第16話

その日の局長は、いつにもましておろおろとしていた。


「どうしよう。うちの局でも、そんなふうになっちゃうのかな」


悪天候による天気の急変で、雷の直撃を受けたという別の拠点のPP局が機能不全を起こし、社会に混乱が生じたというニュースで、朝から日本中がわいていた。


この小さなおじさまは、いつものようにおろおろと続ける。


「雷なんて、そんなのおかしいと思わない? 実はサイバーテロを受けてダウンしたのを雷のせいにして隠蔽してるって、ネットではすごい噂になってるし。それって本当なのかな」


「局長がそんなこと言って、どうするんですか」


昨日飲み過ぎたせいで、ちょっと頭が痛い。


少し時間を遅らせて出勤した私は、この問題で局長にまだ絡まれていない、局内最後の人間だったらしい。


「だけど、怖いよね。もしうちの設備が機能ダウンして、演算速度に支障がでたら……」


「まぁ、各所のサーバーが補完しあってますからね。まずそういうことはありえませんけどね」


「ありえないことを想定して行動するのが、危機管理なんだよ」


局長の心配性はいつものことだけど、最近は特に酷いような気がする。


勝手に一人でただ心配しているだけならいいんだけど、回りに絡むのだけはやめてほしい。


「そうならないように、局長が上にかけあって、さらなる設備増強を提案して下さい!」


「あっ、そうか! なるほどさすがだね保坂くん!」


かわいい所長の顔が、一気にまたかわいくなった。


「早速、事務の手続きを検討してみるよ、ありがとう!」


軽快な小走りで走り去る局長の背中は、微笑ましくもあるけれども、ちょっぴり呆れてる。


「明穂ちゃん、お茶いれたんだけど、どうかしら?」


受付ロビーからようやく抜け出してフロアに入ってきた私に、芹奈さんは湯飲みを持ってきてくれた。


抽出された濃縮エキスをお湯で溶いたんじゃない、本物の高級茶葉から入れたほうじ茶だ。


「あぁ、いい香り! こういうの、たまに飲むと本当にほっとしますよね」


「そうね、私も疲れてる時なんかに、時々飲むの」


白くて柔らかそうな手は、ちょっと失礼だけど、お母さんの手みたいだ。


出勤時のPPを見て、昨晩飲み過ぎた私の体調を気づかっていれてくれたのかな。


私だって、彼女のその魅力と気遣いに完全にやられてる。


ノックアウト。


「芹奈さんみたいなお嫁さんが欲しいですぅ~」


私の発言に、みんなが笑った。


それでなんで、横田さんだけ顔が赤いんだ。


「何を言ってるんだ、お前は!」


「横田さんにはもったいないって、言ってるんです」


「職場の人間関係を、プライベートに持ち込むな」


「職場恋愛は、禁止されていませんよ」


横田さんはさらにもう一段階、ゆで加減を上げてぷりぷりと怒りながらパソコンに向かった。


芹奈さんはくすっと笑って、あっという間に覚えた仕事を淡々とこなしている。


芹奈さんはさりげなくゆでだこ横田に何かを話しかけ、彼はそれに応じているうちに、冷静さを取り戻す。


「リーダーが入れ替わる日も近いかもね。鉄仮面より、芹奈さんの方がやりやすいだろうし」


私はさくらに言った。


お昼休み、社員食堂から運ばれてきたランチボックスを広げながら、私はなんとなくそう言ってみただけだった。


横田さんはまた気の抜けたソーダ水みたいになって、ぼんやりとただ外を見ている。


あの人、いつお昼食べてるんだろ。


「まぁ、最近の横田さんはふぬけ気味だし、もしかしたら、そろそろ異動の時期なのかもね」


「横田さんが?」


「前の職場には、いつでも帰ってこいって言われてるらしいよ」


「もしかして、そのことで悩んでるのかな?」


さくらは、さぁね、というように、肩をすくめた。

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