#007 夢見る少女じゃいられない
マミーというのは、砂漠のピラミッドの中で財宝を奪いに来た盗賊に襲いかかる魔物だったと記憶している。
その正体は、死後の世界においても
「だが、マミーのフレンドがいつもいるのは……」
「そうじゃないよ。たしかに普段は過ごしやすい環境を選んでナワバリにしているフレンドが多いけど、心の安息地は自身の由来や伝説に
「
「何か、わかったの。試くん?」
「おれが間違っていた。いつも過ごしている石造りの迷宮は、よくあるダンジョンのことじゃない。それは、王の墓として作られたピラミッドだ」
「あー……。そっか、ずっとお墓の中で過ごしていたのなら、迷宮よりは墓場の方が気持ちが落ち着くよね」
「行こう。
「あ! ちょっと待ってよ。試くん!」
アドバイスを受けて、弾けたように駆け出す少年。
彼の背中を追いかけて、わたしも庭園をあとにしようと動きかけた。
その時。
「ねえ、トモミさん」
「はい?」
わたしを呼び止めたミノタさんの声。
振り向いて、その姿をもう一度、視界に認める。
「どうかしたの? ミノタさん……」
「マスターはね、ぼくたちのために一生懸命やってくれている。それは間違いないんだ」
「でしょうね。フレンドのためなら、あんなに必死になれるもの」
「うん。だから、フレンドのみんなもマスターは大好きさ。でもね……」
何かを言いよどむミノタさん。
すぐそばに寄り添ったバンシーちゃんがその腕を固く繋いでいた。
「やっぱり、マスターは男の子なんだ。
何かがわたしの中で渦巻いていた。
ここへ来るまではただのボンヤリとした印象に過ぎなかったことが、いまはハッキリとした形で心に生み出されようとしている。
「お願いだよ、マスターを助けてあげて。だって、ぼくたちはこんな姿だけどみんな”女の子”だからね。きっとマミーのフレンドもそれで苦しんでいるはずなんだ」
なるほどね。
ミノタさんの言葉を聞いて、わたしはようやく理解した。
女の子はみんな、夢見る少女じゃいられない。
だからこそ、いまの試くんにはマミちゃんを助けられない……。
そのことをミノタさんはわたしに伝えようとしているんだ。
「大丈夫。彼のことはまかせておいて。マミちゃんも、きっとわたしが助けてみせるわ。なんたって、わたしはみんなと同じ”女の子”なんだから」
かなり
ギリ、セーフだよね?
女の人は心が乙女である限り、いくつになっても『女の子』。
わたしが決めた。いま決めた。
なので堂々と女の子代表として、頑張っていきましょう。
「
迷路の向こうから試くんの声が聞こえてきた。
まったく、男の子は無邪気でいいよね。女の子の気苦労なんて、これっぽっちも考えてくれない。
あとで存分にやり返してあげるから覚悟しなさい。
「それじゃあ、行ってくるね、ミノタさん!」
大きく手を振りながら、わたしは迷宮庭園をあとにした。
◇◇◇
坂道を昇って、大きく森を迂回する。
見晴らしのいい場所には、いくつもの墓標と中心に目立つ大きな慰霊碑が
「どこにいるんだ、マミちゃん……?」
慎重に辺りを見回しながら前を進んでいく男の子。
手には道すがら集積を済ませておいた注射器型のインジェクションキットが握られている。
シリンダーの中身はすでに十分なほど、白いエクトプラズマで一杯だった。
逆に言うと、次の機会を逃せばもうマミちゃんを助けることは不可能となる。
わたしも目を凝らして、周囲の風景に潜む人影を探した。
「……いたぞ」
「どこ?」
「十字架が並んでいるところ、土台に背中を預けて休んでいる」
「うそ! あれがマミちゃんなの?」
視界に見えたのは、硬い石の土台に体を寄りかかるように預け、苦しげな息を吐いている少女だった。
ただし、そのサイズはこれまでのようなお人形といった大きさではなく、長い手足に小さな頭と均整の取れた体つき。
人間で言えば多分、中学生くらいの女の子に見えた。
全身に包帯を巻きつけ、そのすき間からのぞく白い肌はとても
「ほぼ、イマジン化している。体内のエクトプラズマが完全に枯渇しかけているんだ」
「で、でも、あの姿っていままでよりもずっと人間の女の子に近いわよ。あれが魔物になるなんて、とても信じられない……」
「人の形に似ているから安全だ、なんてただの迷信だよ。人でありながら狂気や欲望に取り憑かれ、魔物と同じような行動をする人間はどこにでもいる。いまの彼女も女の子としての薄い皮膚の下には、恐ろしい魔物の本性がすぐにもあふれそうになっているんだ」
「それが破れたらどうなるの?」
「この地に完全なる魔物が出現する。そいつはいかなる物理的な制限もお構いなしに超常現象的な力を行使し、
「わたしたちにできることは……」
「何もない。あとは
試くんが悲観的な未来を予言する。
「だから、おれは絶対に彼女を助けるんだ」
悲壮な覚悟を口にして少年が一歩、前に出る。
人の気配を敏感に察して、包帯少女が鋭く反応した。
これでは、身を隠しながら近づくなんて最初から無理だよね。
「こ、こないで……。こないで下さい」
「お願いだよ。これ以上、逃げないで。君を救い出せる最後のチャンスなんだ……」
「だめ、だめなの……。マスターに近づかれると、わたし」
マミちゃんが震える声で試くんを拒んだ。
うまく力が入らない両腕で無理矢理に立ち上がろうとしている。
「動くな。もう、それ以上は無理をしちゃ駄目だ」
「わたし、変になっちゃう。自分が自分じゃなくなっちゃう」
「違う。君は何もおかしくない。キチンとエクトプラズマを補充すれば……」
「ダメなの。それでもダメ」
ふたりは堂々巡りな会話を繰り返している。
ようやく立ち上がったマミちゃんは、いまにももつれそうな両足でここから逃げ出そうと懸命に踏ん張っていた。
だが、すぐにも力尽きて膝から崩れ行く。
「危ない!」
その様子を見て、いまにも飛び出しそうになる試くん。
わたしはその腕に手を伸ばして、とっさに彼を引き止めた。
「何をする? 離せよ!」
「行ってはダメ……」
「は? どういう意味だよ。どう見ても、あの子は限界だ。手段なんか選んでいられるか!」
「わかってる」
「なら、この手を離せ! おれの邪魔をするな」
試くんは必死だ。
それは間違いない。
でも、間違っている。
だから……。
「わたしが行く」
「なに?」
「わたしが試くんの代わりにマミちゃんを助ける」
「ふざけるな! お前ひとりでどうやって!」
「大丈夫だよ。基本的なことは大体、わかってる。首のペンダントにその注射器の中身を補充すればいいんでしょ」
「そんな簡単に……」
「問題ないよ。いざとなればマミちゃんに教えてもらう」
どんなに試くんがやめさせようとしたって、わたしは引き下がらない。
だって、これはわたしにしかできないから。
いまこの瞬間に、マミちゃんを助けることが可能なのは、女の子であるわたしだけだ。
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