第2話

  僕はアパート近くの家の塀のかげから、二人をそっと窺った。

 トシオと彼女は、しばらく何か言いあっていたが、彼女はすぐに家へと帰っていった。

 どうやら、トシオの家は彼女にとっての、ちょっとした避難場所だったらしい。






「奥さんもね…たまに顔に痣をつくってたり…」


 他の誰かが、またカメラに向かって話している。

 そうだ…。

 僕も見た事がある。

 近所の誰かに「どうしたの?」と聞かれて、「ちょっとぶつけて…」とか適当な事を言ってたっけ。


「こんな事になるなんて…信じられないわ」

「すみません。あまり話した事はなくって……」

「強盗なんですか? 恐いわぁ」


 みんな勝手な事ばかり言ってるな~。

 僕は人垣からそっと警察の人を見て、声を掛けた。




「僕、犯人知ってるよ」




 だけど、僕のようなガキには耳なんかかしてくれない。警察は邪魔そうに僕を払い除けると、さっさと行ってしまった。

 僕は犯人を知ってるんだ。

 だって……僕はずっと見ていたんだから。










 あの日もあの二人は喧嘩をしていた。

 ちょうどあの家の前を通った時に、母親らしき女の悲痛な叫びが切れ切れに聞こえて来た。


「…何が不満だってのよ!」

「ああ、煩い! 煩い!!」


 ああまたか。

 そんな気持ちで、ちらりと裏口を見る。いつもあそこから、彼女が飛び出して来るはずだった。

 ところが、出て来たのは彼女ではなかった。

 見覚えのある短い髪…、鼻に光るピアス……トシオだ。



 トシオは暗がりでもはっきりと見て取れるほど、蒼ざめていた。僕はすごく視力がいいんだ。そしてその後から、彼女が顔を出して、トシオに早く去るように急かしていた。

 トシオが去った後、娘がいきなりこっちを向いた。



 見つかってしまった……!



 僕はあまりの事に硬直して、その場から逃げる事が出来ずにいた。

 たぶん数秒だろう。僕を見たはずなのに、彼女は何も言わずにそのまま家へと入って行った。

 何だかいけないものでも見てしまったような気がする。

 しかしふと気が付くと、いつの間にか、あの喧嘩の声が聞こえなくなっていた。



 何だか気になった僕は、家の塀によじ登り、こっそりと窓の中を覗き見た。

 部屋の中は薄暗い。小さな豆電球だけが光っている。その中にはさっきの彼女。そしてその足元には、横たわる二人の人間。

 彼女はそこにしゃがみ込むと、何かをしていたが、すぐに電気を消して消えた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る