#003 童呼原奇譚

「いいわ。ただし、こっちにも条件があります。この施設がどういう目的で存在しているのか、ちゃんと説明してください」


 啖呵たんかを切って、要望を口にする。

 こうなればヤケだ。関わるなら、キチンとすべてを把握しておきたい。


「は? お前なんかに、わが万城目一族が代々、受け継いできた重要な使命を理解できるわけ……」

「当然でございます! 詳しいお話は道々、ためす様よりお話いただくとして、まずは施設内を自由に歩くため、お着替えをしていただきたいと存じます。さあ、こちらへどうぞ」


 主の声を遮るように、千田河原せんだがわらさんがわたしを研究所の中に案内しようとする。

 試少年は苦虫を噛み潰したような表情でわたしを見ていた。

 多分、本当のところは千田河原さんの決定に逆らうだけの勇気がないのだと思う。

 あれ? 意外と子供っぽい……。


 ◇◇◇


「お待たせしました、着替え完了です」


 案内された更衣室には新品の白衣が用意されていた。

 この恰好なら、施設内のゲートを足止めされることなく行き来可能らしい。

 それを上に羽織り、そそくさと出入り口に戻ってきた。


「よくお似合いです。うめる様の予備の白衣ですが、サイズがぴったりで安心いたしました。そう思いませんか、試様」


 千田河原さんがわたしを見るなり誉めてくれた。

 ん? でも誰なんだろう、”うめる”さんって言うのは……。


「女物の白衣なんて誰が着たって大差ないだろ……」


 そっぽを向きながら憎まれ口を叩いてくる試くん。

 んー。お姉さん、そういう態度は見透かしちゃうよ。

 ちょっと恥ずかしいんだよね。正面から見るのは。うんうん。


「準備が済んだらさっさと行くぞ」


 そのまま歩き出そうとして背中に向ける。

 肩に担がれたナップサックからは、袋に収まりきれない長い棒の握りが飛び出していた。

 わたしは慌てて苦言を告げる。


「ちょっと待ちなさい。まだ、さっきのフレンドとかイマジンの説明を聞いてないわよ」

「ちゃんと探しながら教えてやる。とにかくいまは時間がないんだ。早くしろ」


 困ったような声で伝えてくる。

 緊急事態なのはどうやら本当なのね。


「試様。それでは、わたくしは結界を強化して万が一の事態に備えたいと思います……」

「ん。頼む……。なんとか時間切れの前にエクトプラズマの注入を終わらせたいけどな」


 千田河原さんも試くんもなにやら神妙な面持ちで会話を続けている。

 さすがにこれは真剣なのだという雰囲気がヒシヒシと伝わってきた。

 一体、これから何が起こるというの?


「そもそも、お前はこの童呼原どこはらという土地がどういう場所がわかってるのか?」


 前を行く試くんが唐突に問いかけてきた。

 その前にね……。わたしは言っておきたいことがある。


「あのさ。わたしには”由乃朋美よしのともみ”って言う名前があるんだけど」


 さすがに年下の男の子から”お前”呼ばわりは若干の抵抗がある。

 ここはビシッと言っておくのが肝要だと判断した。


「じゃ、じゃあ”由乃”で……」


 さんを付けなさい、デコ助野郎!

 などと思ったりもしたが、男の子から名字を呼び捨てにされるのは、これはこれで精一杯の虚勢を張っている感じがして悪くないような気がした。

 なので一旦はこれで妥協しておくとしましょう。


「地名だけは昔から知っているけど、由来とかはあまり気にした覚えはないわ」

「まあな、そんなものだよ実際は……。でも、この場所はかなり昔は『薊ヶ原あざみがはら』と呼ばれていた。それを『童呼原』と言い慣わすようにしたのは、おれの実家である万条目家の歴代当主たちだ」


 へー。そんな風に語られると、試くんの家系が本当にすごい人たちだらけという感じがする。

 四代前はどこにいたのかも怪しい、うちのような庶民とは生まれる以前から立場が違いすぎていた。


「そして、この童呼原の地に骨を埋めるつもりで大掛かりな結界を施したのが初代当主の万条目創まんじょうめつくる博士だ」

「結界? そう言えば千田河原さんも口にしていたけど、それってどういう意味なの」


 試くんの話だけでは子供の作り話というか、なんとなく嘘くさいけど、結構ご年配に見えるあの人までがわたしを騙して演技をしているとは思えなかった。


「千田河原は世界でも有数な退魔師の一族出身だ。もし万条目家の名前を継ぐこのおれがイマジンの制御に失敗したときは、あいつが魔物の調伏ちょうぶくを行う。つまりは最終手段というわけだ」

「魔物?」

「この童呼原の地底深くにある『風穴』から出現してくる異界の住人たちのことだ」


 なんだかSAN値が削られそうな話題だけど、この場所がそんなに危険であるとは生まれてこの方、聞いたこともない。


「な、なんでここに?」

つくる博士は巨大な噴火口跡地であるこの場所の最下層深くに、現世と魔界の接結点が誕生していることを発見した。それから生涯をかけて封印の為の結界を施したのさ」

「その『結界』がこの研究所というわけなのね」


 ボンヤリとだけど、話の全体像は見えてきた。

 まあ信じられるかどうかはまだまだ半信半疑だけど。


「現在のような形に作り変えたのは、創博士の孫であった万条目交まんじょうめまじる博士だ。彼は大戦前にアメリカへ帰化し、終戦後に政府の研究員として祖国の地を踏んだ。そのとき、まだ『薊ヶ原』と呼ばれていたこの場所を訪れ、祖父がやろうとしていたことをすべて知る。結果、本国政府への働きかけを繰り返し、施設の管理を万条目家の人間が責任を持って行うことを条件に『特別保護地区』の設立に成功したというわけだ」

「スケールが大きくなってきたわね。と言うか、よくあの国が許したわね。そんなオカルト話……」

「旧日本軍が魔物と兵士を融合させて強力な軍団を生み出すための実験施設であるとか、相当むちゃくちゃなレポートを本国に送っていたらしい。いま聞くと、かなりの眉唾まゆつばものだが、まあ時代が時代だからな……。それから代々、この研究所の真の役割を果たすのが万条目家当主の務めというわけさ」


 駆け足でこの施設と自身の一族の歴史を解説し終えた試くん。

 んー。でもまだ何か聞いてないことがあるような……。


「そう言えば、”うめる”さんて言うのは誰? この白衣もその人のものらしいけど、どう見ても女物だよね」


 袖を広げて前を行く試くんに問いただす。

 彼は歩みを止めてゆっくりとこちらを振り返った。


「その人はおれの前任者だよ」

「前任者? えっと、お母様かな……」


 これまでの話の流れから、もっとも可能性がありそうな選択肢を挙げた。


「いや、埋さんはおれの親戚だ。まじる博士の一人娘が日本とアメリカ、別々の国で別の男性と設けたふたりの兄妹。そのうちの日本に残った一族の末裔まつえいが埋さんで、アメリカの方で世代を重ねたのがおれの家族だよ」


 ということは試くんって少なくとも、クォーターかなにかなのね。

 どおりで顔が日本人離れしていると思ったわ。


「で、埋さんはいまどうしているの?」


 自然な流れでつい聞いてしまったが、もし重い話だったらどうしよう。

 口にした次の瞬間には後悔していた。


「ある日、おれの前に現われて『女磨きの旅に出るから、あとのことはよろしく』と伝えてきた。気がついたときにはすべての事務手続きが終わっていたんだ……」


 心配して損したわ。


「まあ、おれとしても万条目家の秘密は以前から聞かされていたし、ひょっとしたらという気持ちがあったから、それはいいんだ……問題は別のところにあった」


 神妙な面持ちで過去を語っていく少年。

 その表情が一層、険しくなる。


「おれがこのセンターに就いた時、童呼原の光景は聞かされていたものと一変していた。すべては、わが一族が生んだ最高傑作、万条目埋まんじょうめうめる博士に拠る『イマジナリー・モンスターフレンド』計画のせいだ」

「イマジナ……。何それ?」


 さすがにそう語られてもサッパリ意味がわからない。

 あわてて解説を求めるが、そのとき試くんの視線がわたしを飛び越してさらに後方へと注がれているのに気がついた。


「……いたぞ」

「え? 何が」


 告げられてうしろを振り返る。

 視界に映ったのは研究所の入り口付近で見た小さな女の子だった。

 大きな頭に小さな手足。まるで人形のような体型。

 素っ気ない無地のワンピースと体中に巻かれた包帯。

 間違いない。わたしが見たあのなぞの少女だ。


「あれこそ、埋さんが発見した『空中エクトプラズマ固定法』によって異世界の魔物を少女の姿に変えた、イマジナリー・モンスターフレンド。通称、『フレンド』だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る