第10話
予定されていた運動プログラムが終了して、休憩のためのスペースに入る。
まだ少し荒い息を整えながら、空いていた椅子を見つけて、そこに座った。
柔らかな光が差し込むゆったりとしたスペースには、たくさんの利用者がのんびりとくつろいでいた。
アシスタントロボットが、近づいてくる。
「お飲み物を用意しました」
「私の荷物から、AI執事を連れてきて」
「かしこまりました」
トレーから飲み物を受け取ると、ロボットは静かに滑り出す。
すぐにピンクうさぎのたけるを連れてきてくれた。
私はほっとして、たけるを抱きしめる。
一人が怖い。
知らない人がたくさんいるところと、慣れない場所は苦手。
たけるがいてくれれば、それだけで少し安心できる。
一呼吸して落ち着いてから、それからやっと、出された飲み物に口をつけた。
「こんにちは」
目の前に、突然男の人が現れた。
知らない人。
ここの利用者だ。
たけるのAI管理機能を、すぐにマックス最大限作動させる。
「たける、ちゃんと起きて」
それがたけるへの私からの救援モードへの切り替え合図。
「そうだね明穂、僕はもう大丈夫だよ、ちゃんと生きてるよ」
「それが君専用のタブレット?」
その人はにっこりと笑って、勝手に私の前の席に座った。
「かわいいね、ピンクのうさぎのぬいぐるみ」
施設の貸し出しウェアを着ている。
歳は同じくらい。
ここは職場じゃないから、いつものように、詳細なPPを勝手に盗み見することができない。
「名前は?」
そう言って、彼はスマホを取り出した。
私の方にカメラを向けると、相手には私の情報が瞬時に伝わる。
「明穂ちゃんか、PP1630ね、俺のも同じくらいだよ」
彼はそう言って、今度は自分のプロフィール画面を見せてくれようとしたけど、私はたけるの背中のファスナーから専用タブレットを取り出して、彼の情報を見た。
自分で詳細な分析画面をカスタマイズしたタブレットだ。
竹島尚人、二十七歳、独身男性、PP1215。
ごくごく一般的かつ基礎的な公開情報。
これ以上の内容は、お互いにフレンド登録しないと公開の範囲が広がらない。
私とのマッチング結果、相性56%。
「すいません、私、相性70%以上の人としか、話さないようにしているので」
「そうなの? 俺は、50%以上の相手が近くにいたら、通知が来るようにしてるんだ」
にこにこしてるけど、PPが同じくらいというのも嘘だし、相性50%以上で通知が来るというのも嘘。
なぜなら、私の方が70%以上の人間以外は、アクセスブロックしているからだ。
「チートツールですか?」
「違うよ、それって違法だろ? 俺はそんな悪いことしてないし、もしそうだとしても、こんなところで堂々と言えるわけないだろ、そんなこと」
こういう人間には、なんて言ったらいいのか分からない。
適当に見かけの好みだけで話しかけてくるタイプだ。
PPの存在なんて、完全無視。
どれだけPPが進化しても、生身の人間の、個人の口から発する言葉までは制御できない。
つまり、『嘘』はいくらでもつけるのだ。
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