第25話 獣

「リヴ!リヴ!」


 リヴはなにも言わず歩く。

暗闇の中、膝ほどの高さのある謎の植物を踏みつけながら歩いていく。


「ねぇ、リヴ!」


 顔は一切動かさず、目だけでこちらをちらっと見た。

なぜなにも言わないのだろうか。

機嫌でも損ねたか。


「ライラってリヴのことだよね?どういうこと?」


「そのままの意味。私はリヴであってライラってこと。」


 きつい目付きで、強い口調で言う。

意味がわからなかった。

怒らせるようなことはしてないはずだ。


「どういうこと?」


「はぁ………生みの親が名付けてくれたのはリヴ、育ての親が名付けてくれたのがライラってこと。」


(まずいこと聞いちゃったかな…。)


 やらかした。

聞いてはいけないことを聞いてしまったかと、自分の発言を悔やんだ。

ここは話を変えて少し盛り上げようと思った。


「ねぇ、リヴ!空を飛んでいかない?ここ足元悪いし!」


 リヴはなにか悩んでいるようだった。


「リヴ…?」


「あ…あぁ…そーだね……魔法かけてもらおうかな…」


「タルタルソース」


 木々の間を抜け森林の上空に浮いた。


「あっちの方よ」


 指を指したが暗くて遠くがあまり見えない。

ふと気づくともう、太陽はなく、月の明かりが雲の間から時々もれていた。

正直、月明かりがなければなにも見えない。

月明かりだけでは心もとなかった。


「ソース」


 懐中電灯を出した。

スイッチを入れ光の線が宙に描かれ、森林を照らした。


「それ……なに?」


 リヴは驚いた顔をして見つめてきた。

リヴを懐中電灯で照らしてみる。


「うわっ、まぶしいよぅ…」


 先ほどまでとは違い、今はもう、ただの超絶かわいい女の子だった。


「これ…すごいね…」


 褒められた気がした。

また胸がキュンとする。


「さぁ!行こう!」


 森林の上を進んでいく。

少し行くと崖が見えてきた。

崖下の森林は丸く刈り取られたような、そんな開けた場所だった。


「あそこの崖下にある洞穴が魔獣の住みかよ。多分、あなたのいう神獣だと思う。けど…本当に戦うの?」


「うん。戦うよ。」


「本当にいいの?死ぬかもしれないのよ?」


「うん。別にいつ死んでもいいし。死ぬ気はないけど。」


 リヴの顔が曇った。


「あ、そ。」


 そう言うとリヴはこちらを見なくなった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(ほんとありえない。)


 暗闇を照らす光には驚き、興味をひかれた。

しかし、気分は最悪だった。

先ほどの長老の言うことは受け入れることはできなかったが、気持ちはわかった。

自分が長老でも同じ事を言うに違いない。

しかし、自分は長老ではなく、生け贄にされる人間の立場だ。

受け入れることはできない。

それに少年を巻き込みたくはなかった。

だから最後に確認をと思い少年に本当にいいのか聞いたが、少年はいつ死んでもいいと言った。

生きることに必死だった自分が、その発言を許すことは不可能だった。


(本当、キモいだけじゃなくて、人として終わってるわ……。)


 心の中に黒いリヴが現れる。

そして理解した。

なぜ少年のことがこんなにも嫌いなのかを。

少年は生きることに興味がないからだ。

死への恐怖がないというのは生きるものとしてありえないことだ。

死を受けいれることは勇気がいるというが、それは一種の諦めで、自分としては考えられないことだった。

だからこんなにも少年が嫌いなのだ。

いや、嫌いではない。

大嫌いでもない。

ただ、二文字。

『無理』


 開けた場所へ降りる。

崖が目の前に広がり、崖の下の方には洞窟があった。


「この中に魔獣がいるの。気をつけて。」


 声をひそめて一応少年に注意する。

この少年は人として無理だったが、死なれるのは自分のプライドが許さなかった。


「大丈夫だよ、ありがとう。」


 少年はそう言うと先ほどのライトで洞穴を照らす。

外から見る限り、なかなか奥まで続いてるようだった。

洞窟の中は禍々しく、重々しい雰囲気を出していた。


「どうするの?」


 もし、少年が洞穴の中に入るといったら止めようと思った。

魔獣の力を知っている身として、狭いところへは行かせられなかった。

もし、狭いところで攻撃をされたら、確実にどちらかが死ぬまで戦いは終わらないと思った。


「とりあえず、洞穴に入るのは怖いし……誘おびきだそうかな……」


 少年はそういってすこし考えたかと思ったら目をつむってしまった。

何をしているのか、わからなかった。

なにかを必死で考えているのだろうか。

誘きだす方法か、それとも倒す方法か。

すこし沈黙の時間が流れるがすぐに壊れた。


ズズズズズズズ


 大地が揺れる。

来た。

魔獣だ。

洞窟から走って出てきた魔獣は十メートルはありそうな体長で、長い牙がある。

全身は黒っぽく、口の周りには髭のようなものが生えている。

前足はヒレのような形をしており、後ろは完全にヒレだ。

この生き物が村を襲ってきた。

何人かの村人はこの魔獣に殺された。

怒りが込み上げてくる。

しかし、その迫力に圧倒された。

少年の方をチラッと見ると完全に圧倒されたようで目を見開き、口はだらしなく開いていた。


(………逃げた方がいい。)


 そう思い少年に向かって叫んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 月は雲に隠れ、暗闇に包まれている。

目の前の洞窟の中に神獣がいるらしい。

とりあえず誘きだそうと思ったが、どうしようかと悩んだ。


(イメージすればいけるかな…洞窟の中にいる獣来い、洞窟の中にいる獣来い、洞窟の中にいる獣来い!)


ズズズズズズズ


 引きずるような音と共に獣が現れた。

懐中電灯で照らし確認する。

大きな体、長い牙。

神獣だと思った。

しかし、漆黒とは程遠い、体はすこし茶色っぽい色をしていた。

本当に神獣なのだろうか。

月明かりが魔獣を照らす。

その姿に目を奪われてしまった。

目の前にいたのはでかいトドだった。

上から見下ろされた。

獣は大きな瞳をジロリとこちらへ向ける。


「お主かぼん?私を呼んだのは?」


 意外なことだらけだ。

なにより見た目とは裏腹に高くかわいい声で話しかけてきたことに衝撃を受けた。


(これ…絶対にトドでしょ……。水族館で見たことあるもん。トドだよこれ。)


「神獣なの?」


 そう言ってからハッと気づく。


「しゃべった……?」


「神獣?お主のいう神獣とは黒のやつのことかぼん?」


(ぼん…?)


「あなたは神獣ではない……?」


「当たり前だぼん。ぼんの名はボボンだボン。」


(ボンボン…だまれ…)


 どうやら目当ての神獣ではないようだった。

しかし、この獣が村を襲った獣なのだろうか。

その雰囲気からは敵意は感じられなかった。


「村人をよくも襲ったわね!」


 リヴが叫ぶ。


「ぼんは村なんて襲ってないぼん。村人と遊んでいただけぼん。」


「嘘よ!何人も死人が出たんだから!あなたが襲ってきたんじゃない!」


 獣はすこし困ったような表情をした。


「ぼんは村人を助けたぼんよ。家の下敷きになってた人間を……。」


「えっ…でも、体に牙で刺されたような傷があったわ!あなたの牙に違いない!」


 リヴはまるで自分に言い聞かせるかのように叫んでいた。


「それにっ……長老が私を生け贄に捧げれば人間を殺さないと聞いたわ!」


「ぼんはそんなことしないぼん。人間なんか食べないぼん。」


 リヴは明らかに戸惑っていた。

自分が思っていることが根底から違うと言われているのだ。

それは当然の反応だろう。


「ところで、周りにいる者達はお主達の仲間ぼん?」


(んっ…?周り…?)


 森林の方を見ても誰もいない。

不意打ちをされるのかと思い急いで振り返る。


「もうわかってるぼん。でてこいぼん!」


 ガサガサと森林の方で音がする。

もう一度目をやると、先ほどの村人がいた。

心配して来てくれたのだろうか。

しかし、様子が少し変だった。

明らかに視線はリヴに集中していた。


「みんな!どうしてきたの?」


 リヴが村人に問う。

村人達はそれを無視して叫ぶ。


「死ねぇぇぇ!ころせぇぇぇぇ!」


 常軌を逸していた。

必死さとは別のなにかを感じた。


「皆、違うの!この獣は皆を殺してないって!」


「殺せぇぇぇぇ!ライラを殺れぇぇぇ!!」


!?!


 驚いていると村人達はリヴに向けて弓を放った。

危ないと思った時、森林とリヴの間に壁ができた。

弓は壁にすべて弾かれた。


「大丈夫かぼん?」


 その壁の正体は獣だった。

リヴは村人に攻撃され、腰を抜かしていた。


「あ…ありがとう。どういうこと…?」


 長老が姿を現す。


「ライラ!お前もその獣も邪魔だ!お前が生きてるとこの村が滅びる!その獣がいると神獣の支配力が弱まる。だからここで死ね!!」


「どういう…こと?」


 村を救うために戻ってきたリヴは騙されていたのだろうか。

もうリヴには立つ力は残っていないようで、呆然としていた。


「サナトス様の加護を信じよ!殺れぇぇぇ!」


 村人達は再び弓を放つ。

今度も先程と同様にトドが弾くと思った。

しかし、現実はそうもいかなかった。

村人達が放った弓は黒いオーラのようなものを纏い、トドの肌に数十本刺さった。


「いたいぼん…」


 弓が刺さったわりには痛そうではなかった。

朝、寝起きで足の小指をぶつけたときよりも薄いリアクションだった。


「役に立たないやつらよ…どけ」


 トドとは別の禍々しい雰囲気の巨大なモノが森から現れた。

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