Ⅷ.謎多き炎国 ムスペルヘイム


 〈概要〉

 Ⅲ.九つの世界でお伝えしたように、ムスペルヘイムはその世界にはもはや収まってはおらず、全く持って謎に包まれた世界です。

 その大まかな説明として、まずムスペルヘイムは原初の世界からありました(もう一つはニヴルヘイム)。この炎の国に住む者たち――特にスルトから飛んできた火が氷を蒸発させて、原初の巨人ユミルとユミルに乳を与える牛アウドムラが誕生したのです。おや、おかしいですね。原初のユミルよりも先に、スルトをはじめとする、ムスペルヘイムの住民たちが生まれているではありませんか。ニヴルヘイムに生命があったとは記されていませんが、一方でムスペルヘイムには、実はもうすでに住まうものがいたのです。

 これはどういうことかと探しても、納得のできる答えは今のところ見つかっていません。しかも、そこに住む炎の民ムスペルはそのほか多くの生命体【巨人・神・人間など】と接触をしませんでしたから、情報すらありません。なお、好奇心旺盛な神・人間が炎の民ムスペルとほぼ接触できなかったのには理由があります。それは単純なことで、ムスペルヘイムが灼熱地獄だったからです。神々でさえも、暑くて近寄れなかったのでした。さらに炎の民ムスペルたちもムスペルヘイムから出ることがなかったので、接触が皆無だったということです。

 ほぼといったのは、ただ一度だけ、彼らが神々たちと接触したことがあったからです。それこそが、ラグナロクでした。



 〈炎の民と再生の炎〉

 誰とも接触しなかった彼らでも、ラグナロクの異常事態には腰を上げました。神も巨人も精霊も、すべての生命体が殺し合い息絶える中で、炎の民ムスペルやスルトも暴れまわり、世界を焼き尽くします。ただ、彼らが世界の破壊者であるとは言い切れません。何となればこの後の展開は世界の再生だからです。

 今一度考えてみると、これまで一度もムスペルヘイムから出なかった炎の民ムスペルがこうして世界をめぐるというのは、その世界を浄化し、再生する力を与えるためだったのかもしれません。そうではないと、彼らが動き出した理由がありませんもの。しかも、思い出せば、原初の世界でユミルやアウドムラを生み出したのは彼らの炎でしたし、世界を焼き尽くして新たな新世界の基礎を作り上げたのも、また炎でした。そう考えれば、やはり彼らの用いる炎は誕生・再生の炎であると結論付けたほうがすべてうまくいきます。

 謎の世界ムスペルヘイムと、そこに住む謎の住民は、神をも超える力を持った古代神だったのかもしれません。



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