第5話 絶望
草原の中に大きな塊があり、そこから五百メートルほど離れたところに小さな塊がある。
小さな塊は、水国に比べると小さなテントで軍議を行っていた。
「水国軍は今回で決めるつもりだろうか?」
「そうであろう、あの数は。」
「どれ程の数なのだ?あれだけ多いと分からぬ!」
テーブルを囲むように数人で会話をしている兵士の胸には竜の紋章が見える。
「軍団長!大変です!」
一人の男が慌てた様子でテントへ入ってきた。その場にいる者が一度に向く。
「水国軍は蛮国と同盟を結んでいるようです。」
「やはり…か。」
軍団長と呼ばれた男は知っていたかのように落ち着いている。
「やはりとは知っていたのですか?」
近くにいる兵士が悲鳴にもにた声で問う。
「知りはしなかったが…驚く話でもないだろう。ゴギン殿であれば一人で蛮国ともやりあえるほどだろうしな…」
「なるほど…しかし、ゴギンという者はそれほどまでに強いのでしょうか?」
「あぁ、強い。馬人相手でも小さい子供と遊ぶよりも簡単に殺していた。」
実体験ではないかと思うほど感情が込められていた。
ゴギンはそのまま続ける。
「だから今回もゴギン殿が参戦されなくて安心している。ゴギン殿相手だったら我々など一瞬であろうからな。」
軍団長の話を聞いた兵士達は驚いた表情を見せたが、すぐに納得した表情をした。
一人を除いては。
「どうした?カイロ。そんな顔をして。ゴギン殿がいないんだ。その分は安心できるのではないか?」
兵士の一人が語りかける。先ほどテントへ入ってきた男が答える。
「その……」
「なんだ!はっきりといえ!」
なかなか言い出さない態度にイラついた兵士が強い口調でいう。
軍団長は無言でカイロを見つめる。
「先ほど皆さんが話し出したので言い出せませんでしたが…」
そこまで聞いて軍団長の顔が曇った。嫌な予感がした。
「ゴギン様が参戦しているようです。」
「………………………………………」
誰も何も言えなかった。唯一安堵できる点がとてつもない恐怖に変わる。
「どうするんだ!死ぬじゃないか!」
「無理だ!逃げましょう!」
「軍団長!」
兵士達が口々に恐怖を言う。軍団長はそれを聞いて兵士達を睨む。
「どうするもなにも、戦うしかないだろう。」
「しかし…数が…軍団長は死んでもいいのですか?」
「国を守るためだ。家族を守るためだ!」
「馬人には歯が立ちません!それに…伝説の戦士がいたらもう…死ぬ以外の結果は…」
軍団長は鋭い目をして話す。
「…お前は守るものはないのか?」
「…家族が…妻と子供が二人…」
話しかけられた兵士は小さな声で答える。
「今、我々ができることは何だ?逃げること?諦めること?違うだろ。我々が少しでも時間を稼ぐことで恵国の防御を固めることだろ。守るもののために、大切なもののために、覚悟を今決めよ!」
少しの間沈黙が流れる。しかし、兵士達の目にはなにか覚悟が芽生えたようだった。
「…………私は…バカです…今軍団長と話し確信しました。私は自分のことだけを考え、少しでも生き延びることが家族にしてやれることだと思っていました。しかし…それは間違えだったようです。」
他の兵士も頷く。
「兵に伝えよ!守るもののために我々は戦う!死ぬことになっても…いや、死ぬことになるだろう!しかし、命が完全に燃え尽きるまで、少しでも抵抗せよと!」
軍団長の声に込められた迫力は完全に他の兵士の士気にも移った。
「はいっ!」
軍議をしていた兵士達が自分の率いる兵士達のところへ戻る。
数秒後至るところから気合いの声が聞こえる。
「これで…良いのだ…」
軍団長は首からかけたペンダントを握りしめる。
(ゴギン殿が出てくるのは予定外だが…なんとか時間を稼がねば…)
手が震える。武者震いではない。
(死を覚悟することは怖いものだな…)
テントに一人で残った軍団長は気合いをいれなおす。
鎧を着たまま、両手でほほを叩く。
ほほを叩くのと同じくらいのタイミングで一人の兵士が入ってきた。
「軍団長!水国軍がそろそろ動きそうです!」
(来たか…国を守るために…あの人を…守るために!)
覚悟を決めた。
そしてヘルムを被るために手を伸ばした。
その時であった。
ギャインッギャインッ
外が騒がしくなった。
しかしその音は数秒で聞こえなくなった。
「なにがあった!」
軍団長はなにかがあったと悟った。
それは一人の兵士として、今までに感じたことのない空気を感じたためである。
外に出ると全ての兵士が水国軍の方を見ていた。
(何を見ている…ん?)
水国軍の方を見た瞬間、一瞬光が水国軍を包んだ。
水国軍は全滅していた。
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