心が躍るな」

「喜んでもらえたら何よりだわ。ところでさ……」


 軽く辺りを見回す。

 目立つのは、日当たりの良い調整林の中で小石や草の芽、湧いてきた虫たちをついばんでいるコッカちゃんの使い魔たちだった。


「すいぶんとはなやかじゃない?」

「庭師に仕事をさせていると思えば、これも一興だ。放っておいても、おれ様の城をキレイに整備してくれている。よく働く連中だよ」

「ああ、そういう考え方なのね……」


 物事を柔軟にとらえ、ともすれば鷹揚おうようとまで思わせるバジー様の振る舞い。それはどこか、古い時代の王侯貴族を彷彿ほうふつとさせた。

 なるほどね、これが”人の王”のあり方というものかしら。

 人ではないバジリスクのフレンドは、姿だけではなく精神こころの形さえも人間を真似ようとしているのだ。

 卑屈でなく、堂々と。

 王様トカゲはこうして今日も、静かな林の奥にひっそりと存在する彼女のための玉座に君臨している。



CASE #02 END



 そしてわたしは研究所に戻り、先払いしておいた経費の精算書類にペンを走らせている。

 正確な科目なんかは事務の人が付けてくれるので、こちらの作業はなんの為に使用したお金なのかを用件の欄に書き込むだけ。

 ちょっと迷って、わたしは『今週のエサ代』と書き込んだ。

 それ以外に、うまく言い表せる言葉が思いつかない。

 夢や理想を追い求めているバジー様とちがって、現実の人間社会はとっても世知辛いのだ……。

 

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