【看板娘ミクの帳簿録】

「こんにちは! ドルトンさん! いつものですかっ?」

 溌剌とした声と快活な笑顔。

 天真爛漫を絵に描いた様な彼女は、俺の行き付けの商店の看板娘のミクだ。

 小さな雑貨屋を一人で切り盛りしている。

 この街の生まれでないことは確かなのだが、何時から住んでいるのか、何時からこの店を開いているのか、詳しいことは知らない。

 ある日、仕事の帰りに近道しようと脇道に入ると、ひっそりと日陰に隠れた小さな雑貨屋が在ることに気付いた。

 特に用は無かったのだが、こんな裏通りには似合わない小洒落た雰囲気に興味を引かれ立ち寄ったのが切っ掛けで、今では顔馴染みになってしまった。

 雑貨屋と言っても、そこは街の小さな商店。

 調度品だけで店を遣り繰りするのは難儀な様で、手作りの弁当や薬草を使った飲料水を置いている。

 そして俺はすっかりミクの作る弁当の虜になっていた。

「や、やあミクちゃん。こんにちは。今日も弁当を貰いたいんだけど、良いかな?」

「勿論ですよ! 今日も来てくださると思って、ドルトンさんの大好きな鶏肉の蒸し焼きを多めに入れたんです! これ、ドルトンさん用のお弁当です! ちょっぴりサービスしてありますから、これからもご贔屓にっ」


 ああ……癒される……。

 日雇いの土木工事で生計を立てる俺は、いい歳して嫁さんも女の知り合いもいない。

 そんな侘しい俺の生活に、唯一の癒しと潤いをもたらしてくれるのがミクだ。彼女の弁当があれば俺はそれだけで生きていける……。

「こんなに旨い弁当があるのに、お客さんがいないね。も、もっと人通りの多い場所に移ろうとは思わないの? 引っ越しとか、俺で良かったら手伝うし」

 俺は不器用にご機嫌取りと手伝いを申し出る。

「わぁ。ドルトンさんありがとうっ。でも、良いんです。私このお店が気に入ってるし、このお店に気付いて、気に入ってくださる皆さんのことが大好きなんです。だから、今のまま皆さんと仲良くしたいんです!」

……良い子だ。

 俺の余計な気遣いなんて、ミクには要らなかったんだ。

 利益より客が大事とは、なんて立派な心意気なんだろう。

 また明日も弁当を買いに来よう。

 俺は弁当を受け取り笑顔で店を後にした。


『ドルトンさん。好物は鶏肉の蒸し焼き。働き者でちょっぴり恥ずかしがり屋さん。また明日も来てくれるかな。明日も晴れると良いな』

 

(次頁へ続く)

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