第14話
テーブルに座ると、マジシャンがやってきてマジックを始めた。
滑らかなテーブルクロスの上に、スラリと並べられるトランプ。
そのカードが現れては消え、裏返されるたびに入れ替わる数字に、この会場へ乗り込んだ緊張すら、すっかりと抜き取られてしまった。
ホスト役のマジシャンが、同席していた他の参加者たちとの交流をさりげなく促し、彼が去っていった後には後から来たグループも加わって、テーブル同士の会話が弾んでいた。
白地の背景に黒字で書かれた名前と年齢、その横には、相性を示す十二色環のカラーが、同色系で並んでいる。
貴重な時間を無駄に過ごさないための時間。
こういう雰囲気の好きな人間同士がここに集められている。
派手に騒ぎたい人たちには、そういう人たちに合わせたパーティーが用意されていた。
場違いな空間にやって来て、恥をかくことも、気まずい思いをすることもない。
タイミングを見計らってトイレへ抜けだし、会場に戻ってきた。
ふと見ると華やかなイルミネーションの隅っこで、グラスを片手に一人で外を見下ろす、見慣れたスーツ姿がある。
「こんなところで、なにやってるんですか」
「あぁ、君か」
横田さんは、いつものこの人からは想像出来ないほど、ぼーっとした顔をこちらに向けた。
「市山くんと二人きりでずっといちゃついて食いあさっていたわりには、うまく他の参加者となじんだな」
見られてたのか。いやらしい。
「横田さんは、ここになじまないんですか?」
2000ポイント越えを引っさげて会場の真ん中に立てば、あっという間に彼の周囲を取り囲む人垣が出来ることは間違いないのに。
「俺はここで、ぼんやりしてるのが好きなんだ」
等間隔に並んだ植木鉢の若木の間で、この人の立つ位置だけが、配置を間違えた木立のようだった。
「枯れてますよ」
思いつく限りの精一杯の悪口をかけてみる。
考えてみれば、この人と職場以外の場所で、仕事以外の話しをするのは初めてのような気がする。
細身で長身のこの人は、グラスを片手に夜の通りを見下ろすガラス板にもたれていた。
「人類の義務なんでしょ?」
「だからって、結婚を強要しているわけではないって、何番煎じの話しをここでするつもりだ」
「いいえ。いつも力説してるわりには、ご自分では動かないんだなーと思って」
今の横田さんは、蓋を開けたままうっかり三日間放置してしまった、炭酸飲料みたいだ。
この人にとっても、ここに来るのはリハビリの一環なのかもしれない。
「平和と安全が約束された今、人類の目標は、存続と文明の維持になった。我々は、初めて地球外知的生命体と出会う存在となる。そのためには、子孫を残すことが重要だ」
「だけど、それは個人の幸福に基づいたものでなくてはならない」
「今や人類の最大の敵は、孤独と飽きだ」
もはや自らの周囲に枯山水オーラを発している横田さんに、そんなことを言われてもなにも怖くない。
これがこんな華やかでプライベートな場所ではなく職場で始まったのなら、小一時間の説教は覚悟しないといけなかったけど。
「あの、横田さん。今のPP、絶対2000落ちしてますよ」
「君もこんなことろで油売ってないで、さっさと知見を増やしてきなさい。同じ職場の人間同士は、相性が合うように選出された人間で同士で構成されている。気が合うのは、当たり前なんだよ」
私の色はオレンジ。
横田さんのは、緑といったところかな?
十二色環の隣り合う色同士なら最も相性がよく、色調が離れるに従って、共通部分が減少し相性が落ちていく。
だけど逆に、対角をなす色、私の場合なら、オレンジの対極にある青の色なら、相性50%にまで回復する。
何もかも違う人間同士の方が、逆にうまくいくっていうパターンだ。
「人間関係が固定されてしまうと、外的志向性の低下でPPも落ちるぞ。『飽き』の最も注意すべき、反社会思想に陥りやすい危険な状態だ」
「もし私がそうなったら、横田さんが注意してくださいね」
酔っているわけでもないだろうに、半分しか開いてない彼の目は、私を見下ろした。
「君は大丈夫だよ」
あっちへ行けと言う代わりに、手の甲を向けてひらひらと振った。
中途半端な位置の色環同士は、最も相性が低く20%前後。
私と横田さんのことだ。
「は~い、楽しんできまーす」
私は今、二十四歳。
自分が結婚している状態なんて今は考えられないけど、どれだけ医療技術が発達しようとも、女性が安全に妊娠、出産できる年齢が、三十五歳までという生物としての運命からは逃れられない。
もし、私にも子供ができたなら……。
古い記憶がよみがえる。
あの時のあの人の気持ちも、今よりもっと、理解できるのかもしれないな。
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