第15話 片桐くんの結婚式

(咲子 25歳)


今日は、片桐君とマリコの結婚式だ。

マリコの親友だった私は、2人の挙式、披露宴とお呼ばれすることになった。


本当は、二次会も誘われてたけど。「用事があるから」と言って断った。


勿論、用事なんてデタラメだ。


正直、貴方達の結婚式に朝から晩まで付き合わされるなんて御免だった。


結婚式の招待状をもらった時、正直複雑な心境だった。


欠席に○しようか・・。


でも、マリコとは小学校の頃からずっと幼馴染で仲良しだし。行かない訳にもいかないし・・。


最近、奮発して購入した一眼レフは。

決して貴方達の為に買った訳じゃない。


自分への頑張ったご褒美に買おうと思ったし。

彼氏が出来たら、この写真で沢山撮ろうって心に決めて購入したカメラだった。


そのタイミングが、たまたま片桐君とマリコの結婚式に被っただけだった。


チャペルに、白いタキシード姿の片桐君が登場する。


一同、どよめきが起きる。

相変わらず、八頭身のスタイルと端正な顔。


片桐君は、流石学生時代にファンクラブを抱えていたイケメンだけあって、タキシードがよく似合っていた。


五年前のあの時。


もし、私が月野マリアの言う通り、片桐君を追いかけていたなら?


未来は変わっていただろうか・・?


バージンロードを歩くのは、マリコではなく私だったのだろうか・・。


気がつけば、涙が溢れて止まらなくなった。

必死にガチャガチャと一眼レフを組み立てる。

しかし、慣れないせいか上手く組み立てられない。


この光景を見て、クスクス笑っていた隣の男が「貸して。僕が組み立てますよ。」と、言ってくれた。


「あ、ありがとうございます・・。」


こんな事なら、カメラの使い方位勉強して挙式に臨むんだった・・。


説明書読むのが苦手だったし、その場にいけば何とかなるだろうと思っていた私が甘かった。


ふと、隣の男をよく見ると。

何処かで見覚えのある顔だった。


「あれ・・塚本君?同じ中学の・・。」


と、私が言うと男はニコッと笑った。


「咲子ちゃん、久しぶりだね。

僕の事覚えていてくれてたんだ。」


忘れもしない、塚本君。


だって、マリコが片桐君に


「咲子は、塚本君の事が好きなんだって」


と彼女の嘘の為に利用された張本人だったから・・。


あの時、一瞬でも何の罪もない塚本君を憎んでしまった私がいた。


「すみません・・。ありがとうございます・・。」


と私が言うと、


「いや、いいよ。それにしても咲子ちゃんは優しいね。親友の喜びの為に、こんなに泣いてくれるなんて。」


と塚本君は言った。


塚本君。違う。違うの。

これは・・。


と思っていると、


やがて、賛美歌の合唱が始まり大きな扉から大きなベールに包まれた花嫁が登場する。


マリコは、結婚が決まってから一年コースのウエディングエステに通い、体型もかなりスリムになっていた。


全身脱毛にも通い、この日の為にとても頑張っていた。


女子会で、マリコはいつもその話を嬉しそうにしてきた。


「なんかもうさぁー。結婚式って憂鬱だよねぇー。色々決めないと行けないこと沢山あるしぃー。早く終わってくんないかなぁー。」


と、ニコニコして話すマリコを見るたびイライラした。


それでも、指輪交換と誓いのキスを交わしたマリコは聖女のように美しかった。


人は、少しのタイミングで幸せを勝ち取り。

少しのタイミングのズレで何も掴めなくなる。


私は、片桐君と離れてからもずっと彼氏すら出来なかった。


月野マリアと別れてからも、ゴーストライターの仕事を続けていたが・・。


案の状、仕事の評価が一気にガタ落ちしたのだ。


月野の力がなければ、結局面白いストーリーが作れなかったのだ。


このままではいけない。


面白いストーリーを作る為には、経験値が必要だった。当時は、完全なる無記名で作成した小説「処女の憂鬱」を連載もしていたが、やはりいつまでも処女のままでは小説に書ける世界観がどうしても狭まってしまう。何とか、経験値を上げなければ・・・。


私は、その後OLとして就職する事になった。物書きの仕事が減ったという理由だった。


社会人になると、出会いなど殆ど無くなってゆく。


本当は、もっと沢山恋愛経験値を増やしたかったのに・・。


何度も、友人に誘われれば飲み会へ行きパーティーにも積極的に参加した。


だけど、想う人には好かれず。

想わない人からばかり追いかけられた。


処女の私は、「最初は、やはり愛する人と」という拘りがあって捨てる事が出来なかったのだ。


やがて、この葛藤をそのまま素直にストーリーをして組み立てて小説を作る事にした。


私の書いた「処女、官能小説家になる」は100万部のベストセラーとなった。


「月野マリア、復活作!」として、メディアはこぞって話題にした。


しかし、私にとって。

この作品は、本当の意味でのデビュー作だったのだ。


気がつけば、仕事で夢中になったまま25歳になってしまった。


その間に、ヨリを戻した片桐君とマリコの結婚が決まってしまった。


今日は、片桐君の結婚式。


私の目に溜まった涙を誤魔化す為に、私は必死でカメラのシャッターを押し続けるが、レンズ後しの二人は涙で霞んでボヤけたままだった。


「さあ!独身の女子の皆さん!チャンスですよー!今から、花嫁のブーケトスが始まります!ブーケが欲しい方は、前に来てくださぁーい!」


司会のアナウンスにより、女達がキャッキャッ言いながら新郎新婦の近くに行く。


「えー、百合子が行きなよーっ!」

「やだぁー、恥ずかしいからここでキャッチするーっ!」


と、はしゃぐ女子達を尻目に私は隅っこの方でポツンと立っていた。

嫌だ。こんな二人のブーケなんか欲しくない。ブーケをゲットしたら、もれなく片桐君とマリコとの三人での記念撮影が待っている。


ふと、五年前に強引に片桐君にキスを迫った事を思い出す。思わず、興奮して舌まで入れてしまった私。


躊躇したものの私の舌をひと時でも受け入れ自らの舌で何度か絡めるようにクチュクチュと動かした片桐君。


あの時の、唇の感触と温もりがまだ残ってる。柔らかくて、あったかくて。気持ちよくて。

もっともっと、貴方の中に入れ続けていたいと思った。だけど、貴方は何度か舌を受け入れた癖に突き放したのだ。「何やってんだよ!」って。


あの時の貴方の複雑な表情、ずっと忘れられなかった。

そして、そんな苦しい顔をした貴方を見て私はさらに辛かったんだ。


貴方は、私の事が好きだって聞いたのに。私は、貴方の事が好きだったのに。

何で、お互いに好きなのに。どうして、こんなに私を拒んだの?


どうして、どうして・・。


あの時、貴方が躊躇しようがしまいがもっと押し倒して「好きなの!」って、強く言ってたならば。この運命は、変わってたのかな・・。


新郎の片桐君は、挙式からずっと私の目を見ようともしなかった。

ニコニコと、とびきりの笑顔で幸せそうに手を振る片桐君・・。


「人の幸せを素直に喜べるようになれたら、本当の幸せが来るんだよ。」と、マリコはいつも言っていた。


しかし、そんなのただの綺麗事だ。

自分自身が幸せにならないと、心に余裕なんて出来やしない。

ただでさえ、横から好きな男を奪われた上に親友と片思いの男にずっと嘘をつかれていたのだ。一体、どうやって貴方達の幸せを祝えというのか。


マリコは、時折私の顔を見てニコッと作り笑いを浮かべる。


マリコは、小学校の頃からずっと幼馴染だった。というか、私に他に友達がいなかったのだ。

本当はいつも人の悪口ばかり言うマリコの事が嫌いだったけど、一人ぼっちになるよりはマシだったから友達になった。

本当、ただそれだけだった。


マリコは、いつも人の真似をするのが好きな女だった。

私が黄色い髪飾りを買って学校につけてきたら真似をする。赤い筆箱を買ったら、真似をする。そして、マリコの凄い所は私のものより少し値段が高いものをチョイスして「私より上」になるようにしてくる所だった。


そしてクラスメイトに、「見て見てー!これ、いいでしょう?」と自慢する。

まるで、自分が最初に見つけてきて買ったかのように話をする。


で、いつも「咲子ちゃんがいつも真似してくるからさぁー。」と、最後に言う。


本当は、全身私の真似の癖に。

本当は、マリコのこういう所が大嫌いだった。

だけど、マリコはいつも一人ぼっちの私に声をかけてくれた貴重な友達だったのだ。


ブーケトスが始まった。

花嫁のマリコは、何故か明らかに隅っこにいる私の方に投げて来た。


皆、ここは「あっ、咲子の為に投げてるんだ」と察して遠慮した。


そんな訳で、ブーケトスの出来レースが終了した。

いらない歓声と拍手に迎えられ、私は結局片桐君とマリコの間に挟まれて三人での記念撮影を行う事になった。


「咲子ーっ。本当に、今日は来てくれてありがとう!咲子に絶対にこのブーケ取って欲しかったから、私頑張って投げちゃった!


もぉーっ!あんな目立たない隅っこにいるから投げるの大変だったよーっ!?


今度は、咲子が幸せになる番だからねっ!」


と言って、マリコは飛び切りのスマイルを見せた。


正直、心の底から吐き気を催しそうだった。

本当は、そんな事なんて微塵も思ってない癖に。

貴方は、いつもそうだった。自分が一番じゃないと気が済まないのよね。

特に、私より上じゃないと気が済まない。


好きな男が出来たと知ったなら、いつも横取りしようとした。

そして、私の興味が失せたらスグにポイ捨てする。まぁ片桐君は、元々マリコが好きだった訳だけど・・。


私の隣で、ガチコチに硬直してる片桐君がいる。勿論、私もガチコチだ。お互いに、目を合わせる事も出来ない。

ほんの少し、何度かディープキスしただけなのに。何で、こんなに気まずいんだろう。


「か・・かたぎり君・・おっ・・おめでと・・」


と言うと、片桐君はギュッと唇を固く結び、無言で首を縦に素早く動かした。

早く、この時間が終わって欲しいのだろう。


いつも、あんなに隣にいるのが当たり前のように感じていた人だったのに。


一緒にエロビデオを借りに行き、官能小説も買いに行き。そんな事が、性春・・いや青春の1ページになってた私達。


あの時は、これから先もずっとこうやって一緒にいれるのが当たり前だと思っていた。


だけど。結婚すると、こんなに遠い存在になってしまうのだろうか。





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