【看板娘ミクの帳簿録―二頁目】
「この通りか。こんな脇道に本当に店があるのか?」
最近、仲間が通いだしたという小さい弁当屋がこの辺りにあるらしい。
本当は雑貨屋だそうだが、仲間が買っているのは専ら弁当と飲み物ばかり。
大変気の利く娘が一人で営業しているそうだが、若い娘が一人で商うにしては随分辺鄙な場所である。とてもじゃないが人気が出そうな場所ではない。営利目的ではないということだろうか。
「む、あれか」
細い通りからさらに一本折れたところで小さな看板が見えた。
『ミクの雑貨屋』
両手を広げたくらいで足りる木製の板に黒のインクで文字が書いてあり、板の縁に唐草模様の不規則な柄が描いてある。どちらも手書きのようで、お世辞にも上手とは言えないが手書きの温かみと言うか、若い者の感性ではこういうのを小洒落たと表すのだろうか。
ふむ、落ち着いた雰囲気のある店だ。
だが、
若い娘が商っているならば、そっち目当ての男客が入り浸っていてもおかしくなさそうだが、そういう輩で賑わっている様子もない。不思議と言えば不思議である。
私の同僚も、弁当を買って二言三言交わし帰ると言っていた。
であれば弁当が余程旨いのか。
「あのぅ。何か御用でしょうか……?」
店の前で腕を組んで考えていると、不意に店の戸が開き、中から黒髪の娘がひょいと顔を出した。
「君が此処の店主かね?」
娘に問い掛ける。十中八九この娘が店主であろうが、一応確認が要る。
「はい。私がお店を商っております、ミクです。先程からお店の前に人の気配が在るものの、入って頂く様子が無かったので此方からお声を掛けさせて頂きました。本日は何か御用ですか?」
「ほう、人の気配ね」
これは驚いた。木造の店で中から外の様子を覗く事はできないだろうに、私の気配を感じ取ったと言う。
近衛隊長の私の気配を。
「えと、雑貨をお求めですか? それともお弁当ですか?」
「弁当を一つお願いしようか。仲間がこの店の飯が大層旨いと気に入っていてな。それで私も訪れてみたのだ」
「あっ! そうなんですね! はい! 只今お持ちします!」
花が蕾が開くように娘の顔が明るくなる。
娘は一度店に引っ込むと、直ぐに弁当を持って出て来た。
「少し時間が経っているので、早めに召し上がってくださいね!」
弁当を受け取り店を後にする。
少し気になる店だ。暫く通い様子を見てみるか。
『近衛隊長のシュタインベルトさん。お店を調べに来たみたい。明日もいらっしゃるみたいだし、好物を聞いてみようっと』
(次頁へ続く)
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