#015 マジックスパイス・イレブン・レシピ

 タロスくんに茶化されながら、ようやく迷宮庭園に到着した。

 そこで出迎えてくれたミノタさんにコッカちゃんのことをお願いする。

 わたしはためすくんと研究所へ戻る道すがら、明日のことを再度、たずねた。


「ねえ、本当に大丈夫なの?」

「すごく心配性だな、由乃よしのは」

「あ、当たり前じゃない! だって、かかっているのはわたし自身なんだよ?」

「だから言ってるだろ。由乃は誰にも渡さないって」


 いや、だからさ。

 真顔で女の子にそんな台詞を語っちゃダメだって……。

 やばい。赤くなる。


「ピィィィィィィィッ!」


 遠くの迷宮庭園から、何かのシグナルを検知したタロスくんが、かん高い警告音で異常を知らせた。

 あのポンコツ! どこまでセンサーの有効範囲が広いのよ……。


「それについて、おれから頼みたいことがあるんだ」

「え! わたしに?」

「そうだ。明日は来るのが遅れても構わないから、街でこれを買ってきてくれ」


 そう言って、試くんから走り書きのメモを手渡される。

 書かれている内容を一目見て、わたしは仰天した。


「これって……。まさか、明日の勝負に出す料理なの?」

「そうさ。こいつでバジーをおとなしくさせる」

「で、でも、これって……」

「大丈夫。あいつはきっと気にいるさ」


 自身に満ちた表情で勝利を確信している試くん。

 でも、わたしは手にしたお買い物メモを見つめながら、いまだに半信半疑だった。


「そう心配するなって。確かにおれはあいつが気に入らないが、だからってあいつのことを何も知らないわけじゃない」

「意味がわからないわ……」

「あいつはさ。人間に成りたいんだ……。本当の人間に。だから傲慢ごうまんに振る舞い、人に臆することもなしに食って掛かる。知りたいんだよ、人が人として生きるには何が必要なのかを。だから、ただの切り株を『玉座』と言ってみたり、伐採ばっさいされただけの林を『庭城』なんて特別視する。それもあいつなりの、”人の王”に近づく手段なのさ」


 試くんは理解したようにバジー様を語るけど、それが本当なのか口から出任せなのか、わたしには判断しきれない。

 でもきっと、考え方が似ているから、お互いに通じているのかなとは思った。

 対象を真に理解するためには、理屈よりも最初は格好から真似ろ……か。

 言われてみれば間違っていないような気がしてきた。


「だからあいつはウソをつかない。おいしいものはおいしいと感じるし、それを自分のためにごまかすほど卑怯じゃない。プライドがあるからこそ、自分を偽るのは許せないんだ」

「それがこれ?」


 つまんだメモ用紙を掲げてみせる。

 これが問題なのだ。

 馬鹿にするつもりじゃないけれど、さすがにちょっと疑問だわ。


「一時期は、調理に使われている油のトランス脂肪酸が体によくないとか、アメリカ全土でも随分、叩かれたけどな。おれとしては、そこまで健康が大事なら、すべての料理を火なんか使わずに作ってみろと言いたいくらいだ。まだ単純に肉を火にかけるだけでおいしくなると気がついた、”トカゲの王様”の方がよっぽど人間としてまともだよ」


 こりゃまた手厳しいわね。

 自分が信じる主張をあらゆる手段で実現化しようとする人たちよりは、欲求や欲望に忠実で、素直にそれを求めようとするフレンドの方が試くんにとってはちかしい存在なのね。

 あらためて、万条目試まんじょうめためすという人物の複雑な人間性を垣間見た気がした。

 無知で無力なわたしとしては、運命を神様に祈るしか出来ない。

 かくして、今日という一日は終わった。


 ◇◇◇


「来たか……。待っていたぞ」


 翌日の調整林。

 わたしと試くんは、バジー様が待ち構えている森の宮廷へと足を運んだ。

 わたしの手には薄いビニール袋が下げられている。

 その中には、試くんから街で買ってくるよう言付かった、ある食べ物が白い箱に納められていた。

 バジー様は切り株に腰掛けたまま、視線をわたしが持っている袋に移した。


「ん……? なんだ、この香りは。その袋の中から匂ってきているのか」

「待たせたな。これがお前に味わってもらう本物の鶏肉だ」


 わたしから中の白い箱を受け取り、バジー様の目の間でフタを開ける。

 立ち昇る白い湯気。その下に現れたのは、熱々のフライドチキンであった。

 でも、それはただの鶏肉でない。

 ケンタ○キーフライドチキンである。

 ここからはいろいろ怖いので、『ケンタ』と略すわよ。


「なんだ、この外側についている白いものは……。鶏の皮じゃない」

「心配するな。そのままかぶりつけ。お前だって匂いで毒じゃないのはわかるだろ。さあ、召し上がれよ!」


 テンション高めだなあ、今日の試くん……。

 そして、バジー様が惹かれるようにまずはドラム肉を手に取り、勢い良く食いついた。


「こ、これは……! 口にした瞬間、崩れるように肉がほぐれる! な、なぜだ? そして、口の中にあふれる肉汁! 馬鹿な、このような食べ物が人間の世界にあるなんて……」

「この肉の柔らかさの秘密は、圧力式フライヤーを使用して鶏肉を揚げる、煮る、蒸すの三行程を同時に行うことで実現している。これによって肉汁を内部に閉じ込め、口にした瞬間、舌に広がる肉の旨味を存分に味わうことが出来るんだ」

「なんだと……。火にかける以外にも肉を美味しくする手段があるのか。そ、それにこの鼻の中を抜けていく豊かな香りはなんだ? この香りのせいで食欲が一層、掻き立てられ、口の動きが止められない!」

「それこそがケンタの創始者、ハーランド・サンダースが十一種のハーブやスパイスを独自の配合率によって組み合わせた魔法のレシピだ。その製法は、いまなおケンタの秘伝中の秘伝とされ、すべてを知るものは世界にわずか数人と言われている。このスパイスによって、ケンタは世界中にファンを持つ超メジャーのフランチャイズサプライヤーとなったんだ」


 まあ、語る語る。

 これ、絶対に『食○のソ○マ』だよね?

 と言っても、試くんがしたのは走り書きのメモをわたしに寄越して、指定したメニューを買ってくるように伝えただけ。

 よくもまあ、それなのにあれだけ偉そうな薀蓄うんちくを語れるわね……。

 ちなみにサイドメニューのビスケットは、メープルシロップと一緒にミノタさんへプレゼントするつもりである。

 今回はお世話になりっぱなしだったからね。


「な、なるほど……。この鶏肉がいままで、おれが口にしていたものとはまったく違うということは理解した」

「さすがだな。認めるものは素直に認める。それこそが『王の器』と言うやつだろう」

「だがな!」


 あっという間にドラム肉を平らげたバジー様が、残った骨を玉座という名の切り株に置いた。

 それから試くんを見上げて、ハッキリとした声で不満を口にする。


「確かにこの肉はうまい。だが、この味は万人向けのやさしい味だ! 王様たるこのおれ様にとっては、いまひとつ刺激に劣る。この程度ではおれをひざまずかせることは出来ないぞ!」

「ほう……。”刺激”か。お前はそんなに刺激的な味に飢えているのか……」


 バジー様を見下ろしながら、試くんが含みを持った言い回しで再度、確認を取った。オリジナルチキンで相手が満足してくれるとは、最初から期待していなかったのだ。

 どうしてかって?

 だって、わたしに手渡されたお買い物メニューに書かれていたのは、『食べくらべコンボパック』だったもの……。


「ふ……。待っていたぞ、お前がそういうのを」

「な、なんだと!」

「それじゃあ、お前の期待に応えてやろう。バジー、これこそお前が待ち望んでいた”刺激”的な一品だ」


 そして、試くんの手がふたたび箱の中に伸ばされた。

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