Ⅹ.陰気と勇気の兄弟神ヘズ,ヘルモーズ


 ヘズ(ホズ)とヘルモーズ。この二神はバルドルの死に大きく関係しています。よってこの項では一気に二人の神を紹介することにします。まず、ヘズについて。

 

 〈ヘズ〉

 「戦士、戦」という意味の名を持つ彼は、オーディンの息子の一人で、バルドルとは双子の兄弟です。彼とは対照的に根暗な印象を持たせます。これは盲目であることがそのゆえんでしょう。とはいえ決定的に彼の印象を悪化させてしまうのはロキの仕業です。

 神々の御曹司バルドルが不慮の事故で死んでしまったとき、神々は深く悲しみましたが、時間がたつにつれそのことを考えなくても生きていけるようになりました。そしてオーディンはリンドという神とも巨人とも断言できない女との間にヴァーリという子供を設けました。この神は、ただ罪深きヘズを殺すという運命だけを背負って生まれたのです。オーディンも、ヘズに非がないことはわかっていながらも彼の罪を罰しないといけなかったのです。

 と、暗いお話でしたが、いくら盲目で活躍がないからといって、彼を侮ってはなりません。先ず、名前が戦そのものというところからも分かりますが、彼はとても優れた戦士でした。剛力という点でもそうなのですが、一つには、彼が盲目であるということが逆に利点となっています。目が見えないということは霊界に通ずる能力があると考えられていましたから、私たちの言う「第六感」なんかで戦うわけですね。


 〈ヘルモーズ〉

 その名前には「決心」「戦の興奮」という意味のある彼は、名前通りの活躍をしてくれます。

 バルドルの死によって神々が悲嘆に暮れるしかなかったとき、母親であるフリッグはこう言いました。

「あなた方の中で、冥界にいるバルドルに帰ってこさせるよう、ヘルに交渉に行く者はいますか」

 ここで、フリッグは「彼女からのすべての愛と好意」をその褒美としました。そして立ち上がったのがヘルモーズです。この困難な旅に出向くことが、彼の宿命に近いものだったに違いありません。オーディンからの信頼は篤く、その際には特別な兜、鎧と、魔法の杖ガンバンテインを授かりました。

 

 〈冥界への旅〉

 父オーディンから駿馬スレイプニルや多くの宝物を授かったヘルモーズは、地下へ九日間進み続け、十日目にようやく目的地の入り口にたどり着きました。

 そこはギョル川という場所で、金色の橋が架かっていましたのでそれを渡りかかったところ、番をしていた一人の乙女に呼び止められました。

「あなたは今までここを通ってきたものの中で、最もけたたましい音を立ててやってきて、顔色も良いままです。あなたは死んではいないのでしょう?」

「いかにも、俺は死んでいない」そう申し出た後、彼はこう付け加えました。

「先日アースガルドからここに、一人の神がやってきたはずだ。その神はかのオーディンの息子であり、俺もオーディンの息子である。万物の神と全てが、バルドルの帰還を望んでいる。ゆえに俺はヘルと話をつけなければいけないのだ」

 事情を聴くと、乙女はここから北に行けばヘルの居城にたどり着くという情報を教えてくれましたので、彼はその通りに進みます。

 彼女の言ったとおり、北に進んでいくとヘルモーズの前にはヘルの居城、エリューズニルがそびえたっています。それは見上げるだけでも一苦労なほど高い城壁を持っているので、彼は自分の力帯をしっかりと締め、意気込んでスレイプニルにまたがりなおしました。するとスレイプニルはその気持ちにこたえ、城壁を難なく飛び越えていきました。

 城に入ると、普段は陰気なはずのそこで、宴会が開かれているのでした。主役はもちろんバルドルです。奥の玉座に妻であるナンナと共に座っていました。ナンナはバルドルが死んだというショックで胸が張り裂けたため、ここにいます。

 その状況を鑑みて、ちゃっかりヘルモーズも宴会に参加して、バルドルやナンナとの会話に花を咲かせます。しかし使命を忘れることはなく、次の日にはヘルに会い、こう頼みます。

「万物が、悲しんでいる。それは光輝くバルドルがここにいるせいだ。どうか彼を、偉大で崇高な父のもとに帰らせていただきたい」

 すると半身が冷ややかな青黒い色をした不気味なヘルは、

「本当に、彼のことを皆が悲しんでいるのですね? そんなことは信じらせませんが――もしあなたの言う通りに世界中のものが悲しんだときは、バルドルを帰しましょう」

 と好都合な返事をしました。ヘルモーズが朗報を土産に勇んで帰ろうとしたとき、バルドルが彼のことを呼び止めます。そして黄金の腕輪ドラウプニルを、オーディンに返してくるようにお願いしました。こうしてドラウプニルは、もう一度オーディンの息子のもとに帰ってきて、ラグナロクまでずっと彼の王権を示すものとなりました。


 〈復活へ〉

 ヘルモーズの情報を聞いて、神々は世界中にバルドルの為に泣くよう呼びかける使者を出しました。神々はもちろん、花、木、太陽、鳥、岩など、彼の死を悲しんでいないものなんて、一人もいないはずでしたから、バルドルが生き返るのは時間の問題かと思われました。しかし、女巨人のセックだけは、一向に泣こうとしません。使者は言います。

「あなたが泣いてくだされば、バルドル様はもう一度この地に足を踏み出すことになるのです」

「フン、嫌だね。私の目の中には、あいつの為に流す涙は一滴もないよ!」

「そんなことをおっしゃらず、泣いてくださるだけでいいんです。そうすれば冥界のヘルも納得してくれます……」

「しつこいね! いいかい、バルドルは私にいいことを何一つしてくれなかった。これはあいつが生き返ったとて同じことだ。そんな神は死んでいたほうがいいし、ヘルは思いがけない幸運に身を浸からせておけばいいのさ」

 こうして唯一セックだけが泣くのを拒否したためにバルドルはずっと冥界に居続けなくてはならなくなりました。実は、この女巨人もロキが変身したものです。ヘズを教唆しておいてなお悪びれず、彼は神々の最後の希望まで打ち砕いてしまったのです。


 〈外見〉

 ヘズは邪悪さを持ち合わせていないものの、バルドルを殺したために忌むべき神といわれてしまっています。盲目であり、影の存在である彼の外見を想像することはそう難しいことではなさそうです。

 ヘルモーズは勇敢で大胆な戦士とされていて、オーディン以外は尻込みしてしまうような冥界への旅を成し遂げたのですから、典型的な益荒男ますらおでしょう。さらに俊足のスレイプニルに乗ることができることから、がっちりした体形をしているに違いありません。

 どちらの神も、外見は神話中では触れられてはいませんが、こうして考察することは可能です。特に二人は対照的なので、想像に難くないでしょう。

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