ギュスターヴのへの道その1

 ちょっと古めかしいルネージュ駅は、歴史的には関係ないにも関わらず、イギリス風の由緒正しそうな感じに見えた。

 兄妹は、兄の方は興味があるらしいが、妹の方がその種の懐古クラシック主義しゅみとは無縁であるらしく、またそれを除けば普通の駅だったので、売店であんパンと清涼飲料水のみものを買って、駅を出る。

 明日美と仁美が来訪した時のルネージュの街並みを一言であらわすと

『一面の銀世界まっしろけ

 といった所か。

 ルネージュは、隣近所ではないが、隣接している帝国領サウスファンドランド州の影響で、周囲が湿地帯にもかかわらず寒冷地であった。

 夏に来たなら過ごしやすい避暑地なのだが、今は冬で、あちらこちらを除雪してる人や猫の姿がある。

 聞けばこの年はとくに例年にない大雪だそうだ。

 現にトラックが視界不良で女の子を引こうとしていた所を、仁美が助けた。

 しかし、(と天京院の血の力を知っている明日美以外は思った)二人は無傷で、トラックが横転してしまった。

 皆、怪訝な顔をしているなか、明日美は

「なによ、助けたのにあんな顔しなくていいじゃない!」

 と、プリプリしている仁美を連れて、その場から離れたのだった。


 閑話それは休題ともかく、ルネージュの街はまた小さいながらも温泉場があることで知られていて、三軒の旅館がある。

 その内の一軒『ホテル猫耳荘』は、特に有名で、俳優やスポーツマン等が日々の疲れを癒すために、定期的に通っているという。

 ホテル猫耳荘のオーナーは、先代の奥さんで、名前をマームという。

 彼女は、元々ルネージュの出ではないのだが、いわゆる『大戦ビックウォー期』がもたらした戦禍の最初期に、ルネージュへ避難してきたニューラグーン出身者だった。

 ここで先代とあったマームは、その後20年近くホテル猫耳荘を切り盛りしてきた。

 最初の10年は、先代と一緒に。

 なお、さらに余談であるが、さきほどから『先代』と書かれている先代の名前は『先代』である。

 しかし、特に使い分けの必要もないので、先代で通していこう。

 さて、その先代が亡くなって以降、ホテル猫耳荘は閉鎖の危機に陥った。

 この種の接客業特有の、サービスの常態化による慢性化した借金で、潰れてしまおうとしていたホテル猫耳荘を救ったのは、他ならぬギュスターヴその人であった。

 例によって、未亡人狙いのための欲望丸出しの支援であったが、強力なバックアップのあったホテル猫耳荘は、なんだかんだあったものの、こうして兄妹の目の前に存在している。

 明日美は

(まあ、風情があっていいんじゃないかな)

 と、思ったが、仁美は

「なにこれ、こんなボロボロのあばら屋に、私たちを止まらせようっていうの?」

 と、相変わらずの様子だった。

 しかし、マームの接客の良さや、ホテル猫耳荘に出てくる料理やバイキングの数々に、評価は一転して

「ふぅん、まあまあじゃない……」

 と、その実、仁美にとっては最大の賛辞をもらうことになった。

 その料理は、ホッカイドウという地域の来訪者との交流の中生まれた、その土地の名前が由来の『イシカリナベ』なる名前の料理であるという。

 とはいえ、名前だけ借りて、アレンジした料理ということであるが。

 鮭やダイコン、ジャガイモの入った鍋に舌鼓をうちながら、仁美は

「へえ、大変だったのねえ」

「いえいえ、私の好きでやってにゃすし、あの人との想い出もありにゃすしねえ」

 と、談笑なかよくはなしていた。

 明日美は

(ずいぶん、仲良くなったもんだなあ。

 とりあえず、これで仁美のことは安心ですな)

 と、思った。

 なにせ、ギュスターヴは穴といえば、どこでもするという(ものすごい婉曲表現)人間なので、妹がワザリング・ハイツなんかに行ったら、どうなるかわかったものではないので。

 マームと仁美が、ゲラゲラと歓談おはなししている中、明日美はすやすやと眠りにおちていった。

 数時間後。

 源泉掛け流しで、美肌効果もあるという温泉から帰ってきた仁美に

「こら、お兄さま、キチンと布団で寝ないとだめよ!」

 と、叩き起こされた明日美は、めんどくさそうに、二人分の布団を敷くと、また眠りにおちていった。

 なお、余談ではあるが、この旅館『ホテル猫耳荘』は、一泊14000円で、二人というか、仁美は10日泊まるらしい。

 さらに余談だが、ルネージュで流通している通貨単位は、帝国や共和国でよく使われる、ニッポンという国の通貨をもとしにた『イェン』である。

 以降、注釈のない場合は

『ああ、このお金の話はニッポンと同じ通貨単位の話なんだな』

 と考えていただければ、よろしいと思われる。


 翌日、心配そうな仁美の肩を叩くと、明日美は、ホテル猫耳荘を出た。

 ワザリング・ハイツに行く前に腹ごしらえをしようとして、彼はラーメン屋『天将』に入った。

 天将はいわゆる『キャットラーメン』の店で、猫が猫舌なのにラーメンを作るという、最近はやりのラーメン屋ではルネージュ付近で一番人気だという。

 店長のカコという猫は

「ラーメン屋をやるにゃら、本格派なものを作るにゃ」

 と、扉を通って、ホッカイドウのサッポロという所のラーメン屋を片っ端から食べ歩いたり、弟子として修行に励んだりした上で、天将をオープンしたという。

 お品書きは

 しょうゆラーメン:750円

 みそラーメン:800円

 しおラーメン:850円

 チャーシューメン:900円

 炒飯:500円

 と、いったいわゆる定番商品とは別に

 スープカレー:700円

 ルネージュ産牛乳を使用した濃厚プリン:200円

 と、いったのも並ぶ。

 明日美はしおラーメンを頼んで、食べた。

 ス、ズ、ズ

 と、麺をすすって、レンゲでスープを飲んで

(ああ、これが本場仕込みの味ってやつか)

 と、思った。

 ラーメンを食べた明日美は、その足でそのままワザリング・ハイツに行くことしにした。


 さて、こうして行くの、明日美だが、ついにその中世のお城のようにも見える、しかし、その実ただのでかい一軒家であるワザリング・ハイツの門の前に立っている。

(なにか、屋敷だなあ)

 と、思っていると、その屋敷いえいりぐち

 ギッ、ギッ、ギッ

 と、異音をたてて空いた。

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