第26話 神獣

 わからないことだらけで混乱した。

村が滅びるとはどういうことか、神獣の支配力が弱まるとなんなのか、サナトスとは誰なのか、目の前にいる獣はなんなのか。

目の前には月明かりに照らされる大きな黒いものがいた。

全身は黒い毛でおおわれており、長い牙がある。

巨大な像のようであった。

いや、毛が生えているため象ではなくマンモスだろうか。

得たいの知れない獣は言う。


「我は死の神サナトス様に使えし六神獣、東を統べるリューバ。御方の命めいにより汝らに死を与える。今すぐに首を差し出せ。」


 いくつかの疑問が解けた。

サナトスとは死の神のことらしい。

そしてこのマンモスは神獣で、僕達を殺そうとしている。

死の神は神獣を使って村人を脅すかなにかをしたようで、僕達を殺さなければ村人を殺すということではないだろうか。

多分、そんなところだろう。


「リューバ、ぼんがこの者達を守るぼん。」


 トドが落ち着いた声で言った。

しかし、その声には何かの感情が入っているようだった。

この獣と神獣の間にはなにかあったのだろうか。


「ボボン、貴様には最大の恐怖と苦しみを与えてから死を与える。」


 神獣は怒りを込めたような声で静かに話した。


「リューバ、いい加減にしろ!なぜ死の神に仕える!生への執着はどこへやった!気を強く保つんだぞい!」


(………ぞい?)


 ぼんではなくぞい、と言ったことに少し突っ込みをいれたが、そんな場合ではない。

村人が脅されてリヴを襲っているのか、それとも操られて襲っているのかそれを知る必要があった。


「黙れ……やれ、サナトス様の加護のもとに。」


 その一言で村人達は覚悟を決めたかのように剣を手に襲ってきた。


「ウォーーー!」


 村人達は自らを鼓舞するように叫んでいる。


「みんな、やめてぇっ」


 リヴは村人に必死に叫ぶが、耳に入っていないようだった。

そんなことを気にしていられる状況ではないのかもしれない。

殺さなければ殺される。そんなところだろうか。


「武器強化レインフォース・ソード」


 神獣がそう言うと村人達の武器が先ほどの弓矢のように黒いオーラを纏う。

しかし、村人はリヴの元に行く前に大きな壁に阻まれる。

いくら攻撃してもその壁はびくともしない。


「邪魔なやつめ………村人ども、加護を受け入れよ。死の神の加護サナトス・グラシア」


「受け入れてはだめだぼん!死の神の加護を受けいれることはは死を受けいれることだぼん!」


 それを聞いたリヴは顔色が変わった。

必死に叫んだ。


「みんな!受け入れちゃダメー!」


 リヴやトドの言葉も虚しく村人達の体に先ほどの武器のように黒いオーラがまとわりつく。

皆、うめき声をあげ攻撃をしてくる。

目や鼻からは血を流している。

もはや、人間とは思えなかった。


「みんな…」


 リヴは絶句しているようだった。


「うぐぅ………これはちょっとマズイぼん………」


 オーラを纏った村人達の攻撃は先程とは桁違いだった。

一撃一撃が確実にトドにダメージを与えているようだった。

トドも反撃をすればよいのだが、リヴの村人を傷つけたくないのだろうか。

全く反撃はしない。


(なんとかしないと………殺さないように、殺さないように…)


「トンカツ!」


 光が包んだ。

月の光ではない。

村人達は一瞬でその場に倒れた。

ピクリとも動かない。


「貴様……なぜ聖天魔法を………」


 神獣は目を見開き驚いた様子でなにやらブツブツと呟いている。


「みんな!」


 リヴが叫ぶ。

トドが頭を下げ、村人の様子を探った。


「大丈夫だぼん、死んでないぼん。」


 その言葉を聞いてホッとしたのはリヴだけではなく、自分もだった。

もし、村人を殺したとしたらリヴに嫌われてしまう。

正直、リヴに嫌われないのであれば殺してもよかったが。

どうせ夢の中の話だ。

もし現実だとしたら幾人の人を殺したことになるのだろう。

考えただけでもゾッとした。


「ふふ……そうか、お前が………。だからサナトス様は村人を………なるほど…面白い。」


 まだぶつぶつ言っている。

しかし、なぜ、倒れていないのだろうか。

神獣にも攻撃をしたつもりだったが。


「汝らの奮闘に免じ今回は見逃そう。次はないと思え。」


 そう言うと真っ黒の渦に巨体が包まれ消えた。


「なんだったんだ…」


 すぐに状況を把握できなかったが、とりあえず神獣は追っ払ったようだ。


「みんな!大丈夫?!」


 リヴが村人の元に走っていく。

村人達に先ほどの黒いオーラはもうなく、気を失っていた。


「みんな気を失っているだけだぼん…少年の魔法がなかったら皆死んでたかもぼん…」


「どういうこと?」


 リヴは意外だと言わんばかりの表情で聞く。


「死の神の加護を受けいれることは死を受けいれるということだぼん。普通なら受けいれたらその後、死ぬ。それを防ぐ方法は少年が使える魔法のみだぼん。」


 リヴは安心したようにその場に座り込んだ。

嬉しいのか、目元には月明かりで光る滴が見えた。

トドはこちらを見る。

茶色の体を月が照らす。


「少年。少年はこの世界の住人じゃないぼんね?」


 驚いた。

この世界とはどの世界のことをいっているのだろうか。

ここは夢ではないのか。

わからない。


「この世界って……この世界…?どの世界?」


「この世界はこの世界だぼん。その魔法を使えるのはこの世界の住人ではないということだぼん。」


 全然意味がわからなかった。

現実なのか現実でないのか、それすらもわからない。

トドは続けて言う。


「生きることへの執着を忘れてはだめだぼん。死を受けいれてはいけないぼん。」


「死にたくはないけど……。」


 いろんな事が頭の中でごっちゃになっていた。

複雑だった。

もし、この世界という世界が存在するとしたら。

自分は多くの人の命を奪ったことになる。

その考えが一瞬だけよぎった。

一瞬よぎっただけであるにもかかわらず、全身に寒気が走った。

恐ろしい。


「大丈夫よ!ボボンさん!私と死なないって約束したから!」


 リヴは元気にはきはきと喋った。


「少年。そなたは死の神を倒さなければいけない。それは別の世界から来た者の使命だぼん。」


 頭の中はぐちゃぐちゃだ。

死の神を倒さないといけないらしいが、なんとなく嫌な気がした。


「倒さないとどうなるの?」


 トドは深呼吸をして静かに答えた。


「消えるだけだ。」


「倒しますっ!」


 なんの迷いもなくすぐに答えた。

消えてしまうのは困る。

リヴと一緒にいられなくなってしまう。

それだけの理由で倒すことを決意した。


「でもどこへいったのかしら…」


「わからないならとりあえず那国の王様に会うのがいいぼん!この国の情報を得るのが最優先だぼん!」


 トドが明るく高いテンションで話す。

体を上下させる度に大地とトドの脂肪が揺れる。


「那国の王様ってどこにいるの?」


 それを聞いたのは僕じゃない。

リヴだった。


(リヴってこの国のさっきの村出身だよね…なんでしらないの?)


「知らないぼんか。ぼんが案内するぼんよ!」


「ありがとう。」


「えっ…ちょ、一緒に来るってこと?」


 意外すぎて言葉に詰まった。


「当たり前だぼん。そなたはこの国の希望だぼん…多分。それを守るのがぼんの使命………元神獣としての使命だぼん。」


?!


 なにやらとんでもないことに巻き込まれてしまったような気がする。


「あなた……もしかしてすごい魔導師なの?」


 リヴが自分に興味を示してくれた。

気分が弾む。

ルンルンといったかんじだ。


「あのさ、村人の人たちを村に運んでゆっくりしようよ。」


 少しゆっくりしたいと思った。

リヴとトドも了承したようだった。


「村人はぼんの背中にのせるぼん、その方が早いぼん」


「僕が運ぶよ」


 トドは大きい目をさらに大きく開いた。

そんなことは無視する。


「マヨネーズ」


 村人とリヴ、そして一匹と共に森の中の村に移動した。

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