Ⅴ.ヴァルハラ

 北欧神話の最高神はオーディンです。彼はグラズスヘイム(歓喜の国)という豪勢な宮殿を住居としていますが、もう一つ、別の宮殿を所持しています。それが、戦死者の館という意味を持つ、ヴァルハラ宮です。


 〈造り〉

 この宮殿も一応は神々の建築物であるため、外観が黄金でおおわれていたり、見上げることのできないくらいの高さを誇っていたりしますが、他の宮殿とは一味も二味も異なっています。その要素として屋根は盾、壁は槍、椅子は鎧で出来ていて、招かれるのは勇猛勇敢な兵士のみであるというものがあります。このヴァルハラ宮は語源通りまさに「戦の館」です。


 〈戦の御殿〉

 先述した賓客である戦士たちはエインヘリヤル(:死した戦士)といわれます。彼らは人間ですが、一つだけ私たちと決定的に違う部分があります。それは、彼らが一度死んでいるということです。

 オーディンがこうして戦死者を集めているのは、 “神々の黄昏”と呼ばれる世界の終末に用いる兵力を養うという目的があるからです。彼は地上で戦争が勃発すると、三人の運命の女神ノルンの内の一人スクルドを筆頭に、優美さと勇壮さを兼ね備えた十二人の戦乙女ヴァルキュリア(:戦死者を選ぶもの)たちを派遣します。そうして彼女らが、招待されるべき人物を死んだ戦士や王侯の中から選別してゆくのです。

 このようにして招かれた者たちは、日中は武装し、庭で激しく戦いますが、夜になるとその傷は癒え、料理人アンドフリームニル(:すすけた者)が作るセーフリームニル(:海の霜)という肉料理を腹いっぱいに収めます。わたしたちの感覚からすれば、精一杯戦ってようやく往生したというのに、死後の世界も戦いがつづくのでは天に昇った感じがしませんが、北欧の戦士たちの夢は、戦場で勇ましく散って、このエインヘリヤルたちの仲間入りをすることでした。いくら良い歓待をされるとはいえ、ヴァルハラ宮に迎えられるという事は、途方もない修行の始まりなのですから、それが夢とは些か信じがたい話ではあります。(完)

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