CASE #02 しょせん、この世は焼肉定食

#010 卵とニワトリとコカトリス

 春の日は穏やかで、この童呼原どこはらの野を駆け抜ける風もさわやかだった。

 わたし、”由乃朋美よしのともみ”は今日も『童呼原野生生物管理センター』にて、日々の業務に邁進している。

 朝早くのバスに乗り、午前中のルーティンワークを終わらせて、現在は軽い昼食を摂っている最中だった。

 基本、ひとの少ない職場では他の従業員の視線を気にする必要もないので、手製のお弁当などという手間と見栄が必要なものは用意しない。

 通勤途中のコンビニで買い込んだ、パンやインスタント食品で適当に済ませていた。


由乃よしの様、まだお食事中でございますか?」

「はい! あ、あの……いま準備中です」


 お湯を注いだばかりのカップラーメンを目の前にして、小さく答えた。

 嫁入り前の娘がこれでは先が思いやられると、見る人が見ればあきれられてしまうだろう。

 無論、いまわたしが腰を下ろしている休憩室へやってきた、このセンターの整備主任である”千田河原せんだがわら”さんはそのような苦言を口にしない。

 心の中でどう思っているのかは別問題だけどさ……。


「よろしければ、こちらの『玉子焼き』をおかずにどうかと思いまして。お口に合うかどうかは保証いたしかねますが……」

「え? いえ、ありがとうございます。早速いただきますね」


 田舎者あるあるで、おすそ分けは遠慮なく頂いてしまう性分なのだ。

 むしろ、人口比率の少ない地域では地産地消は美徳なのである。

 都会の人のように、お返しだのなんだのと考えていては消費がちっとも間に合わない。


「うわ! すごく、美味しいです! これ、千田河原さんが作ったんですか?」

「まあ、手慰み程度ですが……。一応は包丁を握ったりもいたします」

「すごいですね。中がふわっふわでとろっとろで、とってもおいしいです!」

「お喜びいただきまして、恐縮です。それでは、わたくしは外の様子を見てまいりますのでどうぞ、ごゆっくり……」


 語彙ごいがはなはだ乏しいわたしの食レポを聞いたあと、千田河原さんは退室しようとしてドアに手をかける。


「あの、すいません……」

「なにか?」

「この玉子焼き、焼き方も素晴らしいですけど、何よりタマゴの味がすごいですね。どちらでお買い求めになられたんですか?」

「ほお……。おわかりに成りますか。さすがは由乃様」


 振り返った千田河原さんの表情は、心なしか上機嫌に思えた。


「あ、いいえ! そんな大したことじゃなくって。実家でも、よく近くの養鶏ようけい農家さんから新鮮なタマゴを頂いていましたけど、これはそういうのとは一味、違うなっていうか……」

「ふふ……。わたくしが調理いたします卵料理の材料は、すべて当センター内で採れたものでございます」

「え。ここって、ニワトリなんかも飼っているんですか?」

「ニワトリ……。まあ、あれも見ようによっては鳥に見えますかな」


 なんだか突然に話が不穏当になっていった。

 のどを通った玉子焼きが意思とは無関係にこみ上げてくる。


「ああ、ご安心下さい。決して、体によくないとか、そういうものではございません。むしろ、ここでしか口に出来ないことが歯がゆいくらいでございます」

「は、はあ……」


 なんだか思わせぶりな言葉を残し、千田河原さんは他の用事を済ませてくると行って部屋を出た。

 残されたわたしは完成したカップ麺をすすりつつ、お皿に残った玉子焼きをチラ見している。


「や、やっぱり、もらったものを残すなんて、お行儀が悪いよね」


 夜九時を過ぎて甘いものを過剰摂取する時と、なにも変わらない言い訳を口にした。

 そして、またひと切れ、玉子焼きを頬張る。


「んー。すごく、おいしい……」


 一〇分後、テーブルの上には麺を食べ尽くしたインスタントの容器と、空になったお皿が残された。


「……まあ、千田河原さんが大丈夫だって言ってるから問題はないよね」


 取りあえず、女の子はおいしいものさえ口にできれば、あとの問題はないに等しいのだ。ここ重要。


 ◇◇◇


 昼食を食べあげ、午後の散歩がてら、わたしはセンターの外を散策することにした。

 近頃はようやくと施設内でも存在を認められてきたのか、最初はまったくと言っていいほど姿を見かけなかったフレンドたちも、平然とわたしの視界に入ってくる。

 大きな頭に小さな手足、まるで人形のような姿をした女の子達の正体は、『イマジナリー・モンスターフレンド』と呼ばれる存在だった。

 彼女たちは、この童呼原の地で現れた魔物を安全に管理するため、このような姿となっている。


「あ、こんにちは! 由乃さん」


 そのうちのひとりが目の前にまで近づいて、挨拶をしてくれた。


「こんにちは、コッカちゃん。今日も元気そうだね」


 丈の長い白のパーカー。頭にかぶったフードの天辺てっぺんには、ニワトリのとさかを模した突起物。足には黄色いハイソックスを履いている。

 彼女の正体はコカトリスのフレンド。わたしは先任者の命名法にならい、コッカちゃんと呼んでいる。

 コカトリスというのは伝説に拠ると、雄鶏と蛇を合わせたような姿の怪物らしい。

 その瞳はひと目、敵を睨むだけで相手を石のようにしてしまう、『石化の魔眼』と恐れられている。


「ちょうどよかったです。いまから、そちらにうかがうところでした! これをどうぞ」


 そう言って、コッカちゃんがわたしに藁で作られた編みカゴを差し出してくる。

 かなり友好的な性格が多いフレンドたちでも、贈り物までしてくれるのは珍しい。


「ん? 何かしら……」


 受け取って中身を確かめる。

 見えたのは真白いふたつのタマゴ……。


「え? あの、これって」

「今朝、うちの仔が産んだばかりの卵です。新鮮なうちにどうぞ」

「うちの仔? いや、それよりも」


 お昼に食べた玉子焼き。

 原材料の生産者がなんとなくわかってしまった。


「ありがとね……。あの、でも、これってどうやって」


 彼女が産み出したのかと一瞬、いけない想像が脳裏をよぎる。

 落ち着きなさい。コッカちゃんは『うちの仔』と言ったわよ。


「ナワバリの中でニワトリでも飼っているの?」

「ニワトリ? いえ、産んだのはわたしの使い魔の眷属けんぞくたちです」

「使い魔?」

「ええ。ちょうど数が減ってきたんで、いま新しいのを顕現けんげんしますね」


 そう言って、コッカちゃんが両腕を前に伸ばす。

 少女の手の上に突如、浮き上がった白い球。これはエクトプラズマ? 

 驚いているわたしの目の前で、エクトプラズマは見る間に姿を変えていった。

 生み出された魔物は、一見すると真っ白い羽に胴体を覆われた卵農家さんでおなじみの代表的養鶏品種、『白色レグホン』であった。


「カー! カカカカカ、カーッ!」

「よしよし、怖くないですよー」


 ただし、いまコッカちゃんに抱きかかえられているのは、首から先が鋭い目とクチバシを持った猛禽類となっていて、尾羽根の代わりに爬虫類特有の長い尻尾が生えていた。

 なんなの、これ?  


「この仔がわたしの使い魔、『白色グリフォン』ちゃんです」


 誰がうまいこと云えと……。


「それじゃ、ナワバリの見張りをお願いするのです」


 そう言ってコッカちゃんは、使い魔を手から解き放つ。

 たちまちに白色グリフォンは遠くに見える林の中へと姿を消していった。


「あそこがコッカちゃんのナワバリなのね」

「はい、昼間は明るいこの辺りの草原で過ごして、夜の間は木の上でおやすみしてます」

「あー。行動形態は鳥類と一緒なのね……」

「でも、最近はちょっと寝不足です。ナワバリを警戒してくれる使い魔の数が足りないので……」


 ため息と一緒に眠そうな目をこするフレンドの女の子。

 心配になって、思わず訊き返した。


「どういうこと? さっきも使い魔の数が減ってきたって言ってたけど」

「はい。通常は一度、召喚した使い魔は数週間くらい具現化したまま現世に留まってくれるのですが、最近は一週間も経たずに消えてしまう仔が多くなっちゃって……」


 これは一大事。と思った瞬間。


「クケエエエエエエッ!」


 木々の間から絹を引き裂くような音が聞こえてきた。


「ジルベリヒトちゃん!」

「え? それって、あの鳥の名前なの」

「はい、間違いありません。いまのはジルベリヒトちゃんの声です!」

「あ! 待って、危ないわよ」


 そして、引き止めるのも聞かずに、コッカちゃんは林の中に向かって駆け出す。

 急いであとを追いかけながら、わたしはもうちょっとフレンドの命名には気を配ったほうがいいんじゃないかと感じていた。

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