第22話

翌日、出勤してきた私の目の前に早々と立ちはだかったのは、芹奈さんだった。


「明穂ちゃんの、PP向上プログラムを作ってみたの」


「は?」


「たけるに送信しておくわね」


芹奈さんの指がパソコンのキーボードに触れる。


たけるの目が、黒から赤に変わった。


「ちょっと待ってください!」


慌ててたけるを持ちあげた。


「ただいま更新データを受信中です。電源を切らないでください」


「強制終了!」


たけるの赤い目が、カチカチと瞬いたかと思うと、ゆっくりと黒に変わった。


「あら、たけるって、そんな簡単にバックアップとれるの?」


「復元ポイントは、こまめに作ってますから!」


「まぁ、動作モードをゲーム設定からダウンロードしてた以外は、ほぼ初期設定通りで使ってたからね」


芹奈さんのこのセリフは、たけるの中身を勝手に見たってことなのか?


「見たんですか? たけるのなか!」


「見たっていうか、こないだ、たけるのアップデートがうまくいかないって、大騒ぎしてたじゃない」


あぁ、そうだった。


その時助けてくれたのが、芹奈さんだった。


「私は私なりの方法で、PPを回復させるから大丈夫です!!」


昨日の芹奈さんとの話しで、ちょっと落ち込んでた。


PP1689。


1800の会終了直後にしては、下降幅がいつもより大きい。


「回復って、回復どころか、しっかり落ちてるじゃない」


芹奈さんの指摘は容赦ない。


「PP局に在籍していながら、PPの自己管理が不安定だなんて、ありえないわ」


私はたけるを自分のパソコンにリンクさせる。


いっとくけど、たけるのバックアップデータは、常にきっちりしっかりはっきりその都度更新されるよう、バッチリガッツリムチッと設定済みなのだ。


「私が昨日、一晩かけて考えたプログラムに従えば、あなたも2000越え……、は、無理でも、1800ぐらいの維持は、簡単にできるわよ」


芹奈さんがささやく。


PP2000越え、全人口における上位10%以上の人格に与えられる称号。


「ぴ、PPによる差別は、許されないですよ」


「でも、現実として、PPによる評価は一般的に行われているし、広く利用されているわ。ここはその公平性と正確さを保つための施設なのよ」


芹奈さんは、呆れたように私を見下ろす。


「その職員であるあなたが、そんなことを言っちゃダメ」


「あぁ、そうですね、すいませんでした。だけど、私のことは放っておいて下さい!」


芹奈さんは、じっと私を見下ろす。


その顔は美しいままの無表情で、なんの感情も読み取れない。


ガタリと何かが大きく動く音が聞こえた。


振り返ると、七海ちゃんがその本性を隠すことなく、むき出しのままの、恐ろしい顔で立ち上がっていた。


「そのプログラム、私も受けます」


彼女は芹奈さんに詰めよる。


「私じゃダメですか!」


「そりゃまぁ、いいけど」


七海ちゃんの目が、ギッラギラに燃えている。


「あたし専用のプログラムに、作り替えてもらっても全然結構なんですけど!」


「い、いいわよ、分かったわ」


あの芹奈さんが、七海ちゃんの勢いに押されている。


「じゃ、二人にあったプログラムに作り替えましょう。一緒に頑張る仲間がいた方が、効率的だわ」


「はい!!」


気合いの入りまくった七海ちゃんのせいで、勝手に私まで巻き込まれてる。


「さくらさんは、どうする?」


「私は……、大丈夫です」


さくらはそう言って、にんまりと微笑んだ。


さくらのPPは、平均して1800から1900代。


2000にいくことはあんまりないけど、落ちることも、そう言えばそんなにないな。


「じゃ、明日には七海ちゃんと明穂ちゃん用に、作り替えてくるわね」


こうして私の意志は完全に忘れさられ、芹奈さんの思惑通りに事が運ぶ事になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る