#005 クレタの迷宮
わたしたちは金網で区切られたゲートを抜け、通称『
道すがら、
「
「それを逆転させたのが、
わたしの言葉に試くんが大きくうなづく。
「だからこそ、埋さんこそが万条目一族、唯一にして真の天才と謳われる理由だ。彼女は童呼原の空気中成分を大型プラントによって大量に精製し、そこにイマジンを呼び込むことでモンスターフレンドを誕生させた。一旦、フレンド化したイマジンは定期的に『エクトプラズマ』を供給することでその姿を維持するんだ」
大いに語る試くんの様子は自身の一族について誇らしげであるが、どこか寂しそうにも思えた。なんでだろ?
「おれはこの童呼原の地に
思い詰めたように語る少年の横顔には、選ばれた者ゆえの苦悩が見え隠れする。
でも、言わせてもらえればただいま絶賛、浪人中のわたしからすると、彼の年齢でここまでの経歴を持っていれば、間違いなくエリートの中のエリートではないかと感じていた。
まあ、わたしと比べたってなんの慰めにもならないのは、とっくにわかっているけどさと……。
「もうじき、森を抜ける。取りあえず、そこで別のフレンドの力を借りよう」
前を進みながら、試くんが提案してきた。
言葉どおり、前方に明るい光が見えてくる。
この森は、きっと正面入り口から進んできた部外者から、施設の全容を隠すための
「ここが
森を抜けると足元は小高い丘になっていて、そこから周囲の景観が一望できた。
すぐ下には外国の貴族の庭でよく見かける、生け垣で迷路を模した迷宮庭園が作られている。その後方には石造りの神殿や寺院がそこかしこに建てられていた。
「
思ったことをそのまま素直に口走る。
いや、まあね。それだって大したものよ。
でも、期待していたのとはちょっと違う……。
「地上部分はな……。まあ、あれはアトラクションと同じだよ。本命は地下に広がる何層もの大迷宮だ。ここから見える建物は全部、地下迷宮への入り口だ」
「え? だとすると、ここから見える範囲全部がダンジョンになってるの……」
スケールの大きさに声を失う。
そんなわたしを置いたまま、試くんは坂道を下って目の前の迷宮庭園へと向かっていった。
「あ! 待ってよ、どこに行くの?」
「あの場所は奥に広がる地下迷宮への出入り口だ。どんなフレンドも他の区域に移動する場合は庭を通過する必要がある。だから、庭園の番人に話を聞きに行くんだ。早く来いよ」
「番人?」
「ああ、そうだ。迷宮をつかさどるフレンドさ」
◇◇◇
前を進む男の子の背中を追いかけて坂道を下っていく。
背中に担いだナップサック。口から飛び出しているのは、さっき試くんが使ったスティック状の機械だ。
「そう言えばさ……」
「ん? どうした」
「そのへんてこな道具を発明したのも埋さんなの? エクトプラズマ集積器だっけ?」
「いや、これはおれが独自に作り出したオリジナルデバイスだ」
足を止めて担いだナップサックから機械を取り出し、もう一度わたしに見せつける。
おやおや、この話題には随分と食いつきがいいのね。
ひょっとすると、自慢したいのかしら?
「これを? 試くんが」
「あ、ああ。ここに来てから大型プラントの構造を自分で解析し、持ち歩ける程度までに改良して小型化したんだ」
「え! それって結構、すごいんじゃないの。言ってみれば、自己流で携帯電話を作り出したくらいの技術革新だよね」
結構、本格的な話だったのでお世辞を抜きにして驚いてしまった。
原理を応用したからと言って、そう簡単にやれることではない。
「ま、まあな。でもまだ、精製したエクトプラズマの長時間保存が無理なんだよ。一〇分もしたらインジェクションキット内の濃縮物が変化して使い物にならなくなる。この辺はまだまだ改善の余地が残されてる感じだな……」
「いやいや、それでもいまみたいな緊急事態なら一〇分も持てば十分だよ。へえ……。すごいね、試くん」
真顔で感想を告げると、急に相手が顔を反らした。どしたの?
どうも男の子というのは会話が難しい。
冷静に対応すれば拗ねるし、素直に答えれば突然に黙ったりする。
「おれだって一応は、『百の
なにやらすごいキャッチフレーズでみずからの
この一族、なんていうか自己主張が激しいわね……。
「だけど、出来て当然のその先を見つけられなければ、おれはいつまでも埋さんの背中を追いかけるだけの男だ」
それでもしっかり男の子している辺りはなんとなく微笑ましかった。
ああ、これはもうあれなんだな……うん。頑張れ、男の子。
「先に急ごう。ミノタさんなら、なにかを知っているはずだ」
「ミノタさん……?」
いきなり飛び出たその名前に、わけがわからず訊き返した。
「ああ、そうだ。この迷宮庭園をナワバリにしているフレンドさ……」
◇◇◇
坂道を下りきり、わたしたちは庭の入り口に到達した。
背の高い植え込みが視界を
「ミノタさーん! どこにいるの? ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
躊躇なく迷路を進みながら、ミノタさんとやらに呼びかける試くん。
迷って出られなくなることなど、ちっとも恐れていない様子だ。
「ねえ、目印もなしに進んでいって大丈夫なの? もしかして試くんはこの道を全部、覚えているとか?」
「いいや。どうせこの迷宮はミノタさんの能力で『
実にあっさり脱出不可能な事実を伝えてくる。
いやそんなオカルト、さも常識のように言われても……。
「おや? 迷宮が随分、元気になっていると思ったら、マスター以外の人間が入ってきているんだね」
どこからか女の子の声が聴こえてきた。
目には見えない生け垣の彼方から、その存在はわたしたちに語りかけてくる。
「この人は臨時でおれの手伝いをしてくれているだけだ。別に怪しい人物じゃないよ。それよりもミノタさん。ちょっと訊きたいことがあるんだ。姿を見せてくれないかな」
試くんがなぞの声に答えて、面会を申し込む。
ああ、いつもはもっとスムーズに会えるけど、いまはわたしと一緒だから少し警戒されているのね。
「だったら、ルートをいま作るから、そこの行き止まりを右に曲がってからまっすぐ進んでよ」
指示されたとおりに行き止まりから右へ方向を変える。
すると、さっきまでは存在しなかったまっすぐな通り道が
ビックリしているわたしをよそに、試くんはどんどん道なりに進んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
わたしもそのあとを急いで追いかけた。
上から見たときには決して見つからなかった、まっすぐな長い道のり。
そこを突き当たりまで進んで、もう一度、右を向いた。
「やあ、マスター。何か御用かな? そっちのお姉さんは……初めて見る顔だね」
迷宮とは思えないほどの広々とした空間。
その中央に堂々と立つ、ひとりのフレンド。
大きな頭と小さな手足。人形のように低い等身。
クセの強いショートの赤髪。頭には牛の角を模したカチューシャをつけている。
そして、首元に見えるのはマミちゃんと同じようなネックレス。
身に着けているのは、等身大であればさぞやセクシーに思えるだろうホルスタイン柄の白黒ビキニ。手には棒状の長い武器をたずさえていた。
「彼女がミノタさん?」
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