第22話 馬人

『うわぁぁぁぁぁぁ』


 馬人も叫ぶ。

よく見ると先日村を襲った馬人だった。

馬人はすぐさま武器を構える。

争うつもりだろうか。

カイロも剣を抜いた。

すぐにでも戦いが始まりそうだ。


「待て!」


 初めに声をあげたのは馬人の方だった。

左腕のないあの馬人が引き続き言う。


「我々はもう逃げることも抵抗することもせぬ。好きなようにするといい。」


 馬人達はその言葉に驚いたようだったが、その馬人に従い、武器を置く。

しかしカイロはそれを見ても剣をしまおうとはしない。

カイロの目は普通ではなかった。

なにかあったのだろうか。


「カイロさん!」


 カイロの耳にはなにも入っていないようだった。

ただ、一番カイロから近い、左腕のない馬人にいつ斬りかかろうかタイミングを計っているように見えた。


「カイロさん!」


 もう一度叫ぶがカイロは馬人に斬りかかった。

左腕のない馬人の体が斬りつけられた。

血が剣の太刀筋にそって皮膚からあふれでる。


「ごふっ…」


 斬りつけられた馬人は右腕で抑えるが血が収まるはずもない。

カイロはまだ斬ろうとしている。

カイロに腹が立った。

降伏している相手、弱い立場の者を虫を踏みつけるかのように一方的に攻撃することは許すことができなかった。

カイロはまた斬りかかろうとした。


「トンカチュ」


 カイロは斬りつける瞬間力が抜けたように倒れた。

しかし、息はしているようだった。


(良かったー……やっぱり死なないようにイメージすれば大丈夫なのかな……)


 馬人達はカイロの姿を目にしてなにかを覚悟したようだった。


「うぅっ………」


 斬りつけられた馬人が痛みでだろうか。

顔が歪んでいる。

馬人の目の前まで歩いていく。

馬人達は斬りつけられた馬人を心配そうに見つめている。

しかしだれも口を開こうとはしなかった。

口を開いたらなにかされるとでも思っているのだろうか。


 斬りつけられた馬人の前で立ち止まる。

血がポタポタと滴っている。

他の馬人は心配そうに見つめている。

顔を歪めながら斬りつけられた馬人が言う。


「先日は……失礼した…。私の命はどうなってもいい………後ろの者達の命は助けていただけないだろうか。」


 どうしてこうもこの世界の人は自分を犠牲にして他人を守ろうとするのだろうか。

理解できなかった。

そんなことを言われるまでもなく助けるに決まっている。

そもそも抵抗しないものの命を奪うはずもない。

 馬人はなにも言わない自分を見つめている。

その目の中には強い意思を感じた。

手のひらを馬人に向ける。


「パン粉」


 馬人の傷は跡形もなく消え去った。

驚いたようにこちらを見つめる。


「なぜ……助けた…?」


 馬人の問いかけを無視する。


「あなた達はなぜ、ここにいるのですか?」


 単純な疑問をぶつけた。

なぜ、ここにいるのか。

村人はなぜ受け入れたのか。

マユとはどういう関係なのか。


(…マユ…?!)


 マユの存在を忘れていた。

辺りを見渡す。

マユの姿を見つけたのは馬人達の中だった。


「傷を癒していただきありがとうございます。我々はこの村にひとまず避難することにしました。しかし、その後触れあっていくと人間は我々を受け入れました。ホーセン人は人間は家畜と見なしていますが我々は今では同等と思っています。ところで、あなたは死の神ではないのでしょうか?」


(死の神?そんなわけがない。どう見たら死の神に見えるんだ…)


 死の神とはどういうものか知らなかったが、頭のなかに浮かぶものと自分はかけ離れたものだった。


「ちがいます。」


 そういうと馬人達は少し安堵した様子を見せた。


「うっ………」


 カイロが目を覚ました。


「申し訳……ありません…。取り乱してしまったようです……。」


「お兄ちゃん!この人達いい人なの!畑も手伝ったりするいい人なの!」


 マユは泣きながら叫んだ。。

こんな涙を見せられたらなにもできなくなる。

はじめからなにかをするつもりもなかったが。


「マユ、母のところへ帰るのだ。私達は大切な話をする。」


 左腕のない馬人が落ち着いて言った。

マユはなにもリアクションはしなかったが、理解した様子で、小屋から出ていった。


「さて……先程も言ったように我々はあなたから逃げた。そしてここで見つかった。抵抗しても無駄なことは先日理解した。だからもうなにもしない。」


「なにかするつもりはありません。」


「ロース様!」


 カイロが叫ぶが無視する。

カイロが不満をつのらせているようだった為、カイロに自分の考えを言うことにした。


「抵抗しない人に攻撃をする必要がありますか?弱いものを苛めてもいいのですか?」


 これは自分なりの正義だった。


「ですが、コータ様。この者達は馬人です。仲間も大勢犠牲になりました。」


「それを許せないというなら殺された相手の仲間もそう思うはずです。無限に続きますよ。」


 我ながら良いことを言ったと思った。

なぜここまで饒舌なのかはわからなかったが、きっと自分に自信を持ち始めたからだろうと解釈した。


「わかりました………。」


 カイロは不満はまだあるようだったが、理解の色は示した。

それを静かに見ていた左腕のない馬人が口を開く。


「コータ殿。なにもしないとはどういうことでしょう。我々はどうしたらよいのでしょうか。」


「自由にしてください。このままここで生活してもいいです。人間に危害を加えなければ…。」


 そこまでいうと馬人達は少し伏せていた顔をあげた。

目は本当によいのか、と問うているようだった。


「じゃあカイロさん、行きましょうか!」


「ど…どこにですか?」


 突然話を振られた為か、なんのことか理解していないようだった。

普通、わかるだろ。と思いながらも静かにいった。


「那国に。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 狂っている。

そう思った。

いや、思わざるを得なかった。

目の前に馬人がいるにも関わらず傷を癒し、自由にすると言った。

何故だ。

理解ができなかった。

しかし、逆らうこともできない。


(なんで馬人を殺さないんだ…)


 煮え切らない気持ちを抑え、ロースと共にマホの家へ行った。


「馬人さんたちになにかした?」


 家に入ってすぐ、マユが泣きそうな顔で見つめてきた。


「なにもしてないよ。」


 少し冷たくロースが言った。

しかし、それでもマユの顔は明るくなったように見えた。

そしてすぐに荷物をまとめ家を出た。


「ロース様!カイロ様!お気をつけて!」


「お兄ちゃん!ありがとう。」


「いえ、お世話になりました!」


 マホとの別れが寂しかった。

しかし、ロースはすぐに歩いていってしまう。

なにか不機嫌のようだった。


 しばらく歩くと突然立ち止まった。


「そろそろ国境まで飛びますか?」


「あ、はい。わかりま………」


 言いかけてすぐに振り向いた。

何かが走ってくる音がする。

いや、追いかけて来ている。

その正体は馬人だった。

武器を持っているのが見える。


(やはり、あそこで殺すべきだった。)


 隣にいる少年を睨み付けるがなんの反応もない。

剣を構える。

もう、すぐそこまで来ている。


「待ってくれ!私もいく!先日襲った村へ行きたいのだ。」


 馬人はそう言って立ち止まる。

立ち止まった際に前足をあげる姿は馬そのものだった。


(あり得ない…馬人となんて………)


 ロースの顔色をチラチラと横目にうかがう。


「良いですよ!行きましょう!」


「ありがとうございます。」


 元気の良い少年の声を聞き落ち込む。

馬人となんてうまくいくはずがない。

どこかで襲ってくるはずだ。

心のなかで少年を馬鹿にする。


「では、お願いします。」


 いつもの言葉だ。


「わかりました。」


 国境を心の中で思い浮かべる。


「マヨネーズ」

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