第21話

街の灯りがキラキラと輝いて、そこを通り過ぎてゆく人たちは、確かな足取りでどこかへ向かい歩いていて、私なんかよりも、もっとずっと大事な何かを、抱え考えながら生きてるんだろうなと、そう思った。


「PPって、なんだろうね」


「単なる数字ですよ」


市山くんと並んで歩く、人混みのど真ん中。


私もこの中では、単なる一人の人間なんだろうな。


みんなと同じように、変わらないように見えるんだろうな。


本当はまったく違う、ダメ人間なんだけど。


ふと見ると、行き交う人混みの中に見覚えのあるコートの裾が翻る。


繁華街の交差点に立って、ティッシュを配っていたのは、横田さんだった。


「え……、あれって、横田さんだよね」


「本当だ、なにやってんだろ」


横田さんは、着古した薄手のコートを羽織り、街ゆく人たちにティッシュを配っていた。


何かの広告入りのポケットティッシュみたいだけど、差し出されるそれを受け取ってくれる人の数は、多くはない。


自分という存在を無視して、ただただ通り過ぎてゆくだけの人々に向かい、彼は柔らかく白いティッシュの束を、無心に差し出し続ける。


「横田さん、なにやってるんですか」


声をかけた私に、彼は全く表情を崩すことなく答えるた。


「ティッシュ配りだ」


「……え?」


彼は深く息を吐き出す。


「人は、時にはこうやって、無心にティッシュを配りたくなる時があるだろ」


彼の指先に挟まれたティッシュは、その華麗な手首のスナップによって、夜の街に踊り踊る花びらのようだ。


「俺はこのティッシュ配りのノルマを達成するまで、帰れない。もし明日職場に現れなかったら、まだティッシュを配っていると思ってくれ」


その立ち居振る舞いは、完璧なプロだ。


「あの、これから市山くんとご飯を食べに行くんですけど、一緒にどうですか?」


「聞こえなかったのか。俺はあのティッシュを全て配り終わるまで帰れない」


横田さんの視線の先には、路上に積まれた段ボール箱が二箱あった。


この人は、何の目的でこんなことをしているんだろう。


全くの謎だ。


「邪魔だ。どけ」


「あの、手伝いましょうか?」


おずおずとそう言った市山くんに、彼は鋭いにらみを効かせて黙らせると、夕闇の虚空に向かって手を伸ばし続ける。


その姿には、一種の神々しささえ感じられた。


それ以上、横田さんから何らかの反応を返してもらうことは、私たちにはもう不可能のように見えた。


「明穂さん、行きましょっか」


「うん」


雑踏に溶け込む横山さんの背中を見ながら、私たちはそっとその場を離れる。


黙々と己の目標に向かって突き進むその彼に、スーツ姿のあごひげをたたえた老紳士が近寄り、何かを話しかけた。


いつくか短い言葉を交わした後で、彼らは一緒にティッシュを配り始める。


「何なんですかね、あれは」


「さぁ」


私から見れば、異様な光景だ。


だけど、彼のことを知らない人間からみれば、なんてことのない風景なんだろうな。


市山くんは、ティッシュを配り続ける二人にカメラを向ける。


出てきた数値は2130と2218。


「……好き、なんだよね、アレが」


「虚無僧感覚ってやつなんですかね」


「やりたくて、やってるってことなんだよね」


「まぁ、そうとしか言いようが……」


「だったら、いっか」


「そうですよね」


今の横田さんは、とても生き生きとしていて、見るからに楽しそうだ。


「ご飯、行こっか」


「はい」


私と市山くんは歩き始めた。


夜の雑踏には、その見た目だけでは判断しようのない、様々な人たちであふれている。

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