#013 ふたりの王様

「バジリスクのフレンド……。ああ、あいつか」


 翌日、センターで顔を合わせたためすくんに再度、事件の詳細な顛末てんまつを伝える。ふたりで一緒に対応策を探るためだ。

 男の子は、少しわたしよりも高い目線で問題の相手を思い出しているようだった。

 その表情は、黙っていれば同じような年頃の女の子から、月に一度くらいの頻度で告白を受けそうなほどよく整っている。


「なんだか、感想が冷たいわね」

「ん? いや、まあ個人的にちょっと苦手なタイプなんだよ」

「きらいなの? バジー様」

「嫌いってわけじゃない。お互い、うまく会話が弾まないだけさ」


 そう言いつつ、表情は浮かないままだった。

 まあね。なんとなく想像はつく。

 きっと、『同族嫌悪』というやつなのだ。

 どっちも、”おれ様”キャラで通しているのだから……。


「でも、このままじゃ絶対によくないわよ。早く、なんとかしないと」

「そりゃ、おれだってどうにかしたいさ。だけど、力づくで言うことを聞かせる訳にはいかない。それこそ、センターの危機につながるからな」

「なんとかバジー様の気持ちを変える方法があればいいんだけど……」


 じれったい気持ちを声にしながら、わたしは試くんに語り続ける。

 その時、彼の視線が急に窓の外へ流れていったのを感じた。


「どうしたの?」

「なんだ、あれは……」

「何か見えるの? 窓の外に」


 気になって、わたしもうしろを振り返る。

 窓の外に見えたのは、大空を自由に飛び回る銀色の筐体。

 あれは…………ひょっとすると、タロスくん?


「あいつ、もしかして迷宮庭園のフレンドか」

「知ってるの、タロスくんのこと?」

「そりゃまあな。タロス……。題材はクレタ島にいる自動人形。ギリシャ神話の神ダイダロスによって造られた怪物のことだな」

「よくそんなマイナーなモンスターまで出てくるわね」

うめるさんは考古学にも通じていたからな……。ところどろこでへんてこな趣味が出るのは問題だが」

「それは……確かにそうね」


 意外に高機能なタロスくんの勇姿を見上げながら、さらに目を凝らす。

 よくよく見れば背中に何者かの影が認められた。


「誰か一緒にいるわ?」

「あいつ、進路を変えたぞ。目的はここか?」

「ど、どうしよう」

「なにかあるんだ! とにかく外に出よう。話はそれからだ」


 結論と同時に、わたしも試くんに続いて部屋を出る。

 外で飛来するふたりを待つことにした。


由乃よしのさーん! マスター! 大変なんですー!」

「コッカちゃん?」


 タロスくんの背中にしがみついているのは、コカトリスのフレンドだった。

 彼女は何かを告げるためにタロスくんの力を借りて、わたしたちのところへやって来たのだろう。

 きっと、そうするように手筈てはずを整えてくれたのはミノタさんか……。


「コカトリスなのに自分じゃ飛べないのか……」

「気にするところ、そこなの?」


 あくまでもマイペースな試くんに半ばあきれつつ、研究所の近くまでやって来たタロスくんとコッカちゃんに意識を向ける。


「どうかしたの? コッカちゃん」

「今度はラインハルトちゃんの気配が消えちゃいました! このままだと、わたしの使い魔が全滅しちゃいます!」

「そいつは宇宙規模の大事件ね……」

「犯人は例のトカゲ女か」

「トカゲって、そこまで言わなくても……」

「行くぞ、由乃よしの。このままじゃ、コカトリスのフレンドが不安定になる。こうなったら、おれが直接、出向いて決着をつけるしかない」

「え? ちょ、ちょっと落ち着いてよ、試くん」


 はやるる試くんは、わたしが引き止めるのも聞かずに駆け出していく。


「タロス! そのまま、使い魔が消えた地点までその子を運べ。おれも追いかける!」

「あ、ダメだよ! 喧嘩なんかしちゃ」


 じっとしているわけにもいかず、わたしも急いであとを追いかけた。


 ◇◇◇


 林の中を抜けて、明るい日差しに恵まれた調整林へと到着する。

 視界に何かを抱えながら、その場でうなだれているコッカちゃんが見えた。

 多分、無残な姿となっった使い魔の一部だろう。

 そこから離れた場所にタロスくんが立っていた。

 まるで石のように同じ姿勢で硬直している。まさか……。


「そいつには王の寝所を荒らした罰として石になってもらった」


 林の中央、一番大きな切り株に腰を落としたバジー様が傲岸不遜ごうがんふそんに言い放つ。

 その前では、昨日と同じように燃え盛る焚き火の灯りが大きく揺らめいていた。

 そして、かたわらには炎にあぶられている鳥の丸焼き。


「そんな……。ひどいよ、バジー様!」

「安心しろ。五分も経てば元に戻る。この体では、せいぜいその程度の力しか使えない」

「あ、そうなの? だったら、よかっ……よくないよ! 他の子にそんなことしちゃダメでしょ!」

「昨日から、いちいちうるさい女だな。お前も石にしてやろうか?」


 すごむバジー様につい引き下がってしまった。

 さすがに五分とは言え、石にされてしまうのは怖い。

 昨日、コッカちゃんが石にならなかったのは、お互いの能力がぶつかって相殺したからなんだと気がついた。


「心配するな、由乃。人に害を及ぼすようなフレンドの能力は、センターの中で効果を失う。ここはそのための施設だ」

万条目試まんじょうめためす……。貴様か」

「マスターと呼べよ、バジー。お前がここを自分のナワバリだと主張するのはいい。でも、他のフレンドに危害を加えるのは見過ごせないな」

「断りもなく、おれ様のナワバリに入ってきた、そいつらが悪いのだろう」

「それも、お前がコカトリスの使い魔を勝手に処分したからだ。センターの安全をおびやかす行為は控えてもらわないとな……」


 一歩、前に出た試くんがバジー様に詰め寄る。

 これ以上の無法は許さないという断固とした意志がうかがえた。


「では、どうする? おれ様を厳重警戒エリアにでも移すのか」


 バジー様が口にした『厳重警戒エリア』というのは、このセンターの生命線とも言える魔物を少女化させるためのエクトプラズマ。それを大量精製する大型プラントが置かれている場所のことだ。

 でも、あんな場所をナワバリにしているフレンドなんていないよね?


「いいや、そんなことしないさ……。お前は別に危険な存在じゃないからな」

「ほざくなよ、人間……」

「事実さ。だからこそ、ひとりで大きなナワバリを占めていることも許している。おれの寛大さに感謝しろよ」

「言わせておけば、のうのうと!」


 少年の言葉を聞いて、いまにも飛びかかろうとしているバジー様。

 そんな風に煽っちゃダメだよ、試くん。

 まずいわね。ケンカ腰のふたりをなんとか止めないと、このままでは大変な事態に成りかねない。


「そんなに不安そうな顔をするなよ、由乃。こいつとは仲良くなれないが、言うことを聞かせる方法はある」

「なんだと? おれ様が貴様の命令など……」

「まあ待てよ、そうだな……。せっかくだし、その鳥の丸焼き。おれにも一口、ご馳走してくれないか?」


 唐突に試くんがバジー様の焼き鳥を所望した。

 話の展開がなんだかサッパリわからないわたしは、ただ黙ってことの成り行きを見守るだけ。


「は? まあ、よかろう。人間ごときにこの味が理解できるとは思えないが、好きなだけ食べるがいい」


 快活に応じたバジー様が、ちょうど食べごろの焼き加減となっていたローストチキンを男の子に差し出した。

 コッカちゃんは串刺しにされた使い魔だったものを悲しそうな視線で見つめている。その様子は可愛そうだったけど、田舎育ちのわたしとしては、飼育されていた動物がある日、夕飯の食卓に並ぶのは特に珍しいことでもない。

 いただきます、は「命を頂きます」と同じだと、どこかのお笑い芸人さんが口にしていたコピペ哲学を思い出す。

 なので、特に感傷的な雰囲気に浸ることもなかった。


「じゃあ、遠慮なく……」


 バジー様から差し出された串を手に取り、試くんは一番、脂が乗ったおいしそうな部分に口を付けた。

 食いついた肉を噛みちぎり、味を確かめるようにして喉の奥へと流し込む。


「どうだ? 魔物によって生み出された肉の味は」

「そうだな…………不味まずい」

「な! なんだと、貴様! いま、なんと言った?」

「何度でも言ってやるさ。この肉は不味い。とてもまともに食えたものではない」

「こ、こいつ! おれ様が料理した最高の素材を……」

「ああ、そうか。おれの言い方が間違っていたよ。悪いのは肉のせいじゃない。バジー、お前の料理がおいしくないんだ」


 いきなり、どこかの伝説的料理漫画みたいな展開が始まった。

 いや、どうするのよ、これ……。

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