第7話 少年

 水国軍の方を見た瞬間、一瞬光が水国軍を包んだ。

目を疑った。

水国軍は全滅していた。


「ぐ…軍団長…これは…なにが…」


 何も言えなかった。

何が起きたのか、何も理解できなかった。

呆気にとられる。


「軍団長!」


 誰かの声で我に帰る。

目を瞑り深呼吸をし、ゆっくりと目を開ける。

目の前の光景は変わらない。

しかし、一人だけ立っている者がいることに気づいた。


「あれは誰だ?敵か?味方か?」


 自分の問いに答えられるものは誰一人いなかった。

例え答えを知っていても答えられないだろう。

それほど圧倒的な力だ。

しかし、このまま攻められたら間違いなく恵国軍も全滅することは間違いない。

水国軍よりも弱いのだから。


「あなたはどこの者か!」


 語らなければなにも始まらないという気持ちと、軍団長として何かしなければならないという気持ちでなんとか声をかけた。

周りにいる兵士はさすが軍団長などと思ってくれているだろうか…このアプローチが上手くいけばであるが。

しかし、なにも答えない。

ただ、静かに近づいてくる。


(これは…失敗か…少々マズイか…)


 圧倒的な力を前にした兵士達は固まってしまっている。

なにか別のことをしなければ滅ぼされると感じた。

なにも思い浮かばない。

焦りのためか汗が滲む。


「腹は減っておらぬか!」


 思わずいってしまった。

というよりもいつもなにも思い浮かばない時は言ってしまう。

大概は自分よりも下の立場のものに対してであるためなにも問題はない。

しかし今回だけは悔やまれる言葉になった。

 静かに歩いていただけの人は立ち止まった。

それは一瞬だった。


「あっ…」


 姿が消えたかと思った瞬間、それは突然目の前に現れた。

それはまだ16歳にもなっていないと思われる少年だった。


「ご飯下さい…」


「え…?」


 耳を疑った。

目の前にいるのはただの少年だ。

状況を理解できなかった。


(この少年があれをやったのか…?)


 確信がもてなかった。


「そ…そなたが…あれをやったのか?」


 少年はなんのことかと目を丸くして首をかしげる。

そして、指を指した方を見る。


「そう…ですよ?」


「…!?」


 信じられなかった。

目の前の人物があれをやったという。

伝説の戦士に馬人がいる水国軍を一瞬で全滅したという。

しかし確かに目の前に突然現れた。


(もしや…いや、間違いない。あの近距離で移動魔法を使ったのか…それも瞬間移動か…?)


 魔法は自分のマグを消費する。移動魔法も同じだ。

距離が近ければ近いほど消費量は抑えられるが、普通、数百メートルであれば歩く。

移動魔法は普通の魔法よりも多くマグを消費するためだ。

瞬間移動ならなおさらだ。

上位の移動魔法である瞬間移動はより多くマグを消費するため、長距離の移動以外は使わない。

それをこの近距離で使うのだ。

よほど大量のマグを生成する能力がなければこんなことはできない。

しかもあの大軍を一瞬で全滅させたあとに、だ。


(本物か…)


 そう考えている間、少年は不思議そうに見つめてくる。


「あのー…ご飯は…」


 その一言でハッと我に帰る。


「あ、あぁ…こちらです…」


 できるだけ失礼のないよう、テントの中へ移動した。

しかしテントの中にはパンと少しの食料しかなかった。


「これだけの食料しかありませんが…」


「そうなんですか…」


 残念そうに少年は答える。いたたまれない気持ちになった。

それは魔導師としてみた少年ではなく一人の人として少年をみた感想だ。


「……国へ戻ればあるのだが…」


 ボソッと呟いたつもりであったが少年には聞こえたようだ。


「国へ…あなたの城へ行きましょう!トンカツが食べたいです!」


「分かりました。しかし、私どもの城がどこにあるのかご存じで?そらを飛んでいっても半日ほどかかりますが」


「みんなでいけばいいんじゃないかな…」


「!?…みんなとは…?」


「???…ここにいる兵士達ですよ?」


「ど…どのように…?」


「え?今僕が来たみたいに、シュッと…」


「そ、そんなことが可能で!?!!」


 ありえない。と思ったが、先ほど起きたことを考えればなくはないと感じた。


「たぶん行けると思います。行きましょう。」


 よほど腹が空いているのか、それとも国を滅ぼすのかは分からなかった。

しかし選択肢はなかった。


「行けるのであれば…行きましょう。私はどのようにしたらいいのでしょうか?」


「なら…ここにいる兵士さん達が全員入れる部屋だったり場所をイメージしてください。」


「城前の広場でよろしいですか?」


「はい。じゃあお願いします。」


 心の中ではそんなことで移動できるのかと未だ疑ってはいたが、言われたようにイメージしてみる。


「マヨネーズ」


 見慣れた風景が広がっていた。

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