#009 モンスターフレンド

 マミちゃんとともに墓場セメタリーを離れたわたしたちは、ふたたび迷宮庭園におもむいた。

 ミノタさんに大迷宮へ戻るマミちゃんを託すためである。

 彼女なら、迷うことなく安全に女の子をナワバリまで送り届けてくれるだろう。


「やあ、お疲れ様。どうやら、問題は無事に解決したみたいだね」


 庭園に足を踏み入れると、まっすぐにふたりのフレンドが待つ中庭までの道が延びていた。

 わたしたちの姿を確認したミノタさんがやさしく声をかけてくる。


「ありがとう。ミノタさん、バンシーちゃん。ふたりのおかげだよ」

「わたくしたちは別に……。あら、マスターはどういたしましたの?」

ためすくんは入り口で待機してもらってる」

「どうかした?」

「だって……。いまのわたしの顔、きっとひどいから見られたくない」


 一緒に来れば、どうしても隣り合う。

 そうなれば、いまの自分の顔を見られてしまうだろう。

 ようやくと涙は止まった。

 それでも、泣き腫らした両方の目は真っ赤になっているはずだ。


「ふふ。ウサギさんみたいにお目々が赤くなっていますわ。これをどうぞ……」


 バンシーちゃんが頭に付けたヴェールを外し、こちらに向かって差し出した。

 なんだろうと思いつつ、それを受け取る。


「その布でお顔をぬぐって下さいな」

「う、うん……わかったわ」


 言われるままにヴェールを顔に当て、熱く火照ほてった目の辺りをほぐすように拭き上げた。


「あ、あれ……」

「いかがかしら?」

「なんだか、すごくスッキリしてる。どうしてだろ」

「その布は余分な熱を取って肌の赤みを押さえ、涙で失われた水分を速やかに補充するものです。”泣き女”には、必需品ですのよ」


 な、なるほどね……。

 あれだけ派手に泣きわめいて、次の瞬間には平然としていられるのは、こういった秘密があるからなのか。

 泣き女、恐るべし。

 わたしは黒のヴェールを目の前にいるフレンドに返した。


「ありがとう、バンシーちゃん」

「どういたしまして。これでいつもどおりの素敵なお顔ですわよ。由乃よしの様」

「様はよしてよ。恥ずかしいわ……」

「いいえ。これからマスターと一緒に、わたくしどものお世話をしていただく方ですもの、キチンとお呼びさせていただきますわ」

「そ、それはどうなのかしら……」


 正直言って、それを決めるのはわたしではない。

 あくまでも、このセンターの責任者は試くんなのだ。

 彼にしたって、わたしみたいなじゃじゃ馬が近くにいるのは、もしかして我慢ならないかもしれない。

 そんな風に思っていると。


「大丈夫だよ、トモミさん。ここからうかがい知る限り、マスターの思考にはもう迷いの波長は感じられない。あとはあなたから言い出してあげて。彼はその……まだ男の子だからさ」


 何もかも見透かされているわね。

 こうなると、どちらが支配者なのかわからなくなる。

 でも考えてみれば、彼女たちは見た目こそ人形のような少女に過ぎないが、その実は人間など及びもしない魔物なのだ。

 たかだか、人類の中で天才に過ぎない試くんなんて、最初から相手にならないのかもしれない。


「しょうがないわね。それじゃあ、聞き分けの良くない男の子を口説き落としに行ってくるわ」

「思い出しますわね。マスターが初めてうめる様に連れられて、わたくしたちの前に現われたときのことを」

「なにそれ! すごく聞きたいんだけど」

「埋さんに頭を撫でられながら、恥ずかしそうに立っていたんだよ」

「きっと、埋様の隣で子供扱いされたのが恥ずかしかったのですわ」

「へえ………………」


 わたしの心の中で悪魔がそっとささやいた。


 ◇◇◇


 庭園を抜けて、ふたたび試くんと合流した。

 まずはマミちゃんを無事に大迷宮へと送り届けたことを報告する。

 それから、わたしたちふたりは坂道を登りながら、研究所への帰路を歩んでいた。


「あ、あのさ」

「ん? どうしたの試くん」

「いや、その、さっきは助かった……」

「わたしが助けたわけじゃないわ。たまたま、その場に居合わせたのが、自分だっただけよ」

「だとしてもだ。結局、おれはまだフレンドがどういった存在なのか、よく知らなかった。だから……」


 試くんが口にしかけた言葉を不意に飲み込んだ。

 本当に大事な場面では、まだまだ意気地なしなのね。

 ミノタさんが憂慮したとおり、彼はまだ男の子に過ぎない。


「ねえ。ちょっといい?」

「え? なんだよ……」

「いいから」


 いぶかる彼の側に近づいて、右手を相手の頭の上に置いた。


「本当にあなたはよく頑張ったわ。だから、いままでみたいにもっと自信を持って。フレンドたちもそれを期待していた」


 みんなに託された気持ちを代弁して、試くんにそう告げる。

 誰も彼を責めたりはしない。そのことをちゃんと伝えてあげたかった。


「ちょっ! や、やめろよ!」


 男の子は驚いたような顔でわたしの手を跳ね除け、うしろへ後ずさった。

 何よ? フレンドシップとスキンシップの国で育った割には、初々しい反応を見せるわね。

 おおかた、あっちでも孤独を気取っていたタイプなのではないかと、悪戯心で邪推じゃすいした。


「そう言えばさ。あの件ってどうなったの?」

「なんだよ、あの件って……」

「とぼけないでよ。結果を見て、わたしを採用するかどうか決めるんでしょ?」

「そんなこと、もう別に言わなくたってわかっているだろ……」


 急に目を背けて、言葉をごまかそうとする。

 どうしてこう、大事な場面で人に甘えてしまうのかしら?

 大切なことは自分自身の言葉で伝えないと、気持ちなんて一生かかっても届かないわよ。

 なのでここは、ちょっと追い込んででも勇気を振り絞ってもらいましょう。


「ダメよ。しっかり、試くんの考えを聞かせて。でなければ、信用なんて出来ないわよ」

「どうしてもか?」


 男の子の声に強くうなづいた。さあ、勇気を見せて。


「――――――――、―――――――……」


 いまにも消え入りそうな細い声で、試くんがみずからの希望を小さく口にした。


 ◇◇◇


 バスの最後尾。

 広い座席の片側に座りながら、わたしは本のページを開いている。

 窓から差し込んでくる春の陽気は、今日も変わらず眼下に広がる街を照らしていた。


「次は終点、童呼原どこはら野生生物管理センター前。なお、当バスは終点に到着後、回送となります。お降り忘れのないよう、よろしくお願い申し上げます」


 車内アナウンスが流れ、間もなくバスが目的地に到達することを伝えてきた。

 わたしは開いたままのブックカバーを閉じ、カバンに本を戻す。

 視線を反対側に移すと、いつもと変わらぬ研究所の白い建物が視界に映った。

 やがてバスは人気のない停留所に駐車し、ただひとりの乗客であったわたしを降ろす。

 今日もまた、へんてこな生き物たちに囲まれた非日常の毎日が始まるのだ。



 CASE #01 END 

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