#004 イマジンとフレンド

「あの女の子が魔物……?」


 急にそのようなことを言われても現実感がひどく乏しい。

 とまどっていると、すぐ隣にためすくんが並んできた。


「声を立てるなよ。いまエクトプラズマ補充の準備をする」

「え? な、なに」


 事態の進展に頭が追いつかない。

 見ると、試くんが片手に何やら棒状の機械を握りしめていた。

 グリップの形状を見るに、きっとナップサックにしまわれていたものだろう。


「ロック解除、シアー輪転、エアー集積開始」


 唐突に呪文のような単語を連発する。心なしかその表情は楽しそうだった。

 まあ、男の子って女子に興味を持つまでは無意味にメカニカルな用語を使いたがるものだよね。子供っぽいけど……。


「感度良好……。充足率計測開始」


 見ていると、試くんが手に持った機械にはところどころ吸気用の穴が設けられていて、周囲の空気を取り込んでいる。

 うーん。稼働状態を見る限り、空気中の成分を取り込んで凝縮する装置かな?

 よくはわからないけど……。


「充足率五〇、六〇……いけるな」


 メーターを確認しながら進捗しんちょく度合いを読み上げていく。

 一方、置いてけぼり状態のわたしと言えば……。


「ねえ、あの子ってなんの魔物なの?」


 とりあえず気になっている事柄を質問してみた。

 いや、だって退屈だし。


「いま訊くのかよ?」


 明らかに不機嫌そうな表情でわたしを見た試くん。

 口に出さずとも『空気読めよ』という心の声が幻聴となって耳に響いた。


「言っておくけど、まだ全面的に信じているわけじゃないわよ。それっぽい話を聞かされて、興味は抱いているけど。だから、ちゃんと解説してよ」


 いろいろと教えてもらって、面白そうだと感じたのは嘘ではない。

 なので、目に見える状況はなるべく正しく把握しておきたかった。


「あの子は『ミイラ』のフレンドだ。より正確に言えば『マミー』ってやつかな」


 試くんはインジケーターに目を配りながら、視界にまだ見える女の子の正体を語ってくれた。


「マミー……。ああ、それで、”マミちゃん”なのね」


 初見のとき、彼が大声で絶叫していたのはあの子の愛称というわけか。

 興味が薄い対象には一気に名付け方が安易になるあたり、なんだかとても天才肌だと思った。


「充足率一〇〇パーセント。インジェクションキット、分離パージ


 準備が整ったらしい機械から、グリップのつまみを回して小さな部品を取り出す。

 手にしていたのは、中に白いリキッドが充填じゅうてんされた針のない注射器だった。


「えっと……。何かな、それは?」


 注射器を手にして、まんざらでもない様子をうかがわせている男の子からは、そこはかとないマッドサイエンス臭が漂っていた。

 多分、この子はこのまま成長すると、どこかで道を間違えちゃうんだろうなと嫌な予感を覚える。


「こいつがエクトプラズマ。この童呼原の大気に多く含まれている人の残留思念を濃縮し実体化したものだ。これを意識体イマジンである魔物と融合させることで、モンスターは限りなく人間の幼女に近い姿となって顕現けんげんする。無力化した魔物たちをこの地で安全に管理することが『イマジナリー・モンスターフレンド』計画の全貌だ」


 ドヤ顔で語ってくれたわけだが、いやいやちょっと待ってよ……。

 訊きたいことが山ほど出てきたわ。


「と、とりあえず、なんで魔物が女の子になってしまうわけ?」


 たずねても詮無きことであるとは考えたが、一応は問いてみる。


「知らないよ。ただ、実験の結果として大量のエクトプラズマを注入すると、魔物は少女化するという事実が判明しただけだ。理由は……いずれ解き明かすだろ、誰かが」


 まるで他人事のように答えてみせた。

 あ、これは天才と言っても理論で組み立てるのではなく、直感と観察で事象を導き出す『実践派』と呼ばれるタイプなのかなーっと思ってしまった。

 こうした手合いはしつこく絡むと急に怒り出す。慎重に応対しましょう。


「細かい話はまたあとだ。まずはあの子に、このエクトプラズマを注入する」

「え? そ、その注射器でどうやってするの……」

「フレンドの首には持続的にエクトプラズマが補充されるよう、ネックレスが付けられている。そこにこいつを加えてやれば問題は解決だ」


 そう言って手にした注射器を掲げてみせた。

 よかった。人道的な配慮は一応、為されているわけね。


「いくぞ。気づかれないよう静かにな……」


 こちらに指示を出して、ゆっくりと歩きだす。

 わたしも足元に気をつけながら、試くんのあとを追いかけた。

 フレンドの”マミちゃん”とやらは、設けられたゲートの金網に背中を預け、地面に腰を下ろしている。

 目をつぶり、疲れたような表情を浮かべていた。

 まあ、あの体でほうぼうを動き回っていれば、すぐにスタミナ切れを起こすよね。


「あ……」

「口をふさげ、聞こえるだろ」


 わたしが驚いて声を出したのは、背中からぐような一迅の風が通り抜けていったからだ。

 でも、わたしが気づいたことに試くんは感づいていない。

 

――野生の生き物に近づくときは、必ず風下に身を伏せろ。


 おじいちゃんに何度も言われた。

 それほど大自然の中に身を置いている存在は気配に敏感。


「ふぁ……」


 女の子がたちまちに目を開け、視線をわたしたちがいる方に傾けた。


「くそっ。どうして気づかれた?」


 試くんが不思議そうにつぶやくけれど、それはちがう。

 気が付かれて当然なんだ。それを彼はまだ知らない……。


「こ、こないで……」


 立ち上がった包帯姿の少女は、怯えたような声で近寄ろうとする少年を拒絶した。

 その反応を見ていると、嫌悪と言うよりは恐怖の感情が見て取れる。

 ってか、キチンと喋れるのね……。

 まあ、『怪物』と言うよりは女の子だから、当たり前か。


「いいから落ち着くんだ、マミちゃん。いますぐ、このエクトプラズマを補充しないと、君はフレンドの形態を維持できずにイマジン化する。そうなると、さらに対処は難しくなってしまうんだ。何も怖くない、痛くしないからおれの言うことを聞いてくれ」


 試くんの説得はとても正しいように聞こえる。

 だけど、基本的に間違っているような感じもした。

 何が? と問われると返答に窮してしまうが多分、その理由はわたしが女性であのフレンドのマミちゃんとやらも女の子だからだろう。

 きっと……。


「いや……駄目なの。ち、近づかないで」


 マミちゃんは怯えたような眼で背中を金網に押し付けている。

 そんなことをしてもどうしようもないのに……。

 と思った瞬間、少女の体が金網をすり抜けてゲートの向こうに移動した。


「え?」

「しまった! もう実体化率が半分を切ってる」


 慌てて試くんが駆け出すが、もう遅い。

 金網に手をかけて相手の行方を探すが、マミちゃんはあっという間に木々のすき間に身を隠していずこかへ消え去った。


「だめだ、この先は迷宮ラビリンスゾーンだ……。ますます、見つけ出すのが困難になる」


 男の子は落胆を隠そうともせず、両手で金網を強くつかんでいた。

 足元には、さっきまで手にしていたインジェクションキットが落ちている。


「具現化率って何? 随分、気にしているみたいだけど」


 地面にある注射器を拾い上げ、相手に差し出す。

 同時に深刻化している事態について現状をたずねた。


「フレンドは時間とともに体内のエクトプラズマを消費する。通常は首にある補充機から必要なだけ供給されるけど、それが尽きた場合は徐々に肉体を失っていき、さっきみたいに物質をすり抜けてしまうんだ。同時に魔物としての本性に目覚め始める……」

「そのままだと一体、どうなるの?」

「フレンドとしての人間性を失ったら、もうおれの手には負えない。千田河原せんだがわらがケリをつけるしかない」


 悲観的な答えに、試くんの様子はこれ以上ないほど落ち込んでいるように思えた。


「でも、まだ諦めるには早いのでしょ?」


 相手を励ますように問いかけてみる。

 生意気そうに見えても、やっぱり中身は子供なんだなと感じた。

 いい意味でも悪い意味でもどうしてか目が離せない。


「当たり前だ。おれはうめるさんから、あとを託された人間だ。この程度じゃ絶対に引き下がらない」


 わたしの手から注射器を受け取って、力強く答えてみせる。

 気合を入れ直した表情は立派に”男の子”していた。

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