第23話

そんな彼女の宣言通り、翌日に完成されたプログラムは、凡人には理解不能な内容で溢れていた。


「毎朝7時に起きて、窓を開け朝日を浴びる」


「玄関を出るときは右足から、自動運転の車に乗ったら中で最初に一礼すること」


「期間中、梅干しと沢庵を同時に食べてはいけない」


「靴下は必ず右から履き……」


「うがいは一日3回以上……」


他にも全15項目。


意味の分からない、おまじないのような文章が並んでいる。


その指示書をスマホで読み上げながら、私と七海ちゃんは言葉を失い、フリーズしてしまった。


「ホント苦労したんだから。二人がいっぺんに切磋琢磨できるよう指示書つくるの」


当の芹奈さんは自信満々で、得意げに長い髪をはらりとなびかせる。


「こんなの、PPの数値回復のために、意味なんてあるわけないじゃないですか!」


思わず口走ってしまう。


私には下らなさすぎて、ついていけない。


しかも芹奈さんに、PPを上げたいと私から頼んだ覚えもないし。


「あら、どうしてそんなことが言えるの?」


「だって!」


PPを効率的に上げるにはコツがある。


それを芹奈さんは少し前に実践してみせてくれた。


PPの計算のための各項目に該当するデータを、重点的に操作すればよかったはずだ。


それがチートっぽくて嫌なら、1800の会のために私と市山くんが行ったような、理想的健康生活管理棟、ハイジアで、基礎的な体力、運動能力をあげ、地道に読書や研修で、知識を深めていくしかない。


そんな真っ当な方法ですらぶっとばして、こんな詐欺まがいのインチキ臭いやり方なんて、誰が信じられるかっていうの!


「だって、なに?」


今日の彼女は、とても高圧的なうえに恐ろしい。


「私は、私なりにあなたのことを考えて作ったのよ。あなたにしてみれば、余計なお世話かもしれないけど、私には、私なりに、あなたのために尽くしたい理由があるのよ」


「なんですか? それって」


芹奈さんの指が、たけるを指差した。


「コレ、恥ずかしいからやめて」


「たけるは関係ありません! 気に入ってるんですから、放っておいて下さい!」


ここに来てすぐの芹奈さんには、私とたけるの絆なんてわかりっこない。


私は、ちらりと芹奈さんから渡されたPPアップのためのリストを見た。


言いたいことは色々ある。


色々あるけど、もしこれを本当に芹奈さんが実行しているのなら、反論できる余地はない。


「芹奈さんは、ご自分でもこれをやられてるんですか」


「いいえ」


芹奈さんは、いつだって自信満々だ。


「だって、これはあなたと七海ちゃん用だもの」


なんだそれ。


ますますやる気をなくす。


だまり込んだ私に、芹奈さんの視線が刺さる。


「だってこんな変な内容、おかしいわよね。さくらもそう思うでしょ?」


突然ふられたさくらは、びっくりして顔をあげた。


自分では反論できないから、ここは中立的立場のさくらに頼るしかない。


「え、わたし?」


「ね、そう思わない?」


「えーっと、よく見てないから、私には何とも……」


芹奈さんと同じ、この部署では貴重な2000越えの横田さんにも詰めよる。


「ねぇ、横田さんだって、こんなことで……」


「俺に話しかけるな」


さっきまでおろおろと不安そうに成り行きを見守りつつ、こっちをちらちら心配そうに盗み見ていたはずの横田さんは、くるりと背を向けて不自然なまでにパソコン画面にかじりついた。


とっさに振り返って見つけた市山くんは、さっと横田さんに駆け寄り、仕事っぽい話しをしてるフリだ。


コイツら、逃げたな。


「だって、明穂ちゃんは正当な方法でやっても、すぐにPPを落とすんですもの。一時的には上がってもすぐに落ちるPPなんて、上げる意味がないわ」


芹奈さんのご高説は、いちいちごもっとも。


「だとしたら、普通のやり方ではダメってことなのよ。今までにやったことのない方法でチャレンジしてみないことには、恒常的なPPの維持にはならないってこと。分かる?」


バックアップデータ更新中で、動けないたけるを強く抱きしめる。


こういう時に反論するセリフを、AIもちゃんと学習してくれたらいいのに!


「とにかく、これでしばらくやってみましょうよ。PPの回復が見られないようなら、また方法を考えるわ」


じっとスマホの画面を凝視していた七海ちゃんが、低い声をうならせる。


「あの、毎朝7時に朝日を浴びるって書いてありますけど……」


「えぇ、そうね」


「雨の日とか、曇りの場合はどうすればいいんですか?」


「カーテンを開けて、窓越しに空を見上げるだけでいいわ」


「分かりました」


とにかく、七海ちゃんの気合いだけは凄かった。

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