第一章 トンネルを越えた? その1

 いつもと同じ帰り道。

 確かに、汽車に乗るところまではいつもと同じだった。だから、私と碧くんは何の疑いもなく、汽車に乗った。

「ねぇ、碧くん」

 しばらくして私が言った。黙っているっていうのなんか苦手で。私って根っからのおしゃべりみたい…。

「なに?」

 碧くんはそう言って窓の外から視線移して。外は、別に何の変化もないいつもと同じ家々が並ぶ街並み。

「あのね、トンネル、入ったっけ?」

 私が聞くと碧くんは少し考えてから

「入ったんじゃないのか?」

って答えた。

 トンネル、は、駅を出て二分としないうちに入る短いもの、なんだけど、そこを、ね、私さっきから外を見てたんだけど、通ったような気がしなかった。んだよね。碧くんは、そんなのお前の気のせいだ。トンネルを通らないわけ、ないだろうっていうんだけど。……そうよね、トンネル通らなかったら、一体どこの線路は知ってるんだ?ってことになるもんね。私の勘違い、なのかな。やっぱり。そう思いながら、窓の外、別段変わったようすがないいつもと同じ風景を見てた私は、なにげなく汽車の中を見回した。

 そしたら周りにいつも間にか人、一人もいなくなってる――て言っても一人だけ、いたんだけどね、碧くんが。

 で。私、心細くなって碧くんに言う。

「…碧くん、人がいなくなっちゃった」

「それより、なんで駅に着かないんだ?」

 帰ってきた答えがこうだったんで、私、少し考えてしまった。碧くんは、人がいつの間にかいなくなっちゃったことより、駅に着かないことのが不思議みたい……

私、どっちかといえば止まってない汽車の中で人がまるでふっと消えちゃったかのようにいなくなるほうが不思議――を通り越して、怖いんだけど……

 そう碧くんに伝えると、碧くんは涼し気な顔をして

「馬鹿かお前。他の車両に移ったにきまってるだろう。人間が煙みたいに決めるわけないだろ?」

だって。

 普通はそう思うよね、違う車両に移ったんだって。だけど、碧くん、気が付いてる?ここから見えるドアの向こう、隣の車両にも人がいないように見えるんだけどな。私が首を傾げて

「そう?」

半信半疑に聞き返したら、碧くんは

「そう」

って頷くの。それがまた妙に説得力があるのよね。例えば――私と碧くん以外はみーんな怪物――エイリアンでもいいけど、そういうものが食べてて、次は私の番で、どこから出てくるかわからなくて…とかだったら怖いから、そういうことにしよう。みんな隣の車両に移っちゃったんだって。……「なんで」みんな違う車両に移ってしまったか、については考えないようにしよう。そうね、碧くんの自信満々なその言葉を信じることにしよう。


 で。まぁ、ここまではまだ良かったんだけど……


――?

 周りが何か騒がしいような気がして私、目を開けたの。ってことは、しっかり寝てたってことなんだけど、帰りの汽車の中で居眠りをするのってさして珍しいことじゃないから気にもしなかったんだ。でもなんだか、この汽車、いつものと振動が違うのよね。いつもの汽車ってもう少しゆっくりで――。

「!!」

 私、寝ぼけ眼で隣見たんだけど、いっぺんで目が覚めてしまった。

「あっ碧くんっ?!」

 思わず周りのことなんか忘れちゃって、隣で眠ってる碧くんを揺り起こした。

「――ん?」

 寝ぼけ眼で、私を見る碧くんに、私、食ってかかるように言った。

「何で、碧くんがいるのっ?!」

 ――そこまで言って、私、はっっと我に返ったの。

 そうだ、私と碧くん、この汽車、なかなか駅に着かないし、だーれもいなくなって席が空いてるんだから座った方が利口だよなって話してて、で、座ったんだけど、その後も一向に駅に着きそうにないなーって思ってたら、気が付かないうちに、寝ちゃってたのね。私。

「どうかしたか?」

 碧くんが、私を見て言った。私が碧くんの腕、握ったまま黙ってるもんだから、不思議そうな顔、してる。私、碧くんの手、離して言った。

「……何でもない。駅にまだついてないのかな?」

「二人で眠ってたからな。着いてないとは思うが、実際はどうだろう?」

 ……そうだよね、眠っている間に駅、着いても、多分、きっと起きるとは思うけど、絶対起きるかは、ちょっと自信ない……てことは、もしかしたら、降りるチャンスを逃したのかも。今さら考えても仕方ないけど……

「おい」

 碧くんの声。

 どうやら周りを見てたらみたい。だって、横を向いたままなんだもん。

「何?」

 返事して私も碧くんから周りに視線、移して――絶句。

 私と碧くんの周り、人間が一人もいなくて、代わりに動物が、いたの。クマとかウサギとかタヌキとか。そういう動物たちが人間と同じように服着て、立ってて!

それも二本足で!汽車に…乗ってる!

「…なんなの?」 

 夢の続きでも見てんのかしら?私ほっぺたを思いっきりつねった。――痛ぁあいっ。赤くなっちゃった!鏡にほっぺた写してみながら、私、思った。

私、今、本当に起きてるのかな?夢の中で「起きてる」って思ってるのかな?夢の中で、ほっぺをつねった場合って、ちゃんと赤くなるのかな?

 もう、ちょっと、混乱してるのか寝ぼけてるのか、頭回らなくて、本当に現実なのか、夢なのか、自信なくなってきそう……けど、きっと痛かったんだから、夢じゃないってことよね!きっと、多分。

「夢の続き、か?」 

 どうやら碧くんも同じこと、考えたみたい。だから、私

「何だったら、ほっぺたつねってあげようか?」

「――遠慮する」

 私の赤くなってるほっぺた見て、すべてを悟ったみたい。……しまった。惜しいことしちゃったわ。先に碧くんで試してみるんだった。私がほっぺたおさえて考えてると、碧くんが言う。

「しかし、夢じゃないならなんだ?」

 そんなの私だって聞きたいわよ。私、多分そんな顔、してたんだろうと思う。だって碧くんてば、私の顔見てたけど、呆れたように

「仕方、ないんじゃないか?夢じゃないなら、俺にはどうしようもない」

って言いきった。……だったら、碧くん夢だった場合、どうにかしてくれるのかしら?そう考えたけど、今はすくなくとも夢じゃないわけだから――確かに、どうしようもない。夢じゃないってことは、すなわち現実ってことなんだけど、私と碧くんが「ここ」にいることが何の根拠もないことじゃないだろうし……。その理由は何か分かんないけど、何の理由もないのに、私と碧くんが「ここ」にいるはず、ないよねぇ。

 それでも、その理由すらわからなくて一人……じゃなくて二人して途方に暮れてたら

「乗車券を拝見いたします」

という声がした。見上げると車掌さん――クマだったんだけど――が、にこにこと愛想良く笑って立っているの。……言葉、通じるんだ……そう思って、このおかしな状況を意外とすんなり受け入れてる自分にちょっとびっくり。て、いうことじゃなくて、今は――

 どうするの?

 隣の碧くんを見ると、碧くんはどうしようもないじゃないかって顔をした。で。仕方なくポケットの中から定期出して、目の前に立っている車掌さんに渡した。だってそれ以外に何も渡すものないんだもん。何処に行けばいいのか分かんないし。第一、私と碧くんは「いつもと同じ汽車」に乗ったんだから。

 きっと怒られるだろうな。だって知らないうちとはいえ、一応無賃乗車してるわけだから。そもそも私と碧くんが持ってる「定期」が通用するものなのかもわかんないし。

で、覚悟はしてたんだよね、私。そしたら車掌さんはこう言った。

「はい。次の七ノ森までですね」

 予期してなかった言葉に驚いている私に構わずに車掌さんは定期を返してくれた。

 ……ななのもり?

「学生さん、ですよね。研究所の手伝いですか?」

 続けて車掌さんは言って、今度は碧くんの定期を受け取り、確認すると返しながら話しかけた。

「……は、はぁ」

 生返事をしながら、碧くんも定期を受け取る。

「……」

 受け取った定期を見ると、確かに『七ノ森』までになってる。いったい誰がこんないたずらをしたのかしら?私の本物の定期はいっちゃったんだろ?

 ――けど、『七ノ森』っていったい?なんなんだろう?それにさっき車掌さんの言ってた研究所って何の?

 車掌さんにもうちょっと詳しく聞きたかったんだけど、さっさと行っちゃってて。…‥あまりにも周りや車掌さんの態度が自然すぎる気がする。もしかして……

 私、碧くんの方を向き、碧くんをまじまじと見て、それから言った。

「碧くん、私には碧くんがちゃんと、人間に見えるんだけど、碧くんには私が人間に見える?」

「…」

碧くんはしばらく黙ってて、呆れたとも驚いたとも言い難い顔をして私を見た。

 周りには人間らしき姿はまったくないこの汽車の中にいて、車掌さんは私と碧くんを見て、別に変な顔をしなかったから、もしかしたら、私も何か――そう、例えばサルとか――動物に見えてるんじゃないかって。さっき私、ほっぺたを確認するのに鏡見ときは、ちゃんと私は私だった、けど、だってもう、その鏡すら信じられそうもないんだもん。……そんな風に思ってて。反対を言えば、鏡も信じられない状況でも、私、碧くんの言うことなら信じるってことなのね、それって。ってちょっと自分でも笑っちゃう。けど、多分、というよりは、いかに碧っくんに説得力があるかってこと、のような。うん。どっちかって言えばそっちのが正しい気がする。

「……お前……」

 碧くんは耐えられないって言うように笑いだしちゃって。こっちは本気でいろいろ考えてるのに!なによ!碧くんの馬鹿!

「はっきり言ってよ!」

「お前、突然、何を…言い出すかと、思ったら…」

碧くんはまだ笑ってる……

「だから結局どうなのよー!」

 叫ぶと碧くんはどうにか笑いをこらえながら

「多少変なことはあるが、確かに人間に見えるから心配するな」

言うなりまた笑い出したの。ひっどーい!多少変なところってどういう意味よ!はたいてやろうかと思ったけど、まぁ、すくなくとも私は人間のままだってことが分かったら、まぁいいや。よかった~。

 私が一安心して、碧くんが笑うのに一区切りついた頃、車内に七ノ森に着くことを知らせる放送が流れた。


「――七ノ森。七ノ森。お降りの方は―――」

 汽車のスピードが落ちてきて、だんだんゆっくりになる。

 窓の外をなんのきなしに見ると、私が住んでいるような田んぼ(それが田んぼなのかは定かではないけれど)がいっぱいって感じで。いわゆる田舎って言うか、緑の多いところ、のようだった。碧くんも見てたみたいで

「田舎やなぁ」

の連発。

「田舎がで悪かったわね」

 思わず反発しちゃったけど、別に私の住んでるところのことを言われたわけじゃなかったんだ。つい田舎を馬鹿にするようなことを言われると反応しちゃう。

 そうこうするうちに汽車は白っぽいホームに入っていく。

「少なくとも私たちはここで降りなきゃいけないのよ」

「なんで?」

 不思議そうな碧くんを私、席を立って見下ろして

「当たり前でしょ。定期がここまでなんだから」

 言って碧くんの腕を引っ張って連れたって汽車を降りた。


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