#011 怪奇! トカゲ女

「ジルベリヒトちゃーん!」


 使い魔を探すコッカちゃんと一緒に林の奥へと足を踏み入れる。

 木々のこずえに日光を遮られた林の中は昼間でも薄暗く、いやが上にも不気味な雰囲気を感じさせた。


「コッカちゃん。方向はこっちで大丈夫なの?」

「はい。ジルベリヒトちゃんのにおいがこの先に続いています」

「あ、そういうのわかるんだ……」


 フレンドの超常的な能力にはいつも驚かされる。

 やはり彼女たちは魔物がその姿を変えているだけなのだと実感した。


「ん? いや、でも、確かになにか匂ってくるわ……」


 鼻腔の奥をくすぐる、おいしそうな香りが届いてきた。

 それは新鮮なお肉を火にかけたような脂が焼ける匂いだ。


「あ! これは……」

「どうしたの、コッカちゃん? 急に立ち止まって」

「見て下さい。これはうちの仔の羽です」


 フレンドの少女は足元に散らばる鳥の羽毛を拾い上げた。

 確かにニワトリの白い羽のように見える。


「風に流されて来たと考えると、方向はあちらかしら?」


 風上に目をやった。確かに匂いも風に乗って向こうから流れてきている。


「ん? あれって、もしかしたら焚き火か何かの明かり……」


 視界の彼方にぼんやりと浮かび上がる灯火ともしび


「ジルベリヒトちゃーーーーん!」

「あ、待って! 危ないよ、コッカちゃん!」


 わたしの制止も聞かずに走り出すコッカちゃん。

 危険だと感じたのは、相手が”火”を扱っているとわかったからだ。

 この時点でどこからか紛れ込んできた野生動物という線は消えた。

 あるいは、まだわたしの知らないフレンドがこの先にいるのかも……。


 ◇◇◇


 林の一画、何本もの木々が伐採ばっさいされた広い調整区域にわたしたちは場所を移した。


「ジ、ジルベリヒトちゃん……」


 そこで、無残に切り落とされた使い魔の首を見つけ、コッカちゃんが膝を崩す。

 わたしは大きな切り株に腰を下ろし、焚き火に枯れ枝をくべているひとりのフレンドを見つけた。

 こげ茶色のパーカーに身を包み、頭からフードを被っている。

 フードの上には可愛い金色の王冠が被せられていた。

 下半身を包むのは、赤青の腰の部分が膨らんだ縦じま模様のかぼちゃパンツ。

 なんていうか、王様スタイル?

 こちらを見上げた金色の瞳は妖しく、縦に伸びた瞳孔が人ならざるものの雰囲気を醸し出している。


「ん? なんだ、お前ら。ここはおれ様のナワバリだぞ」

「あ、あなたは誰……」

「あん? おれ様はバジリスクのフレンドだよ。あの女からは、『バジー』って呼ばれてたけどな」


 あの女というのは、この童呼原どこはらの地に巣食う魔物たちを安全な『フレンド』として創り変えた、万条目埋まんじょうめうめる博士のことだろう。

 ここにいるフレンドのほとんどは彼女によって生み出されたらしい。


「わ、わたしのジルベリヒトちゃんはどこですか!」


 いまだ現実を受け止められないコッカちゃんが悲痛に叫んだ。


「ジル……なんだそりゃ?」

「わたしの使い魔です! そ、そこに転がっている首から下はどうしたんですか?」

「ああ、さっき潰したニワトリのことか……ほら、これだよ」


 そう言って、先の尖った長い枝にお尻から串を刺された鳥の丸焼きを掲げてみせる。


「うぎゃーーーーー!」


 いまにも卒倒しそうなコッカちゃんの叫び声が静かな林に響いた。


「ちょっと、それはひどいんじゃない! バジーちゃん!」

「ああ? ”ちゃん”だとぉ……」

「え? あ……。バ、バジーさん」

「様をつけろ! 人間風情ふぜいが!」

「バジー様。いまのはさすがにご無体が過ぎるのでは……」


 なぜだか、わたしのほうが叱られた。

 と言うか、これまでに見たことがないタイプのフレンドだわ。

 バジリスク。それは古い神話に出て来る、『蛇の王』の名前を持つ怪物。

 語源は確かギリシャ語の「王侯」だったと、センターの資料で読んだ記憶がある。


「もしかすると、『王様』だから『おれ様』キャラなの?」

「何をブツブツ言ってる?」

「あ、ううん。なんでもないよ」


 うめるさんの安易なキャラ設定に心の中でそっと苦言を呈した。


「あんまりです! わたしの可愛い使い魔たちを食べちゃうなんて!」

「王の饗宴きょうえんに豪華な料理が並ぶのは当然だろ。むしろ、おれ様に食べられるなんて名誉なことだ」

「わたしはちっとも嬉しくありません! どうして勝手に人の使い魔を食べちゃうんですか!」

「おいおい、こいつらがおれ様の許しもなく、宮殿に足を踏み入れたりするから悪いんだろ? 文句を言う前に自分の使い魔くらいキチンと躾けておけよ」


 取りあえず、王侯貴族の食卓に『鳥の山賊焼き』が出てくるとは思えないけど、そこはスルーしておいた。また怒られそうなので。

 むしろ不思議に感じたのは、『宮殿』などという、およそこの場の雰囲気にはそぐわない表現の方だ。


「バジーちゃ……様。宮殿というのは、この切り株だらけの林のこと?」

「そうだ。ここはおれ様のために造られた『王の庭』だ。この一番、大きな切り株がおれ様の玉座だ。したがって、勝手に侵入したものには問答無用で王の鉄槌てっついを下す」


 うーむ、これは紛れもなく暴君だわ。

 でも、背もたれのない玉座に屋根もない吹きさらしの宮殿だと、雨が降ったら大変だなと余計な心配をしてしまう。


「そんな……。勝手に決めないで下さい!」

「王の決めたことに逆らうとは許せん! くらえ、『石 化 の 邪 眼ストーン・コールド・イービル・アイ』!」

「こっちだって許せません! 『石 化 の 魔 眼アイ・オブ・ザ・ストーン・フレッシュ』!」


 お互いに目を見開いて、相手を行動不能にしようと特殊能力を発動する。

 しばしの間、にらみ合いが続いていった。それから……。


「目が痛い……」

「おめめがシバシバするのです」


 ふたりともあわてて両手で自分の顔を押さえた。

 まあ、まばたきもせずに瞳を開けていれば、そうなるわよね。

 こうして、不毛な争いは引き分けに終わった。

 魔物の力もフレンドの姿では、田舎にいるヤンキーのメンチビーム程度しか役立たないみたい。


 ◇◇◇


 コッカちゃんを連れて森を離れる。

 かたくななバジー様は自身の主張を一歩も譲らずに交渉は決裂。

 このままではどうにもならないと判断して、まずは両者の距離を離すことにした。

 問題はお互いのナワバリが接近しすぎていることなのだ。

 生存圏をかけた争いと言えば聞こえはいいが、ようはご近所トラブルである。


「とにかくコッカちゃんの今日の寝床を確保しないとね」

「ごめんなさい……。お手間を取らせちゃって」

「しょうがないわよ。バジー様がひとりであんなに広い場所を占有せんゆうしているのが悪いんだから」

「使い魔たちも明るい日差しがある場所に自然と引き寄せられてしまうのです。きっと他の仔も同じように……」


 コッカちゃんの表情が見る間にくもる。

 あの場所はそもそも、林の中の生態環境を整えるため、定期的に間伐かんばつされる調整林なのだ。

 そうした、みんなのための空間を居心地がいいからと言って、独り占めしてしまうバジー様が横暴なのである。

 まあね。元が変温動物なだけあって、外敵がいない場所でゆっくり日光浴をしたいだけという想像はつく。

 民家の庭先で午前中、陽を浴びながら過ごしているトカゲと何も変わらない。


「いるかな、ミノタさん?」


 わたしたちは、『迷宮ラビリンスゾーン』にある迷宮庭園の前にやってきた。

 まるで貴族の庭にあるような生け垣で造られた人工的な迷路。

 この場所をナワバリにしているミノタウロスのフレンド、『ミノタさん』にコッカちゃんの身柄を一時、預かってもらおうと考えたからだ。


「マ! 侵入者アリ! 警戒モードニ移行!」

「な、なに?」

「人物照合! ヒトリハセンターノ管理者、由乃朋美ヨシノトモミ! モウヒトリハ……データナシ! デストロイモード発動!」

「ま、待って待って! わたしたち、不審者じゃないよ! お、落ち着いてよ」


 出会って早々に、サーチ&デストロイを実行しようとするなぞの人影。

 しかし、よくよく見てみれば……。

 大きな頭と小さな手足。これってフレンド?

 それにしてもデザインがかなりおかしい。

 全体はガンメタリックの金属で加工されていて、バケツをひっくり返したような頭に、垂れ下がった長い耳を思わせる冷却フィン。顔には目の部分に分厚いプラスチックのカバーが付いていて、その奥でオレンジ色のライトが灯っている。

 胴体はまるで大きなスープを作るための寸胴鍋。

 長い棒切れのような手の先には、物をつかむための簡易なマニピュレータが取り付けられていた。足なんて、関節どころか巨大なカマボコ板をふたつ敷いているだけ。

 全体的に見ると、設計思想が半世紀ほど古いロボットだった。


「あれ、トモミさん? ああっと、タロスくーん! その人たちは侵入者じゃないよ。通してあげて」


 どこからか、ミノタさんの声が聞こえてきた。

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