人面犬〈前篇〉

 タカシはクラスの中心的存在だ。

 いつもバカみたいなことばかり言って笑いを誘うムードメーカーであり、ここぞという時にリーダーシップを発揮する、誰にでも愛される奴。


 そんなタカシが、珍しく怯えたように声を震わせて語った内容は、案の定バカバカしいものだった。


「オレ、昨日……人面犬を見たんだ」


 僕は知らず知らずのうちに、冷ややかな視線を返していた。


「なんだよ、それ。人面魚じゃなくて?」


「チガくて! 人の顔した犬だよ!」


 僕は辟易としたものを感じずにはおれなかった。


 ますます震えるタカシの姿は、なかなか真に迫っている。でも、しょせん芝居だ。

 

 タカシは、僕をよく実験に使う。誰にも話したことのないネタを披露して、それをいちいちジャッジさせるのだ。面白ければ他の友達にも話して、面白くなければ、また新しいネタを考える。


 誰より愛されるムードメーカーは、結局のところ、愛されたいという欲求にとり憑かれた、ただの嘘つきに過ぎなかった。


「人の顔がワンって吠えたわけ?」


「いや、吠えなかった。倒れてたから」


「倒れてた?」


 くだらないが、ちょっとはオリジナリティがありそうだ。


「そう、倒れてたんだ。血がスゴくて」


「猟奇殺人?」


「リョーキ殺人?」


「誰かが人と犬を殺したんだ。それで、それぞれの一部を取り替えて置いておいた」


 そんなサイコ野郎がいてもおかしくないような気はする。なにも小説や漫画の中だけに狂人が潜んでいるわけじゃない。現実は小説より奇なりなんて言葉もあるくらいだ。


 だけど、もちろん本気でそんなこと信じてるわけじゃない。


 僕はあくまでジャッジをするだけ。面白いか、面白くないか。それを考え、伝えるだけだ。


 すっかりそんな関係がなじんでしまっていた。


「いいね。それサイヨー」


「もうなにしてんのかよく分からなくなってきた」


「話題作りだよ」


「べつにぶっ飛んだ話じゃなくても話題なんていくらでもあるでしょ。人気あるんだし、つまらないことでもみんな笑ってくれるよ」


「そのつまらない話題すらねぇんだもん。世の中ヘーワで」


「平和だから、つまんない話もできるんでしょ」


「できる、できない。ある、ないはベツっしょ」


 それからあとも、僕たちは不毛な創作を続けた。たまにつまらないことで笑いあったり、小突き合ったりした。


 面倒くさいと思うのなんて、しょっちゅうだ。嫌気なんて尽きやしない。


 だけど、結局、友達ってこんなものだ。真面目な顔でにらめっこして「テスト何点だった?」なんて聞き合うより、バカみたいにじゃれあっているのが、一番楽しくて心から通じ合えるのだ。


 利用されているとも言えるけど、僕だってタカシの傍にいることで、その恩恵を受けている。甘い蜜をすすっている。


 その上で、なんだかんだ楽しみも感じている。


 だから、これでいいのだ。


 ただ、損な奴だなぁと思った。

 本当は特別な話題なんて必要ない。タカシは好かれるべくして好かれている。嘘なんかつかなくたって、みんなの中心でいられるはずなのだ。


 でも、こいつはつまらない嘘をつき続ける――。


 そう、僕は嘘だと思っていた。


 人面犬なんて作り話だと思っていたのだ。


 けれど違った。

 

 タカシの言葉は、真実だったのだ。

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