第11話

私は保身のためにタブレットは外に出したまま、たけるをぎゅっと抱きしめた。


「あれ? ここにはPP上げに来たんでしょ? 初対面の人間と円滑なコミュニケーションをとって交流係数増やすのも、PPアップの大事な要素って、知ってるよね?」


「もちろん、知ってます……」


全身が、凍ったように動かなくなる。


神経の末端が冷え切って、触感をもはや感じない。


舌の先が、異常に乾く。


「あー、人見知りするタイプだったかな?」


彼は困ったような素振りを見せた。


嘘つき、本当は困ってるんじゃなくて、私の態度に怒ってるくせに。


一般向けのアプリでは、フレンド登録でもないかぎり、彼の感情の起伏までは教えてくれない。


私はたけるを強く抱きしめることで、めまいと吐き気と、遠のいていく意識を何とか繋ぎ止めている。


「明穂さん!」


市山くんが、ようやく現れた。


「すみません、彼女がなにか、ご迷惑をおかけしましたか?」


「いえ、そんなことはないですよ」


市山くんの確かなPPに裏付けられた、コミュニケーション能力にウソやゴマカシはない。


本物だ。


とっさに出てくるそのセリフは、うまく相手に引き上げてもらうためのもの。


「すいませんでした。くつろいでいらしたところを、お邪魔してしまったようで」


「いえ、こちらこそ、お邪魔しました。ゴメンね、明穂ちゃん」


勝手に下の名前を呼んだその彼は、だけど素直に立ち上がって去って行く。


よかった。


ギリギリで間に合ってくれた。


もう少し市山くんが来てくれるのが遅かったら、私は息が出来なくなっていたかもしれない。


市山くんがその人の座っていた目の前の席に座って、息を一つ吐き出す。


私は急速に自分の体温を取り戻して、全身から汗が吹き出した。


市山くんなら間違いなく、あの人がずっとここに居座ったとしても、うまく助けてくれただろう。


「見て、凄い手汗かいちゃった」


「だから、一緒にやれるようにしようって言ったのに」


「それはそれで、なんか嫌なの!」


AIに急かされながら、必死の形相でふんばってる姿なんて、あんまり他人には見られたくない。


「たけるが苦しそうだよ」


そう言われて、私はようやくきつく抱きしめていた腕を緩めた。


「完全プライベートの施設もあったのに」


「でも、そういうところだと、知らないところだから、あんまり知らないところには、行きたくないし……」


「ま、僕に関しては、最初っからその男性恐怖症が発症しなかったのは、うれしかったけどね」


にこっと笑って、ウインクをしてみせるアイドル並の愛嬌と、白い肌に中性的な顔立ち、ぱっと気を利かせて話題を切り替える能力は、私にとってなによりもありがたい存在だった。


同じ職場に配属される人間同士のマッチング精度には、本当に感謝している。

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