第23話 生きる力

 なにもない。

その言葉が生まれた場所はここではないかと思うほどなにもなかった。

道らしい道はなく、石が転がっている。

少女は疲れきっていた。

何日も走り続け、身も心もボロボロだった。

気力だけでなんとか立っていた。

二本の脚は所々擦れて血が滲んでいる。

足の裏の感覚はない。

たまに痛みを感じるくらいだ。

ふと、気づく。

ここはどこかと辺りを見渡す。

何回見ても、どこを見てもなにもない。

そして自分の知っている場所ではなかった。

知らない土地で何もない土地で生き残れるのだろうか。

ただ、生きることを。生きる為に。

それだけを考えていた。


ぐぅぅ


 お腹も空いている。

喉も乾いた。

走ることもできずふらふらと歩き続けた。


あっ!!


 ふと道端に目をやると白い花が咲いていた。

とっさに花を摘んだ。

そして口にいれ、咀嚼する。

何とも言えない味がする。

渋味、苦味、青臭さ…。

飲み込む前に、異変が起きた。


「おぇぇぇぇぇぇぇぇええっ」


 すぐに吐き気が止まらなくなった。

お腹も頭も痛い。

気を抜くと目の前が真っ暗になる。

それに逆らうように目に力をいれる。


(私は…死なない。死にたくない。生きたい。)


その場に倒れた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ここが…国境…?」


 周りを見渡すがなにもなかった。

道らしきものがあるだけで、あとは草が少し生えているくらいだ。


「少しいけば那国です。ここから先は私はなにも知りません。」


 カイロはそう言って少しニヤリとする。

先程から少し気になることがあった。

カイロが不満を顔に出してくることだ。

本人はばれていないと思っているのか、普通に接してくるが明らかに不満げな顔だった。

馬鹿にしたような顔に我慢ならなかった。


「ロース様、私は先日馬人に襲われた村へ行き状況を確認したいと思います。ですのでここから先はロース様お一人でいってもらえますか?」


 何かムカつく言い方と顔だ。

まるで一人では行けないだろ、一緒に来て下さい待ちをしているような、バカにしているような、そんな顔だった。

決めた。

この人とはもう居たくない。


(一人は心細いけど……寂しくなったら城に帰ればいっか…)


「分かりました。では馬人さんと一緒に村へ行ってください。」


「…わ…わかりました。」


 カイロは自分の思惑がはずれ、馬人と二人になることに抵抗があるようだった。

しかし自分から言ったことを変えることはできない、と飲み込んだようだ。


「馬人さん、仲良くやってくださいね。」


「あぁ、大丈夫だ。それと私はシュヴァルツという。」


「あ、はい。わかりました、シュヴァルツさん。」


 急に馬人が馴れ馴れしくなったことに少し驚きを感じたが嫌な感じはなかった。


「では。」


「お…お気を付けて………」


 後悔に苛まれているであろうカイロに背を向け歩く。


(あー………やっぱり…一人……寂しいなぁ)


 夜なんてとてもじゃないが一人で野宿は無理だと少しビクつきながら歩いた。

本当になにもない。

歩くのにも飽きた。

空を飛ぼうか迷いながら歩いているとなにもない土地には存在するはずのないものが目に入ってきた。


(あれは……人!?!)


 人が倒れていた。

思わず駆けて近づく。


「大丈夫ですか!!?」


 近寄るとそれはたしかにボロボロの服を着た汚れた人だった。

うつ伏せになる体をなんとか起こす。

同じ年ほどの女の子だった。


(か………かわいい…)


 胸がキュンッとした。


「ん…うう………」


 顔色が悪い。

人の肌の色をしていない。

もちろん、いろんな人種がいるが、黒でも黄でも白でもない。

灰色といってもいい肌の色だった。

なんとしても助けなければいけなかった。

その言葉が頭の中に響いていた。

そして何より、他人の気がしなかった。


「パン粉ぉぉぉぉ」


 ラスボスと戦う主人公の必殺技並の勢いで叫んだ。

叫ぶ必要はなかったが、自分の中で盛り上がった雰囲気がそうさせた。


 少女の肌の色は間もなく人間と思われる色に戻った。

顔色も良くなり、ひとまず、安心した。

仰向けで寝ている少女はすぐに目を覚まし起き上がった。


「生きてる?私。生きてる!私!」


 そんなに生きたかったのだろうか。

死ぬことを簡単に覚悟する人もいれば生きたいという人もいるこの世界がよくわからなかった。


 少女はなにかに気づいたようにクワッと振り返る。


「私を助けたの…?」


(か…かわいすぎる……)


「うん。君はどうしてこんなところで倒れてたの?」


 少女は思い出したかのように縮こまり肩を震わせる。


「追われてたの……。馬人に村を無茶苦茶にされたあと……。大きな獣が村を襲ってきて…。私を生け贄にするために村の人に………。」


 こんなかわいい女の子を生け贄に要求した獣が許せなかった。

そしてこの女の子にいいところを見せたいと思った。


「ぼ…僕ぎゃ…僕がその獣を倒すよ!」


「あなたは魔導師?」


「そうだよ」


 少女は靴から顔までをゆっくり見る。

顔が心臓になったかと思うほど顔が熱く、なぜか顔が鼓動を打った。

少女は納得したように目をつむる。


「わかった。期待してる。けど、一つ約束してほしいの。絶対に死なないこと。そして絶対に殺さないこと。いい?」


(死なないことはいいとして…殺さないこと…は…自信ないなぁ…。)


 この少女の言うことは何でも聞いてしまう気がした。


「………わかったよ。」


 少女はニコリと微笑む。

天使の笑顔よりも上の笑顔に感じた。


「よろしくね!私はリヴ!これから守ってね!小さな魔導師さんっ」


 かわいいを越える瞬間を目の前にしてしまった。


(どかわいい…どどかわいい…いや、どどどかわいい…)


 もう直視できないほど胸がキュンッとしていた。

恐らく女子という生物と話すのは数年ぶりだからだろう。

久しぶりに女子と会話をした。


クゥゥゥゥ


 恥ずかしさや嬉しさ、いろんな感情が込み上げて顔を手で隠す。


バタッッッ


 なにかが倒れる音に驚き見るとリヴが倒れていた。


「どうしたの?リヴ!」


「お腹………空いた……。」


 この世界の人はどうやらお腹空いたという言葉が好きらしい。

リヴに近づく。


「マヨネーズ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 軍団長は目を疑っていた。

目の前で起きている状況に。


「美味しい!」


 その言葉を発したのは美しい少女だった。

ロースが帰ってきたかと思ったらなぜか、カイロではなく代わりに女を連れてきた。


「ロース様…あの美しい女性は一体…?」


「那国の人です。倒れてたので助けました。」


「那国の…?那国は行ったことがありませんが皆あのような服を着ているのでしょうか?」


 少女の服はボロボロでそれに体全体が汚れていた。

誰もが目を奪われる…水国の姫と同等かそれ以上の美しさでなければ追い返しているほどだった。


「…分かりませんけど………かわいいですよねぇ…」


 魔導師は少女を見つめながらブツブツ呟いている。


(この二人は………かなり……不釣り合いだな!)


 一方は絶世の美女。

もう一方は容姿は普通の少年。

力を考慮しても並ぶかどうか微妙なところだ。

それほどの美女が目の前で料理を貪り食べている。

その光景は異様だった。


「ごちそうさまでした!」


 少女は食べ終わると、ぷぅ、と息を吐いた。


「ビックリしちゃった!まさかあなたが恵国の王さまと知り合いだったなんて!結構すごい魔導師なのね!」


ブーーーッッッ


 思わず閉じていた口から空気が漏れる。

結構すごい魔導師。

彼女はそういった。

結構どころではない。

瞬間移動したのにそれすらもわからないのだろうか。

そしてなぜ、ロースはこの少女が敬語を使わないことを了承しているのか、疑問に思った。


(かわいいから何でも許すのだろうか……)


 かわいいことは正義のように思えた。

美しければ何をしても許される。

そんなことがあり得てしまうような、そんな気がした。

ロースは少女が自分を褒めたことにたいして微笑みを返す。

そして、そろそろか、と口を開いた。


「じゃあいこっか!那国に!」

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