ディナータイム〈前篇〉

 フライパンの上の厚切りステーキが、ジュージューと音をたてています。胡椒の香ばしいかおりが嗅覚を刺激すると涎が湧きだしてきて、はしたないとは思いながらも、私はごくりと喉を鳴らしました。


 さて、今日は彼の誕生日です。


 彼とは誰かって?

 ふふ、もう意地悪なことを訊くんですね。私の恋人。あなたのことですよ?

 もう五年のお付き合いになりますね。あなたの誕生日を祝うのは、当然、初めてじゃありませんけど、今日はね、ちょっと奮発してみましたよ。たまには贅沢もいいでしょう? 怒ったりしないでくださいね。


 え? さっきから鍋がぐつぐついってる?

 もう、焦らないでください。大丈夫ですよ。今日は特別な日ですから、じっくり時間をかけてご馳走を用意しているだけですよ。

 なにを作っているかって? 知りたい?

 仕方ないですね、教えてあげますとも。


 シチューですよ。これも奮発して、良いお肉を使っちゃいました。

 立ちのぼる湯気を見ているだけで美味しそうでしょう?

 でも、味見はちゃんとしませんとね。


 んん……なかなか好い出来です。とろみのついたブラウンルーに玉ねぎの甘味が融けこんで、仄かな赤ワインの香りが鼻腔を抜けていきます。お肉はどうかしら。

 ……まあ! ホロホロ! 舌のうえで崩れて融けていってしまうみたい。これなら、あなたも満足させられそうですよ。うふふ、今夜のディナー楽しみになってきたでしょう?


 私はとても楽しみですよ。

 今宵のディナーが、私たちの愛を永遠にしてくれるんですから。

 

 あら、焦げてしまいますね。

 あなた。

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