ディナータイム〈後篇〉

 あなたと初めて行ったレストランのステーキは、ほんとうに美味しくて頬っぺたが落ちてしまいそうでした。頬に手をあてて、うっとりとする私を見て、あなたは優しく甘い微笑みを向けてくれましたね。


 どうして、こんなにいいお店に連れてきてくれたのって訊いたら、あなた、はにかみながらこう言ってくれました。


『おいしいものを食べた記憶って、ずっと残るかなと思って』


 あなたの言う通りでしたよ。

 私はあの時のことを鮮明に憶えています。


 あなたの目尻に寄ったしわの数。

 鼻の横の小さなほくろ。

 まだ煙草のヤニに汚れていなかった白い歯。

 きれいに剃られた髭のあとも。


 あの頃のあなたは優しかった。仕種ひとつ見逃しちゃいけないと思っているみたいに、ずっと私を見て、私だけを見て、笑ってくれました。


 なのに、いつからか私の嫌いな煙草を吸うようになって。

 スマホにばかり目を向けるようになって。

 平べったい笑顔しか浮かべてくれなくなった。


 私が淋しいって言ったら、あなたこう言いましたね。


『明日、帰りおそくなる』


 って。

 私の目を見もしないで。


 その時、私わかったんです。

 あなたは、もう私のものじゃないんだって。


 だけど、私はね、あなたを愛しているんですよ。もう私を見てないんだって解っても、嫌いになったりしませんでした。だから、諦めず、どうやったら、あなたと、ずっと、一緒にいられるか、たくさん、考えたんですよ?


 あなたの帰ってこない夜、独りきりの食卓で、冷たいご飯を食べながらね。

 想像できる? 想像して? 想像できましたか?


 ふふ、私はいっぱい想像しましたよ。それでね、ある時、もう答えをもってることに気付いたんです。

 あなたが言ってくれた言葉を思い出したんですよ。


 おいしいものを食べた記憶って、ずっと残るってね。

 他でもないあなたの言葉が、私を前に踏みださせてくれたんですよ。


 すごいわよね!

 あなたもそう思うでしょう。運命的よね。これが真実の愛よ!


 ……え? どうして首を振っているの?

 どうして、私を受け入れてくれないの?

 私、こんなに愛してるのに、どうしてわかってくれないの?


 まあ、いいわ。

 そろそろ明日のディナーの準備を始めないといけない時間ですもの。


 なんですか、そんなに涙を流して?

 ちゃんとおいしい料理ができるか心配なのかしら?


 大丈夫ですよ。

 ステーキはちゃんと腐らないように気を付けます。シチューは、あなたの逞しいお肉がホロホロになるまで煮込んであげますからね。


 これからも、ずっと、ずうっと、一緒にいましょうね?

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