万能メイドさん

 ルネージュの北に、帝国領のドフォーレという地域がある。

 いわゆる『大戦期』以前から、内陸部の大穀倉地帯で生産される穀物の貿易で栄えた地域であり、今でも開拓地ニューフロンティアのルニカやリブロフといった街からの貨物の玄関口だ。

 古くから交易や冒険者たちの行きかう中継地点の1つとして栄えていた地方だったので、特筆するべき名産物はなかったのだが、最近では

『美人が多い』

『ガールズ&ASとコラボしたASゲームを作った会社のある』

 地方として、知られるようになってきた。

 民選で決められ帝国から派遣された代官が、巧みな政治手腕で独裁政治をしているのだが、彼は自分の権益を犯さない分には民主主義に理解があったので、住民からの不平不満はなかったとは言わないが、少なかった。

 駿河涼は、この地域にある港町『ヴェスティア』で生まれた。

 彼女は住む家も、共に暮らす家族もいなかった。

 ヴェスティアにある、孤児院の前に捨てられていた子供である。

 そこで涼と名付けられた少女は成長するにつれて、当然のように、世にすねて、グレてしまった。

 ただ、孤児院の皆と合唱すると、歌がやたら巧いことに気づいた孤児院の職員に

「君、合唱コンクールにでにゃいか?」

と、言われたときは、不思議と素直に

「わかったよ、出る」

と、言ったので、グレているけど、実は良い娘であるというのが、孤児院内での彼女の印象であったという。

 やがて、孤児院を出て、自分一人で生活しなければならなくなった彼女は、手に職をつけるために、いわゆるメイドや侍女、執事やガーデナーといった、富裕層や貴族を始めとする名家に仕える使用人になるための学校で、ハウスキーパーになるために必要なことを学ぶ。

 たまたまヴェスティアにあったその学校で、たまたまハウスキーパーとしての修練を積んだことが、彼女の運命を変えることになる。

 さて、彼女が学んでいるハウスキーパーについて少し書く。

 ハウスキーパーと書くとなにやら難しい職業のように思えるが、つまる所は家政婦と同意語である。

 彼女は、そこで3年間に渡って、ハウスキーパーになるための勉強をした。

 例えば、着付けや理容を初めとしたファッション、あるいは外出時に主人に代わって交渉などをするときに必要な多言語、あるいはボディーガードとしての護身術といった具合に。

 そうして、3年間の学習を終えた涼は、初めてのハウスキーパーの仕事として行った先で、運命の出会いをする。

「やあ、君が私の新しい弟子か」

「いや、ハウスキーパーとしてきたんですけど」

と、ボケをかまされた涼は、目の前のパジャマ姿にマントという、キテレツな格好をした男を、怪訝な顔で見ていた。

 彼は、所謂『時間魔法』の使い手で、極めて限定された状況でだが、時間を操ることが出来るそうである。自己申告だが。

 しかし、彼が腹に鉄の杭が刺さった作業員が来たときのこと。

「た、たすけ……」

「おい、まずは杭を取れ」

「にゃ?」

と、仲間が唖然とした顔で返す。

 涼はそれはそうだろうと、思った。

 ただでさえ、刺さったところから血がどぶどぶ出ているのに、取ったらどれだけ血がでるのか。

 そんな疑問にたいして、あいかわらずパジャマ姿の男は

「彼を助けたければ、。ジャマだ」

と、イラつきながら言った。

「わ、わかりにゃしたにゃ」

 仲間が、作業員に刺さった鉄の杭を取ると、予想通り、血が噴水みたいに飛び出す。

 しかし、パジャマ姿の男が手をかざすと、まるで逆再生のように、傷が『なかった』ことになった。

「「あ、ありがとございにゃす」」

「おう、気を付けろよ」

と、感謝する作業員たちに、軽く手を振るパジャマ姿の男を見て、涼は彼と時間魔法にたいする印象を改めた。

「その魔法、ハウスキーパーの仕事にも使えるかもしれないね」

 さて、涼が時間魔法一子相伝の後継者となるまでは、さらに色々な話があるが、今はサラとプロト、そして次郎の話を先にしなければならない。

 時間魔法と涼の話は後々に、また語る機会があるだろう。


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