Ⅵ.悪神ロキ

 〈名前〉

 語源は不詳なのですが、説は調べた限り二つ――ひとつ目は「天を閉ざすもの、終わらせるもの」、ふたつ目はドイツ語のLogeに関連性を見出して「炎」というもの。ただし、後者には根拠がありません。実際、ウートガルザ・ロキの城に案内された時、彼は野火であるロギに負けてしまうのですから。

 別名には天(ロフトLopt)というものがあります。


 〈属性・トリックスター〉

 悪神……。まあなんともひどい呼び名です。他には奸計神なんてのもあります。かわいそうなので「トリックスターのロキ」と呼んであげましょう。しかし、何でしょうか、このトリックスターという語は。聞きなれません。そこで、ロキという神自体の説明の前に、この語の説明をするとしましょう。本来は「詐欺師」といった意味を持つのですが、現在ではめっきりその用法は減り、かわりに「神話において秩序を乱しながらもその世界を活性化させる役割」といったものに変化しています。他の神話で言えば、生まれてすぐに牛の群れを隠してしまう(盗んでしまう)商業と泥棒の神ヘルメスや、南アフリカのドゴン族の神話に登場する、予定運命の湾曲といった宿命を負うユルグなどが挙げられます。私自身は納得できなかったのですが、日本神話のアメノウズメもこのトリックスターであるといいます。


 〈働き〉

 さて、ここからが本題です。ロキの父はファウルバウティ、母はラウフェイ。聞かない名です。しかしこれは当然でしょう。彼らは「巨人」です。つまりロキは血筋的には神々の敵なのです。神々の仲間に入れた理由は主神オーディンと義兄弟の契りを交わしたからです。ではさらに、その理由は? 調べてみると「容姿端麗」だからだそうです……。

 悪神と言われるからには、どれほどの悪さをしたのか気になるところです。彼の関わる説話を見てみましょう。

 まず、神々がアースガルドを取り囲む剛健な城壁を手に入れた話をしましょう。そうです。「手に入れた」のです。彼らは一切働くことなく。

 これは神々がヴァルハラ宮などの御殿を立てていた初期の頃の話です。ある時、山の巨人がやってきて、

「俺は建築が大の得意だ。お前たちのためにリッパな城壁を作ってやる」

 と言います。こんなうまい話、あるわけがないと誰もが思っている中、案の定彼はその報酬にフレイヤとの結婚、そして太陽と月を要求しました。背に腹は代えられぬとはいえ、そのような途方もない要求はさすがに呑むわけにはいきません。神々が拒否しようとした時、(皆さんお待ちかね)ロキが得意の悪巧みをします。彼曰く、「期限内に城壁が完成しなければ、僕たちは何の労力を使うことなく、あいつの言う立派な城壁を手に入れることになる」と。裏を返したような発想に、神々の中に反対する者も出ず、「馬以外の助けは借りない」「期限は一冬の間」という条件で交渉が成立しました。

 しかし、始まってみるとその牡馬スヴァジルファリがバリバリ働き、しかもその巨人との息が抜群でしたから、神々は焦ります。

「何ということだ。このままではフレイヤ女神も太陽も月も、みな巨人の手の中に収まってしまうぞ」

 そこでロキを「もしあいつの工事が期限内に終わったならば、お前をみじめに殺してやる」と脅します。ロキは急いで策を練り、何が何でも彼らの邪魔をしなくては、と思います。

ある時、いつものように山から岩を運び出そうとしていた巨人とスヴァジルファリの前に、一匹の美しい牝馬が現れます。その馬が妖艶にいななきかけると、血気盛んなスヴァジルファリは巨人のもつ手綱を引きちぎってそのあとを追いかけました。こうして工事が進まなくなってしまった巨人は、騙されたと怒り狂って神々に襲いかかりますが、トールにあえなく殺されてしまいます。

もうお判りでしょうが、この牝馬こそロキの用意した策です。しかし、どこからか連れてきたわけではなく、その馬は実はロキが変身したものです。渾沌を生む「トリックスター」ですから、性別を替えることもできます。そして彼らが情愛を交わして生まれた子供がオーディンの駿馬スレイプニルです。献上されたとき、オーディンは非常に喜んだといいます。

 彼はまた、面白いことに「巨人殺し」の異名を持つトールと親友関係にあります。ある時、トールの宝槌ミョルニルが盗まれてしまったことがありました。その際、神々がとった行動が、トールを花嫁姿に扮装させるというものでした。実はミョルニルはスリュムという巨人の王によって盗まれていたのですが、返すように言ったところ「フレイヤとの婚約以外の条件では一切返さん」の一点張りでしたので(またフレイヤがらみです……)、盗まれた責任を取ってトールがフレイヤ役を演じたのでした。ちなみに、この案はヘイムダル神のものです。あまり活躍がないと思っていましたが、ここで登場します。

 その後、無事にトールはミョルニルを取り返すのですが、何点か質問をされ、正体がばれそうになったところをすかさずロキがフォローします。優しいじゃありませんか。

 さらにこれ以外にも、とあるイタズラからロキは神々に対して多くの宝物を差し出すことになります。その中にはグングニルやミョルニル、スキーズブラズニルなどの神にとって大事な財産も有りました。


 〈悪神としてのロキ〉

 これまでいいことばかり語ってきたので、次はいよいよ悪い点を。

彼は女巨人のアングルボザとの間に三人(体)の子供(怪物)を生みました。神々に災いをもたらす魔狼フェンリル、大地を取り巻く大蛇ヨルムンガンド、半身が青黒い冥界の女王ヘルです。ヘルが直接神々に危害を加えることは有りませんでしたが、前の二者は危害を加えまくります。ラグナロク時に、フェンリルはオーディンを飲み込みますし、ヨルムンガンドはトールと相打ちに終わります。

また、ロキはバルドルというオーディン最愛の息子を間接的に殺害します。次いでバルドルが復活する機会があったにもかかわらず、それを妨害。今まで彼のしてきたことにはメリットもデメリットも両方ありましたが、これは完全にいけません。身の危険を感じたロキは逃亡生活を送りますが、とうとう捕まってしまいます。洞窟の岩に自身の息子の腸で縛り付けられ、さらにその上には毒蛇がおかれます。普段は彼の妻シギュンが壺で毒を受け止めるのですが、壺の中身を捨てる際にだけ肌にじかに滴り落ちます。このときロキが暴れるために地震が起きるといいます。苦痛に耐えるしかないこの状況ですら、混沌の申し子として地震という破壊を起こす彼の信念には、多くの神々が驚いたことでしょう。

 彼が悪いのはよくわかりました。悪神と呼ばれても確かに否定はできません。しかし、神話の解説本にはトリックスターについて、意識的に他人のために何かをすることはないとありますし、ロキに至ってはその意志がすべて神々を滅ぼそうというものであると書かれていることもあります。確かにロキの語源は「終わらせるもの」。そういった軸があるのかもしれませんが、スリュムにトールのウソがばれそうになった時、彼がばれないように取り繕ったのは、善意以外の何物でもないでしょう。この事件の発端はロキではありません。別にそこで助けなくてもよかったはずです。彼の評価に疑問が残るところではありますが、皆さまには存分に「ロキ」という変わった存在をお伝え出来たと思いますので、ここで解説を終えたいと思います。

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