【亡国のナターシャ―其の二】

「汝、ナターシャ・アインベル・ルーン・ブラムストカの皇位継承権は、たった今剥奪されました。そしてこれより、ナターシャ・アインベル・ジークフリートを名乗ることを此処に許すものとします」


 ジークフリート姓。

 それは勇者を冠する者とその伴侶だけが名乗ることを許される特別な名である。

 勇者には爵位などを持つことは教国の法の元で許されておらず、ナターシャが元々名乗っていたルーンという皇帝位が剥奪されたのはこれに起因する。


「ナターシャ殿、よく決断されましたね。私も嬉しく思います。これからは、ジークフリートと共に歩んでお行きなさい。大丈夫。此処からですよ」

 法皇マリアベル・クラナラス・アン・カテリーナは優しく微笑む。

 老婆と言って差し支えない程に皺の入った顔をほころばせ、目の前に膝を着くナターシャの頭を撫でた。

 曾祖母そうそぼ曾孫ひまご程も歳の離れた二人とはいえ、公式の場で身分ある者が頭を撫で、撫でられるなどおよそあってはならない事だが、50年近く教国を統治してきたマリアベルに意見できる者など居る筈もなく、列席する者は様々な想いを胸にするだけだった。


「マリアベル様、慈悲に満ちた御言葉、それだけで万の祝福に勝るもので御座います。私の様な者に御慈悲をお与えくださったばかりでなく、ジークフリート様と歩む事をお許し頂き感謝の言葉も御座いません。故国の民にも、分け隔ての無い御慈悲を頂いたこと存じ上げております。他国の助力まで頂けたことは、民にとっても大きな救いとなりましょう。民に代わり感謝申し上げます」

 一層深く頭を下げるナターシャをマリアベルは嬉しそうに片手を上げぎょした。

「女の子があまり頭を下げるものではないわ。頭をお上げなさいな。それに、貴女ももうジークフリートなのよ? 名前で呼んであげないと、彼も困ってしまうでしょう? ねえジーク?」

 マリアベルはナターシャの横で膝を着く勇者を見遣る。

「全くですよ。ナターシャとは既に一年以上の付き合いがあります。ですが、まだ彼女の心を開くには時間が掛かりそうで困っております。また、マリアベル様にご相談させて頂くことになりそうです」

「うふふ。今度は二人でいらっしゃいね」


 帝国との戦争が終結し、戦後処理が進む最中の婚姻ということもあり、大規模な式ではないが教国のトップが仕切る公の場で、ジークフリートとマリアベルの二人はどこ吹く風だ。


 ナターシャには、未だ馴れることが出来なかった。


(To be continued)

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