第16話 マリコの真実
「咲子、本当に今日は来てくれてありがとう!この写真、記念にまたプレゼントするね。」と言って、マリコは満面の笑みを浮かべた。
「咲子ーっ、良かったねっ。マリコ、きっと咲子の為にわざとブーケ咲子の方まで飛ばしてくれたのよ・・。
本当、友達思いでいい子よね・・。」
と、同級生のミホがウルウルした目で言った。
ミホの言葉に続いて「本当・・そんな特定の人を狙ったブーケなんて、私達が取りに行けるわけないもの・・」「ねー!」と、女達の嘘臭い友情談義が続く。
こいつら。
本当は、皆知ってる癖に・・。
私がずっと片桐君の事が好きだった事も、40通ラブレター書いて告白してた事も。
全部、全部知ってる癖に。
この女達、実は皆片桐君のファンクラブ「カタギリッ子」のメンバーだった。
皆で片桐君の写真を拡大して内輪に貼り付けて、折り紙で「カタギリ LOVE」と切り抜いて貼り付けて。そして皆で、キャッキャッ言いながら作る・・
というか、殆どの面倒な作業は・・全部私に押し付けられた。
自分達は、お菓子ボリボリ食べながら「あの男無いよねぇー。」「あの女まじキモくない?」とか。クラスの男女の悪口や愚痴大会してただけ。片桐君の話題など、微塵も無かったのだ。
多分、皆はマリコの指示に合わせて来てただけなのかもしれない。
マリコは、何故か学校では「権力のある女」という扱いをされていた。
別に親がPTA会長でも、兄貴や姉貴がヤンキーだった訳でもない。
何故か、うちの学校の女達からは「マリコに嫌われるとハバにされる」という暗黙の了解があったのだ。
皆、もしかしたら。嫌われたくなかっただけ。仲間はずれになりたくなかっただけ。
結局、皆は自分達が一番好きだっただけ。
本当は、誰も本気で片桐君の事を好きだった人なんていなかったのではないだろうか?
本当に好きだったのは、マリコと私だけだったのではないだろうか。
マリコは、自分の好きな男を皆から羨望の眼差しを受ける存在にしたかっただけではなかったのだろうか。
だから、片桐君のファンクラブを作ったのではないだろうか。
そして、その流れに乗っかってしまった私が本当に彼を好きになる事は。
もしかしてマリコの計算の範囲内に入っていたのだろうか?
しかし、片桐君に初めてマリコが告白した時。まさか私の事が好きだったと聞かされた時は・・マリコにとってどんな心境だったのだろうか・・。
マリコにとって片桐君は・・本当に好きな人なのだろうか・・。
私の頭の中がグルグルと蠢きだした。いけない。考えたら考えるほど、パンクしそう。
片桐君の事を考え出すと、いつも止まらなくなるからもう考えないようにしようと思っていたのに。
いざ、目の前で姿を見てしまうとどうしても考えてしまう。そして、止まらなくなってしまう。
もう、こんな想いなんてしたくない。
誰かを好きになって、苦しくて。この気持ちを早く手放したくて。
好きな人を嫌いになる魔法があればいいのに。そしたら、私の胸の内もスッと楽になる筈だ。
人を好きになるより、好きな人を嫌いになる事の方がずっと苦しいよ。
片桐君と過ごした日々も、長かったが故に思い出も沢山ある。
いつも、私が小説を書いてはパニックで錯乱する度に片桐君が介抱してくれた。
ずっと側で「大丈夫か?」と言いながら、いつも心配そうに私の顔を覗き込んで心配してくれる片桐君は。もう、ここにはいない。
隣の片桐君は、必死で私の顔を見ないように硬直していた。そんな片桐君の横顔を見るのが、何よりも辛かった。
片桐君とは、結婚式の一ヶ月前に一度だけ会っていた。
「久しぶり。元気?」と、片桐君からメールが来た。最初は無視してた。だけど、再び片桐君から着信があった。
「おい。久しぶり。おめぇ、何で出ないんだよ。」相変わらず彼はぶっきらぼうなままだった。
「・・何?」と、面倒臭そうに私が言うと「おめぇ、そーいや。まだ処女なの?」と聞いてきた。
本当。ずっと昔からデリカシーの無さが変わらない。私は「なんでそんなこと、貴方に言わないといけないわけ?」と言った。
受話器の向こうから、「あははは!やっぱおめぇ、おもれぇーなっ!」とゲラゲラ笑った。
「あのう、用事ないなら。もう切りますけど。」言葉は丁重。声のトーンは、ドスを聞かせる。お願い。もう、私に構うな。かけてくんな。心から思った。
貴方を忘れようと、小説を書く事に没頭する事に集中し続けた日々。でも、書けば書くほど忘れる事が出来なかった。
そもそも書く仕事をする時点で、ずっと私の秘書だった片桐君を思い出す要素は盛り沢山だったのだ。
椅子に座って仕事しようとすれば、隣で「あのさぁー、咲子。ここは、やっぱこーしたほーがいいんじゃね?」と突っ込んで邪魔をする。
「ちょっと、片桐君黙ってて。今、集中してるから。」と言えば「えー、絶対こうした方がいいってぇー!」と。私の話を遮る。
まぁ、空気が読めない人だという事は百も承知だったし。
ある程度の事は許してたけど、でも本気で忙しい時は心底彼の口にガムテープ貼りたい勢いでウザかった。
そんなウザいと思っているような人でも、いざいなくなると凄く寂しいものだ。
時折、片桐君がイタズラで腰をツンツン突ついては一人でケラケラ笑ってる時もあった。
「もぉー、辞めてよぉー」と言う私をみて屈託無く笑い続ける彼。
それでも、何故か幸せだったのは何故だろうか・・。
彼はずっと、あの頃から変わらぬ少年の心を持ったままだった。
「なぁ、今晩空いてる?
久しぶりに、お前と飲もうかなーって。」
「何言ってんのよ。貴方、もうすぐマリコと結婚するんでしょう?そんな事やってる場合じゃないじゃない!」
「なんでぇー!
お前、小説だってあんなにヒットしてんだからさぁー。
俺に、焼肉位奢ってよー!
だってさぁー、俺への結婚祝いまだじゃね?」
「はぁ?何で、アンタに私が結婚祝いしなきゃいけない訳?
アンタにする位なら、マリコにするし!」
「てかさぁー、(っていうかさぁーという意味。彼の口癖である)お前、マリコと本当に仲良かった訳?
本当は、そんなに仲良くないんだろ?だって、マリコもお前も俺の事好きだった訳じゃん?親友なのに、俺の取り合いとか無いわー。あははは!」
段々。腹が立ってきた。
不謹慎にも程がある。
「もう、私・・電話切るよ・・」と、私はイライラしながら言った。
「咲子。待てよ。電話まだ切らないで!とりあえず、お前ベランダ出てみてよ。」と片桐君が言うので、渋々ベランダに出る。
小雨降る中、片桐君は傘をさして立っていた。寒かったのか、少しだけ丸く縮こまっていた。
「片桐君!何、何やってるの!」
片桐君はニコニコ笑いながら、こっちに向かって小さく手を振る。しかし、その手は寒さのせいで震えていた。
何で。何で・・。貴方は、一ヶ月後にマリコと結婚するのよ?どうして、こんな所にいるの?何で、私に電話なんてかけてきて。何で、私に会おうとしてくるの?
私は、彼の元へ思い切り駆け寄り「片桐君、ここ寒いし。うちに入ったら?」と言った。
この頃、私は官能小説のゴーストライターの仕事の傍らOLの仕事もしていた。
仕事場に近い所で、一人暮らしを始めるようになっていた。
一人暮らしをする一番の理由は、私が第一志望の大学に行けなかった事からスッカリ肩を落とした両親と顔を合わせるのが辛いという理由もあった。
あの頃、私が片桐君の家に通ってばかりいた為(本当は、小説を一緒に書くため)親から片桐君はかなり嫌われていた。
第二志望の私立大学に行く事になったのだが、実家からそう遠くないとはいえ「一人暮らしがしたい」と言って家を出た。
その流れのまま、就職先もアパートの目から鼻の先で探して今に至る。
実家に帰るのは、正月位だ。
「わりぃな。お前んち入れてもらって温っためて貰うわ。」
「悪いけど。少し体温めたら早く帰ってね。」私は冷たく突き放した。
だけど、本当は来てくれた事が嬉しくて自然と顔が綻んでしまった。
「実はさ、俺。今、マリコと住んでんだけど。喧嘩しちゃって、家入れてくんないの。悪いけど、泊めてくれない?」
は?何言ってんの?こいつ?
私は、目を丸くした。
「無理です。」
「えー!なんで?」
「当たり前でしょう?だって、私はマリコの親友なんだから。
結婚前に、親友の家に旦那を泊めるなんて普通に考えたらあり得ないでしょう?」
「いや、お前。普通じゃないじゃん。
幽霊と同居して仲良くなる位だし、処女の癖に官能小説家だし。大丈夫、お前なら出来るって!」
腹が立って、思わずバチン!と彼の頬にビンタする。彼はニヤニヤしながら、「もぉー、そんな事言ってぇー。好きなくせにぃー。」とヘラヘラ笑ってる。
男は、一度でも告白した女はいつまでも自分の事を好きだと錯覚するという。
彼にとって、40通ラブレター渡した私は何があってもいつまでも自分のファンの一人だと思っているのかもしれない。
片桐君は、「なんか、マジ外寒くてさぁー。早くあったまりたいんだけど、風呂入っていい?」と言って人の家に入るなり服を脱ぎ出した。
昔から、少し図々しいとは思っていたけど。
大人になったからといって、人の根本的な性格はそんなに変わらないのかもしれない。
「なぁ、咲子も一緒に風呂入る?」
「入りません!」
「処女だから?」
「入りません!」
「ふぁはははは!やっぱり咲子は面白いねー!」と豪快に笑ったかと思うと、片桐君はそのまま風呂にスタスタ直行していった。
よかった。
先に風呂に入っておいて・・。
片桐君が風呂に入っちゃったら、次はどんなタイミングで風呂入っていいかわからなくなっちゃうと思うし。
片桐君。今、うちのアパートの風呂で全裸なんだ・・。って、私も変な事妄想しないようにしよう・・。
「咲子ーっ!タオル!タオル頂戴!」
向こうから、威勢のいい片桐君の声が聞こえる。私は、顔を真っ赤にしながらタオルを探し「は、はい!はい!」と、目を瞑りながら片桐君にタオルを渡す。
その光景を見た片桐君は、アハハハと笑う。
「なぁーにぃー。そんなに俺の裸見るのが恥ずかしいんだねぇー。可愛いねぇー。相変わらず、咲子は処女なんだねぇー。」
腹立つわ。そんなに、処女でいる事が駄目な訳?人の事、処女だからって散々馬鹿にしてくるんだから。
怒りの矛先は、やがて私に大きな嘘をつかせてしまった。
「別に、私。処女じゃないし。」
本当は、誰とも付き合った事なんて一度もない。キスを唯一したのは、片桐君だけ。
SEXは、誰ともした事がない。
だけど。私は精一杯の強がりな想いを込めて嘘をついた。
「は・・?ま、まじ?相手、誰だよ?
俺の知ってる人?」
「さぁね。知らない人じゃない?」
「く、詳しく教えてよ!おれ、めっちゃ気になるんだけど!」
片桐君は、途端に狼狽えた。
「ずっと、俺の知ってる咲子は処女であって欲しい。」まさか、そんな幻想抱いてないよね?それとも、ただの好奇心かしら。
どっちにしても、腹が立つ。
「どうでもいいから、早く身体拭いたら?悪いけど、貴方と一緒には寝ないから。
私はベッド、貴方は床で寝て。そして、朝になったらすぐ帰ってね。」
「えっ、何でそんなに冷たいの?
俺たちあんなに仲良かったじゃん!」
「いつまでも、自分の事好きだと思ってんの?馬鹿じゃない?
私にだって、あれから色々な出会いあったし。色々人生があるのよ。
出版社の人達との出会いとかもあるし!
ゴーストライターとはいえ、作品がドラマ化されたりすると打ち合わせに参加することもあるの。
出会いは、貴方よりずっと沢山あるし良い男にだって沢山会える機会もあるんだから!」
ふと、片桐君は寂しそうな顔で私を見た。
自分の知らない咲子がそこにいる。そんな心境だろうか。
だけど、目の前にいる本当の咲子は。片桐君と出会った頃から、恐らく何も変わっていない。
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