【女郎屋幸咲屋の禿美代】

 女郎という者が在ります。

 遊女だとか、これが出世をしますと花魁だの太夫だのと呼ばれますが、何処まで行ったところで籠の中の鳥。

 お天道様てんとさまに憧れ夢を見ますが叶わぬ夢でございます。

 聞いた話によりますと、身請けだとかそんなことがあるそうですが簡単なことではありません。これは元が立派な身分のお嬢さんだとか、大御所に召し抱えられるだとか、それこそ夢のまた夢であります。

 ましてや私は女郎屋の産まれ。

 夢は夢。端から縁の無いことなのです。


「姐さん! 千代田の姐さん! もう客が取れないって話は本当なんでございますか!?」

「ああ、美代坊かい。そんなに慌てて恥ずかしいねぇ。これ、こんな狭い部屋でどたばたと騒ぐんじゃないよ落ち着きなよみっともない。そこにお座んな。……そうだねぇ。わっちはこれまで上手く立ち回って来たと思っていたけれど、とうとう片端かたわんなっちまった。こんな場所で生きているんだ。覚悟はしていたことだけれど、いざなってみるとあんまり悲しくもないもんだねぇ」

 姐さんは通りの見世みせでも有名な上妓かみこで、気立てが良くて目端が利いて下に優しく見栄えもする。

 次期の昼三ちゅうさん、二年もすれば太夫と並ぶであろうと目される女郎だ。

 だった。

「もう客は取れない身体んなっちまった。贔屓にしてくださっている旦那様に感染うつすようなことになってはいけない。幸いわっちは三味線琴お茶に囲碁に歌も読める。芸妓として残りの命を使うのも悪くないさ。年季が明ける前で良かったよ。外に出たって行く処もない。こんな身体じゃお荷物も良いとこだよ。美代坊、お前さんには悪いけれど、もうわっちに付けることはできなくなっちまった。他の姉さん方に付けるよう、わっちから遣手やりてにお願いするから安心しな。だから、どうか勘弁しとくれ。この通りだ」

 土下座で詫びる姐さんの姿は将来の私の姿だ。

 あと数年で私も水揚げを迎える。

「姐さん、頭を上げてください。私は大丈夫ですから。私にも姐さん譲りの芸があります。きっと逞しく生きてみせますから。どうぞご安心ください」


 姐さんの震える肩を優しくさすって、私なりに気丈に振る舞う。


 数年後、姐さんは亡くなった。

 やはり病気を身体に宿した姐さんを身請けするような旦那は現れず、女郎達に見守られ姐さんは布団で息を引き取った。

 最期の時、私は姐さんの痩せた手を握って見送った。


(次話へ続く)

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