第2話 覚醒
そしてまた、まばゆい光が一花の視界を遮り、彼女を現実へと引き戻した。
少しの間、彼女もさすがに茫然自失の体であった。彼女は鏡台に置いていた写真立てを手にとって、ぼんやりと眺めていた。そこには亡き父母と自分が写っていた。
「お母さま・・・」
とにかく何をどう考えていいのかわからなかった。今、自身の身に起こっていることも、過去の出来事についても、全く整理がつかなかったが、自分の記憶とは異なることが、あの時に起こっていて、そしてあれが単なる事故ではなかった可能性があるということは理解できた。しかし、それも真偽を確かめる術はなく、これ以上そのことについて考えても結論は出ないように思われた。彼女は生来の前向きさでもって、気持ちを切り替え、半ば無意識のまま身支度を整えた。彼女は白を基調にした清楚なワンピースを着て、鏡台の引き出しから紅玉のネックレスを取り出し首に下げた。そして、軽く朝食を摂ろうと思い立ち部屋を出た。
彼女は父母を亡くし、一人になったけれども、家はそのままに住んでいた。世間一般から見れば大層な豪邸で、一人で住むには贅沢過ぎたが、父母の思い出が詰まった家を手放す気にはなれなかった。彼女が幼少の頃は、祖父も屋敷に同居していた。社長を退き、父に譲って、会長を務めるようになった祖父は、家にいることも多くなり、暇さえあれば彼女を可愛がってやまなかった。彼女もそんな祖父が大好きであった。ところが、社長であった父が亡くなり、後任もなかなか定まらず、祖父が社長職を兼務せざるを得なくなって多忙を極め、しばらくは、なかなか家にも帰れないというような状態になった。当然、目に入れても痛くない孫娘のことは心配であったから、優秀な多くの使用人、いわゆるメイドを手配し、彼女の身の回りの世話をさせた。そんなわけで、彼女が小学生の頃は、広い屋敷で多くの執事や使用人らに囲まれた生活をしていた。彼女が小学校を卒業するのを見送って祖父も病で他界し、本当に一人になってしまった彼女は、中学生になってからは、自分の身の回りのことは、自分ですると言って、広大な庭の手入れや、いくつも部屋のある屋敷の自分の部屋以外の掃除やメンテナンスは使用人らに頼んだが、食事の用意や洗濯なども何でも自ら行うようになった。従って、使用人らが常駐する必要も次第になくなっていった。もちろん、彼女は彼及び彼女らにはとても感謝していたし、人数を減らす際には大変気を配って、希望する者には次の就職先を斡旋し、また十分な退職金を祖父が指名した彼女の後見人である執事頭に用意させた。
そんなわけで、広い家の中はしんと静まり返っていた。今日も彼女が廊下を歩く、スリッパと床の擦れる音が聞こえてくるだけだった。ところが、一花が二階の自室から階下へ降りたところに人影があった。しかし、一花は驚かずにその人影に声を掛けた。
「康守さん、おはようございます」
声を掛けられた人物は、右腕を胸の前に横にしながら、深々と礼をして言った。
「おはようございます。一花お嬢様」
挨拶を交わしたのは、朝とはいえ半袖でも汗ばむ季節であるのに、ピシッとした黒の三つ揃えを着こなした感じの良い初老の男だった。
「康守さん、いつも聞いていますけど、暑くないですか?もっとラフな格好でもいいのですよ?」
「一花お嬢様のお優しさには感謝申し上げます。しかしながら、それでは示しがつきませんので」
彼、新宮康守は細い目をさらに細め、手入れの行き届いた口髭を整えながら、涼しげな笑顔を見せて言った。
「大丈夫ならいいのですけれど、ほら、昨日も熱中症で倒れた方が、たくさんいらっしゃったってニュースを見ましたし、お気を付け下さいな」
「何とも有り難いお言葉でございます。しかしながら、鍛え方が違いますゆえ、この程度の暑さで参るような軟弱者ではございません」
たしかにそれには一花は得心がいった。なにせ彼は彼女の武道の師範であったのだから。そして彼の本業は使用人を束ねる執事頭で、若い頃から一条家に仕えており、現在は一花が成人するまでの後見人として一条家に仕えていた。彼の家系は古くから一条家と深い関わりがあり、代々、一条家の執事やグループ会社の役職を務めていた。確か姉弟がいて、いずれもグループ会社の取締役だったと一花は記憶していた。彼自身は剣道、柔道、空手などの様々な武道を修め、さらには語学も堪能で、父が海外出張の際には、ボディーガード兼秘書として同行するほどだった。まだ一花が生まれる前、父が海外出張の際に、テロリストに襲撃されたことがあり、彼が徒手空拳で十数人の悪漢を蹴散らしたという伝説は、父が自らの武勇伝のように、よく一花に語って聞かせたものだった。そして、彼は、彼女のクラスメイトで親友であり、花組の騎士長を務める新宮麗華の父親であった。
「一花お嬢様、朝食はいかがなさいますか。菜園のトマトが程良く熟れておりましたので、少し摘んで参りました」
そう言って、彼は籐の籠に入った見事に熟れたトマトを見せた。彼は、広大な一条家の庭の一角に菜園を営んでいて、そうやって自ら育てた野菜などを持って来ては、一花に勧めるのが常であった。
「ありがとう。まあ立派なトマトね。朝食は軽くパンと、そのトマトメインのサラダにするわ。今日は何か予定あったかしら。私、朝食のあと、ちょっと図書館へ行って調べ物をしたいのだけど」
「左様でございますか」
彼は内ポケットに入れていた手帳を取り出してページを繰った。
「今日は日曜日でございますし、会社関係のご予定は入っておりません」
父、祖父をなくした一条グループは現在、遠い親戚筋が経営を代行しているような状態であるが、彼女は、いずれその後を継ぐことになる。それは祖父の遺言状で定められたことだった。また当然、多くのグループ企業の大株主であったから、様々な事柄を処理せねばならなかった。さすがに彼女が中学生の間は、執事兼秘書である康守が後見人として、ほとんどの雑務をこなしていたが、彼女が高校生になってからは、少しずつ、それを引き継いでいっていた。
「そう。なら良かったわ。康守さんも今日は大丈夫よ。私も出掛けますし」
「承知いたしました。では、離れの方で雑用をしておりますので、何かございましたらお呼び下さい。図書館へは、護衛として、お供致しましょうか?生憎、麗華は、明日のお嬢様の誕生日パーティの準備で朝から出ておりまして」
「いえ、結構よ。鍛え方が違いますから」
一花は細腕に力こぶを作ってみせながら笑って答えた。彼女は彼の指南によって、大抵の武道は段持ちであった。
「左様でございますな。今となっては、私も一花お嬢様に勝てる自信はございません。しかしながら、努々油断なさいませんよう。軟派者や不逞の輩は、どこにでもおりますゆえ」
彼は深々と礼をして退室し、一花は独り呟いた。
「いえいえ、まだまだ康守さんには遠く及びませんわ」
一花は、彼がトマトとともに持ってきていた新聞を開いて、しばらく読んでからキッチンに立ち、コーヒーメーカーに挽いておいたコーヒー豆を入れ、冷蔵庫からレタスなどの野菜を取り出し、手際良くトマトと合わせてサラダを作り、トースターにロールパンをセットした。彼女は幼い頃から、使用人と一緒に自分の食事は自分で用意していたので、料理も得意であったから、朝食はどちらかというと手の込んだ和食が多かったが、今日は、簡単に済ませたい気分だった。パンが焼け、コーヒーメーカーがコポコポという音を立て始めたが、まだしばらくかかりそうだったので、何気なくダイニングにあるテレビをつけた。程なく、注意を引くアラーム音が鳴り、臨時ニュースのテロップがテレビ画面の上部に走った。
『8時30分頃、静岡県沖を震源とするM7強の地震が発生。津波の恐れがあるので沿岸にお住まいの方は高台に避難してください。各地の震度は次のとおり・・・』
そのすぐあと、テレビ画面の右下に日本列島が表示され、北海道から沖縄までの太平洋側沿岸を赤く明滅させ、注意を喚起していた。
「でも、全く揺れを感じなかったけど・・・。そういえば少し前に、富士山で噴火の兆候があって、専門家が調査中って新聞記事を読んだような気がしたけれど。関係あるのかしら」
一花は、その突然飛び込んできたニュースに驚きつつ、心配そうな面持ちになりながらも冷静に呟いた。彼女の住まいは東京都内の閑静な高級住宅街であるが、静岡でそれほどの巨大地震が起これば、当然、こちらにも影響があるだろうと思われた。一花はリビングの入り口付近にある電話器から電話を掛けた。
「康守さん?今、静岡で大きな地震があったようですけど、こちらは全然揺れを感じませんでしたわ。康守さんも大丈夫よね?」
「ええ。全く揺れは感じませんでしたが」
「そうよね。いえ、なら良いの」
電話を切り、訝しく思いつつも被害状況が気になって、なおもテレビ画面を眺めていたが、ふいに一花は何故か庭に不気味な気配を感じた。リビングから、庭に出られるように、床までの窓が据え付けられていて、遮光用とレースのニ重のカーテンが設えてあり、今はレースのカーテンは閉じていて外界の光を柔らかく遮っていた。その、カーテンの向こう側に、異様な雰囲気を一花は感じていた。一花は、ゆっくりと庭へと続く窓の方に歩み寄り、そっとカーテンを少しだけ引いて窓の外を覗き見た。
「!!」
広大な庭の中央あたりに、白髪の男が、過去の記憶で見たとおりの出で立ちで、やはり亀のように見える円盤状のものに乗って浮いていた。その男は、十年の時を経ているにも関わらず、見た目には全く変わった様子は無いように見受けられた。
それを見た一花は、さっとカーテンの陰に隠れた。彼女はどきりと心臓が高鳴るのを感じた。
(あれは、さっき見た・・・)
しかし、彼女は弱気な性質でもなく、確証はないが、母の仇かもしれない人物が目の前に現れたのなら、黙って隠れていられる性分でもなかった。また冷静に考えても、あの男が自分を探している可能性が高いことも容易に推測できた。さらに、この一連の不可思議な状況について、何かしらの情報を得られるのではないかとも考えられた。一花は胸元の紅玉を一度ぎゅっと握りしめ、覚悟を決めて、ゆっくりとカーテンを引き、窓を開け、白髪の紳士を見上げた。
すると男は、彼女の方を見て口の端を釣り上げ、嬉しそうに多少仰々しく語りかけた。
「あの時の子供だな。あの時は邪魔が入ったが、いよいよ大洗濯の時はきた。お主がいては何かと面倒ゆえ始末しに参った」
その言葉が終らぬうちに、また異変が起こった。
彼女とその男の中間あたりの空間が、黒い渦状に歪んだように見えたと思った瞬間に、白い閃光が迸った。
一花は眩しさに目の前に手をかざし、細く目を開け凌いだ。光が収まったあと、そこには一人の青年が立っていた。
白髪の男の方は驚いた様子もなく言った。
「やはり、お前も来たか。あの時の再現のようだな」
男は楽しげに可可と笑った。
その青年は、鏡に見せられた過去の記憶に現れて、母に声を掛けた少年と雰囲気がよく似ていると一花には感じられた。
彼女にとっては、あまりの急な展開で戸惑うことだらけのはずであり、普通の女の子であれば、震えて何もできずにしゃがみこむところであるような状況だった。
しかし、彼女はただの臆病な普通の女子高生ではなかった。
一花は勇気を振り絞り、一歩前へ進んで叫んだ。
「あなたたちは誰?!あの時、どうして私たちを襲ったの?!」
白髪の男は、それには答えず、あの時のように右手の杖を振りかざした。そして杖の先から青い光が迸る。
その時、青年は人差し指を彼女の方へ向け、空中に何かの形を描いているように見えた。
そうしながら青年は小声で言った。
「今は説明している暇は無い」
次の瞬間、一花は、突如地面に穴が空き、落下するような感覚を覚えて目を瞑ったが、落下感は一瞬で消え去り、彼女はうすく目を開いた。そして、一花は、雲の中のような濃い霧に包まれていることに気付いた。
白い霧の中で、あたりを見回したが、1メートル先も見えないような濃い霧だった。
(ここは?お母さまの手紙にあったような白い霧・・・)
一花は、頭上を仰ぎ見た。すると母の手紙にあったように、上の方から光の球がゆっくりと降りてくるのが見えた。それは、一花の頭上数十センチのところまで降りてきて止まった。
そして、光の球から頭に響く声が聞こえた。
「古の契約どおり力を与えよう」
「八咫鏡と日月ノ書をもて、鏡に示される言の葉を唱えれば、禍を討ち払う力を授けよう」
いつのまにか、一花が三面鏡で見つけた本と鏡が、彼女の眼前にふわふわと浮いていた。一花はそれを手に取り、本と鏡を重ねてほのかに光る鏡面を見た。
やはり、見た目には意味のわからない記号のような文字が浮かび上がっていたが、先程と同様に彼女はそれを読むことができた。そして、また唐突に落下感が彼女を襲い、意識が戻ると自分の家の庭に戻っていた。いくつかのやり取りがあったにもかかわらず、全く時間は経過していないようだった。
白髪の男も特に違和感を持った様子もなく、彼が持つ杖から、今まさに青い光球が放たれようとしているところだった。
一花は迷っている場合ではないことを察し、先に鏡に写った言葉を唱えるべく、日月ノ書と八咫鏡を重ね合わせて眼前にかざした。
「国之常立神よ、天地開闢せし始祖の神よ、日月のしろしめす古の契約に従い、その力を授けたまえ」
次の瞬間、一花は白銀の光の渦に包まれた。
光球を放とうとしていた男は、今度は不意を突かれ、杖を持っていた方の腕を、自分の眼前に当てて、光を遮ろうとした。
まばゆい光が消え去ると、そこには先程までと全く雰囲気の異なる彼女が現れた。
まず服装が違っていた。
全体的に巫女のような出で立ちで、上着は紫や赤の薄い着物を幾重か重ね着ていて、さらにその上に金糸銀糸で見事な刺繍が施された透明の羽衣を纏っていた。腰には黒を下地に金と銀で模様が描かれた帯をしており、きらびやかな瑠璃色に彩られた、ゆったりとした袴を穿いていた。それは見る角度によって色調が変化するようだった。額には金色に輝く意匠を凝らした額当て、両耳には金色と白銀色に輝く耳飾り、右耳には金色で日輪のような、左耳には白銀色で三日月のような飾りが、ゆらゆらと揺れていた。右手には今は白銀色に淡く輝いている鏡を持ち、日月ノ書を左脇に抱えるように携えていた。
そして、最も印象を変えていたのは、彼女の髪の色と同じ美しく、人を惹きつける黒い両の眼だった。耳飾りと同じように右は金色に、左は白銀色にそれは変化していた。
彼女は全体に淡い白銀の光に包まれていて、少し宙に浮いていた。
一瞬たじろいだ男は、しかし、いきなり青く光る衝撃波の球を杖から迸らせた。
一花は自らの意識に働きかける何かの意思を感じて、それに従い精神を集中させた。彼女は勢いよく空中に上昇して、鏡を自分の前へ突き出し構えた。
男の初撃は、地面に突き刺さり、爆発して粉塵を舞い上がらせた。
すぐさま次の攻撃が飛んできた。一花は鏡に浮かぶ文字と頭に響く声に導かれるまま早口に小声で唱えた。
「真実と未来を写す八咫鏡よ、日月の神の力を享受し、一火りの盾を成せ」
唱えると同時に、一花は、脇に日月ノ書を抱え、鏡を前へ突き出した。すると鏡は一層その白銀の輝きを増し、その前方に円形のレンズのような光の盾を形作った。
男の攻撃は、それに弾かれ、放たれた方へと倍の速度で返された。
まさかの反撃に男は少々驚いたようであったが、これを難なく避けてやり過ごした。
「ほう、少しはできるか・・・」
男は続けて、第三撃、第四撃と続けざまに光球を放ったが、光の盾はその全てをはじき返した。
「なかなか硬いな。しかし、そうやっておっても、いつまでも耐えきれはせんぞ」
攻撃を受ける度に、盾は少しずつ薄く小さくなっているように見える。
(確かに、彼の言うとおりだわ。このままでは・・・)
一花はもう一度、本と鏡を重ね合わせてみた。するとまた文字が浮かび上がり、彼女はそれを読み上げた。
「真実と未来を写す八咫鏡よ、日月の神の力を享受し、一火りの矢を放て」
すると、鏡を中心に光が弓状に伸びた。彼女は光の弦を引き絞って放った。すると白銀の光の矢が放たれ、彼女の前にある光の盾を避けるように弧を描きながら、男に向かって勢いよく飛んでいった。
男は杖を振って、それを打ち払った。一花はかなりの速さで空中を移動しながら、続けざまに光の矢を放った。
「ふん、その程度か」
男は、今度は杖を両手で持ち杖を横に構えた。男に当たりそうなところまで飛んでいった矢は、その前で突然勢いをなくしバラバラと落ちていった。一花は、それを見て単純な攻撃が有効ではなさそうだと悟り、男の様子を観察するように、だがすぐに矢を射られるように構えたまま動きを止めた。男の方も、少し楽しんでやろうというような表情で、ゆったりと構えたまま動きを止めた。
そして、しばらくの沈黙を破ったのは男の肩にとまっていた大鷹だった。それは一声鳴いたあと、男の耳元で何かを囁いているように見えた。そして男は「そうか。仕方あるまい」と頷き、一花へ向きなおり言った。
「残念だが、これまでにするとしよう。我が名はアガレス、東の公爵とも呼ばれている。覚えておくがいい」
そう言い放つと、アガレスと名乗った男は北の方へ、かなりの速さで飛んでいき、途中から消えたように見えなくなった。
一花は、呆気にとられたが、窮地からとりあえず逃れることができたことに、ほっと息をついた。
そして思い出したように辺りを見回した。
見下ろすと、最初に見たのとおそらく同じ場所に、青年がこちらを見上げて立っていた。青年はただ、その場でその一部始終を見ていただけであったようだった。
一花は庭へ降り立った。すると彼女の衣装も見た目も、すっと元に戻った。「あれ?」と一花は言い、自分の服装がさっきのとおりかどうかを確認するように、腕を上げたり、スカートをつまんだりしていたが、すぐに意識を青年へと向けた。一花は、どうしてよいかわからなかったが、さっきのアガレスと名乗った白髪の男のように、彼がいきなり攻撃したりはしてこなさそうであり、最初はその男の仲間かと思っていたが、そういうわけでもなさそうだと踏んで声を掛けた。
「あなたは、誰?」
「俺は、天野、天野諒、天津甕星あるいは天津神、禍津日神とも言われるらしいが、その器だ。お前は覚えていないかもしれないが、十年前に一度会っている」
そう彼は名乗った。一花が感じていたとおり、彼は過去の映像で見たあの少年の成長した姿だった。
彼は、かなり背が高く180センチ前後はあるように見えた。彼女の身長は女性の平均よりやや高め程度であるが、かなり見上げるような格好だ。髪は多少長めで黒く、無造作に流している。整った顔立ちで体型も良いので、モデルか俳優だと言われても信じるだろうというような美男であった。しかし、最も特徴的なのは、彼の瞳で、縁なしの眼鏡の奥に灰色がかったように見える黒目の眼球が、少し吊り目気味の瞼に収まり、鋭い眼光を放っていて、その所為で人を寄せ付けない雰囲気を彼は纏っていた。
一花は彼を注意深く観察しながら次の言葉を待ったが、彼が何も話そうとしない様子なので尋ねた。
「さっきの人の仲間ではないの?」
「まさか」
天野諒と名乗った青年は一言そう答えた。
「あの、これはいったいどういうことなの?」
「お前の神は、何も教えてくれなかったのか?」
彼が尋ね返してきた問いに、一花は思い出すように少し宙に目を泳がせた後、用心深く答えた。
「神って、『くにのたちとこのかみ』のこと?それなら、特に何も聞いてない・・・と思う」
諒は一花に言うでもなく、独り言のように呟いた。
「そうか、お前は始祖の神の器か。しかし、やはり手掛かりなしか」
彼は少し残念そうな表情を見せた。
「実は俺も持っている情報はそれほど多いという訳でもないが、お前よりは多そうだ。時間はあるか?少し話そう」
彼はそう言い、彼女の返答を待った。
一花は少し迷った様子をしたが、意を決したように口元を引き締め、胸元の紅玉に右手を当て、左手で家を示して言った。
「よかったら中へどうぞ」
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