第21話 恋

 先ほどの親子の家へ泊まっている。

家はそれほど大きくはないが、母と子供二人で住むには広いくらいだ。

娘はもう寝てしまったようだ。

よほど、母の姿が堪えたのだろうか。


「今ご飯を作ってますのでその間お風呂でもいかがでしょう?」


 母親は笑顔で言う。

先ほどの必死で謝っていたときとは違い、かなり美人だった。


「名はなんというのですか?」


 カイロは料理をする後ろ姿を見つめながら言う。


「マホといいます。兵士様は?」


「カイロと申します。マホ殿ですか…はぁ」


 カイロは見とれている。

少し、やらしいことを考えているようだ。


「カイロさん!カイロさん!!!」


「な…なんでしょう?ロース様!」


 照れ隠しなのかカイロは必死だった。


「お風呂お先にどうぞ」


「いえ…ロース様がお先にどうぞ」


 もう目はこちらを向いていない。

隙あらばマホの方を向いている。


(惚れたのか……?)


 収集のつかないやり取りを聞いていたマホが口を開いた。


「お二人で入られたらよいのではないでしょうか。」


(え…………)


 提案を断りきれず、結局二人ではいることになった。


 ……………………………………………………………。


 信じられないほど気まずい。

お風呂は恵国城のよりかは当然狭い。

しかし、大人二人が悠々と入れるほどの大きさはあった。


「カ…カイロさん……今日はなかなか面白い一日でしたね…」


 話し方がぎこちなくなってしまう。


「は…はい…」


 カイロも同じようだ。

そこで会話は終わる。

気まずさに拍車がかかる。


「先に上がってますね!」


 空気に耐えきれず、風呂を出た。

服を着てマホのところまで戻る。

丁度料理ができたところだった。

いい匂いが漂う。


「あら…はやかったですね。」


 あまりに早くでてきたためか、少し驚いているようだった。


「美味しそうな匂いがしたので…」


 適当に答えた。

カイロも戻ってきた。


「なんとも…美味しそうな香りがします。」


 マホの手料理というところが、美味しそうな香りをさらに引き立たせているのだろうか。

カイロの笑顔は最高潮までくしゃくしゃになっていた。


「腕によりをかけ作りました。お口に合えば良いのですが………。」


 椅子に座り、目の前の料理に手を伸ばす。


(旨すぎる…)


 どんどん食べてしまう。

カイロも恐ろしいくらいがっついている。

暫くすると食欲も落ち着いてきた。

マホと話をした。

マホは去年夫をなくしたらしい。


 食事を終えると客室へ案内された。

人の住んでいる場所特有のやんわりとした雰囲気が出ている。

そなにはベッドが二つ用意されていた。

そのベッドに横になった瞬間、眠りに落ちた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あたりが闇に包まれている夜。

少女が息を殺し身を潜めている。

なにかに追われているようだった。

草陰に隠れている彼女の身なりは貧相という言葉そのものだった。

やがて数人の男達がやってきた。


「ライラはどこへ行った!」

「あの娘を捕まえろ!」

「殺せ!」

「はやくしろ!」


 少女を追っているようだ。

男達の目は血走り、歯軋りの音が聞こえそうなほど必死になっている。

少女は見つからないよう祈り、その様子を草陰から静かに見る。

月に被っていた雲が風に流され月明かりが照らす。

その月明かりは少女にとって、闇ともいえる最悪の事態を招く。

月明かりが少女を照らし、その陰は男達の前に現れた。

気づいた男が睨み付ける。


「いたぞ!!こっちだ!」


 少女は走った。

振り向く余裕はない。

向かう場所もない。

しかし走る。

靴の履いていない足が血まみれになっていても。

感覚がなくなっても。

走り続けた。

途中、苦しくなって立ち止まる。

月明かりが妙に眩しく見えた。


「はぁ、はぁ、はぁ……生きなきゃ。」


 少女はまた走り出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目覚めるとそこは普通の家だった。


(ここ…どこだっけ………?)


 少女が部屋に入ってくる。


「お兄ちゃんおはよー!」


 短い距離をちょこちょこ走り、飛びついてきた。

いや、飛んでこんできた。


ズゴッ


 寝起きの体には辛い。

痛みはないが、精神的に辛かった。


「マユー!ロース様に迷惑かけないようにしなさいよー!」


 マホの声が聞こえるが、マユには聞こえていないようだった。


「お兄ちゃん!お兄ちゃんは悪い人?」


 純粋な目で見つめながら言う。

キラキラした目で見ないでくれと思いながら答える。


「悪い人……ではないかな…」


 隣で寝ていたカイロが起き上がった。


「ロース様はこの国を救ったお方。悪い方では決してありません。」


 明るい表情がさらに明るくなったように見えた。


「お兄ちゃん!後でマユの秘密を見せてあげる!」


 そういって部屋から走って出ていった。

カイロはそれを追いかけるかのように後を行く。


「ロース様!マホさんの朝御飯です!行きましょう!マホさんの朝御飯が出来立てですよ!」


 マホのということを妙に強調してくる。

なんなのだろうか。

そんなにも美味しいのだろうか。

一度食べたことがあるということか。

もう少しゆっくりしたかったが、カイロに促され仕方なくベッドから降りた。


「ロース様!カイロ様!夕晩はどうだったでしょう?よくお休みになれましたでしょうか?」


「はい、ありが……」


「はい!!死んでいるかのように眠ることができました!これもきっとマホ殿が用意してくれたためかと思います!」


 カイロが思いっきり被せてきた。


(なんだ………?カイロさん、おかしいなぁ…)


 カイロが興奮しているのはやはり恋だと思った。


 朝食を終えるとマユが興奮したように椅子から降りる。


「お兄ちゃん!!はやく!!」


 かなりせかしてくる。

なにがあるのだろうか。

所詮、子供のやることのためたかがしれているが。

後を追う。


「あっ、ロース様、待ってください…」


 カイロが遅れてついてくる。

走ってきて追い付いた。


「ロース様…こんなことをしてて良いのですか?」


「すぐ終わるだろうし大丈夫です。」


 マユについて行くと少し大きな小屋に入った。

小屋に入るとさらにドアがあった。


「入ってみて!ビックリするよ!」


(なにがあるんだろ…適当にびっくりしてあげれば満足するかな…)


 ドアを開け、カイロとなかを除く。


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ』


 目の前には馬とも人とも言えない者がいた。

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