もうひとつの「大蔵じっさんとガン」

@stdnt

第1話

三年目 冬


 あいつ、今年はとうとう来ないのか。羽は完治していなかった。しかしもう時間はない。猟銃に勝ち目はない。でも、行くしかないんだ。


三年前 晩秋


 茂みに横たわっていた。どうやら年貢の納め時のようだ。弾は羽に食い込んでいた。できれば苦しまずに死にたかったが、苦しい死を覚悟しなければならないだろう。

 気がつくと、傍らに一匹のガン。近寄ってくる。いつもとは形勢逆転だ。命乞いをするつもりはなかった。

 ガンはそばでかがむと、食い込んだ弾を突きだした。猛烈な痛みが走る。日ごろの恨みってやつか。どうにでもすればいいさ。痛みで気を失ってしまった。

 どれくらい気を失っていたのだろうか。目を覚ますとガンはいなくなっていた。体の痛みは変わらないが、羽に食い込んでいたはずの弾が転がっている。傷口には薬草が。目の前にはねずみの肉が転がっていた。なんてことだ。ねずみの肉を必死にむさぼった。涙がとまらない。なんてことだ。涙でかすむ少し先に、白い羽が一枚舞っているのが見えた。


ふたたび三年目 冬


 今年のじいさんは賢かった。仲間をおとりするなんて、思いもよらない方法だ。あいつの弱みを学習したんだろう。じいさんは猟銃を持ち、もう立ち上がっている。しびれをきらしたんだろう。もう、時間の限界だ、行くしかない。

 おとりのガンに向かって猛然と羽ばたく。かりは必ず返すつもりだ。

 と、視界の隅に、一匹のガン。羽には白い部分が。いた。あいつ、やっぱり来たんだ。

 視界に入ってから交錯するまで回避の余地はなかった。どちらも真剣だったのだ。地面に落ちたのがほぼ同時だった。目が合う。あいつはうなずいていた。行け、といっている。じいさんは?かりが増えてしまう。どうしたらいいんだ。

 今度は強く鳴いた。目がうなずいている。ありがとうと。必ずまた会おう。気持ちがしっかり伝わってくるのが分かった。

 私の使命は生き延びること、そしてかりを返すこと。あいつに再会することだ。一礼の後、羽ばたいた。来年まで、ここはまかせてくれ。

 ハヤブサは冬の空気を切り裂き、飛び去っていった。

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