第13話 片桐の嘘

「ん?どうした・・咲子・・?」


と、片桐君が心配そうに私を覗き込む。

もう、耐えられなかった。私。


「片桐君・・なんで、いままで私に嘘ついてきたの・・」


「は・・?」


「マリコから、全部聞いた。

貴方とマリコ。

本当は、付き合っているんでしょう?


だけど、片桐君。

私の事。本当は好きだったんでしょう?」


片桐君の顔が、固まった。


「ん・・あっ・・ああ・・聞いたのか・・」


片桐君は、途端にしどろもどろになった。


「どうして・・私が、あんなに40通もラブレター書いたのに・・。


貴方は、マリコに相談してはデタラメ言われて。


そのデタラメを信じて、私のラブレターを全く信じてくれなかった。


わたしは、自分の想いが届かなかった事よりもそっちの方が辛かった・・。


そして、貴方は私に何でも話してくれてると思ったのに。


肝心な事だけ嘘つかれてたなんて。

私、もう信じられない・・。」


私の瞳から、涙が溢れて止まらない。やがて、その鳴き声は嗚咽に変わった。


「おっ・・おい・・。待てよ・・。


ごめん・・。

そんなつもりじゃ・・。


俺も、こうしてお前の秘書として繋がっていれば。


ずっと、お前と一緒にいれるって思っていたんだ・・。


恋愛は、いつか終わる時が来る。


お前とは、出会った時から。

ずっとこの関係を続けていきたいと思ってた。


お前と話してると、楽しいし。

一緒にこうしてずっといても、飽きないし。


ただ、何度もいうけど顔がタイプではないし食指が動くかどうかといわれるとわからないんだよね。


好きなことは好きなんだ。

一緒にはずっといたいと思うし。


マリコは、どちらかというと一緒にいて面倒くさい所あるんだよね。

性格も、素直なお前と違って悪い所もある。ずる賢いというか・・。


ただ、マリコは顔と体がタイプだった。


最初は断ってたけど、巨乳押し付けられて迫られたらさぁ。


なんかもう、俺。

我慢できなくて、ついついヤッちゃった・・。


行為終わった後、マリコが「私の事、体目当てだけだったの?!違うよね?」と、ワーワー泣いて迫ってきたんだ。


あれだけ、俺。

マリコに「咲子が好きなんだ」って言ったのに・・。


俺からすれば、関係もってしまった女を捨てる事なんてさ。正直、いくらでもあったけど。


あの時、何故か「また、この女を抱きたい」と思ったんだよね。

多分、アッチの相性が良かったんだと思う。


その後、俺たちは一度別れたんだ。

俺が、お前と結局ベタベタしてることや。


結局、俺がお前の話ばかりするから。


だけど、結局。


アッチの相性がいいと、男も女もまた戻りたくなってしまうんだよ。


お前に対しての愛とは、また違うんだよなぁ。


マリコとは、本能的というか・・動物的な感覚が合うんだと思う。


結局、俺には。

どっちも必要な存在なんだ・・。」


片桐君の台詞を聞いた瞬間、


私は「パァン!」と、音を立てて彼の頬を思い切り引っ叩いた。


「片桐君とは、私・・もう一緒に仕事出来ない・・。」


もしかしたら、私はずっと心の中で、いつも助けてくれる片桐君の事を「当たり前」のように思っていたのかもしれない。


そして、ゆくゆくはもしかしたら一緒にいつまでもこうしていられるのかもって。


付き合ってるわけでも。

キスやSEXをしたことがある訳でもない。


ただ、いつも隣にいて仕事を手伝ってくれる。こんな日々が、気づけばデビューしてから四年経っていた。


あんなに、憧れてて大好きだった片桐君に対してもマンネリ化を感じる日もあった。


どんなイケメンも、何年も毎日見てたら飽きるものだ。


最後は、本人の人間性や何処まで相手を信じられるか。


ただ、それだけが残るのだと思う。


しかし、当たり前のようにあった日々を嘘と知った悲しみは・・。


私は、この四年間。

彼の一体何を見てきたのだろう。


彼にとって、私は一体なんだったのだろう。


全てが信じられなくなり、途端に受け付けなくなったのだ。


「最後に・・。私に本当に食指が動かないのか・・。試してみてよ・・!」


私は、片桐君の前で突然上着を脱いだ。

そして、徐に抱きついた。片桐君の頬にスリスリと擦り寄ると、片桐君は激しく突き放した。


「おいっ!

何するんだよ!辞めろよ!


俺は・・俺は・・ずっとこうなっちゃいけないって・・


お前とこうなっちゃいけないって、ずっと我慢してきたんだよ・・。


もし、お前と関係結んでしまったら。

この関係が終わってしまう。


俺は、それが嫌なんだよ!

辞めろよ!」


項垂れるような顔をして、ふぅと溜息をつく片桐君。


ねえ。なんで。どうしてよ。


マリコは、女として見ることが出来るのに。


私は、ずっと隣にはいたいけど。

抱きたくはない女って事よね・・。


つまり。私の事。

女として見てないって事じゃない・・。


「じゃあ、せめて。キスしてみてよ・・。」


そんな私の問いにも、片桐君は渋い顔をして首を横に振る。


悔しくて。悲しくて。


彼の顔を思い切り両手で掴んだ私は、彼の唇に思い切り激しいキスをする。

何度も。何度も。


すると、片桐君は


「おいっ、辞めろよっ!

本当・・お前、処女の癖に・・。

もっと、自分の事大切にしろよ!

焦ってんじゃねぇよ!」


片桐君は。私の事。

処女だからって、馬鹿にしてるんだ・・。


出会った頃から、ずっと・・。


「もういい・・。出て行って・・。」


私と片桐君のコンビは、こうして僅か四年で解消した。


その後、一人になった私を「それでいいの?」と心配してくれたのは幽霊の月野マリアだった。


「咲子、それでいいの?」


幽霊でもあり、ずっと私達を見守ってくれた月野マリアが心配そうに言った。


「マリア、気にしないで。

これは、私たちの事よ・・。」


私は、かったるそうにマリアに言った。

正直、今は放っといて欲しかった。


「咲子。せめて、貴方の気持ちをキチンとぶつけるべきよ・・。


私は、ずっと後ろで貴方達の事を見てきました。


実は、貴方達がそれぞれの形でお互いに想い合っていることも知っていました。


それが、恋なのか。愛なのかは複雑な所だったのですが・・。


もしかしたら、本人達自体もよくわかってないのかもしれません。


何故、お互いに相手の事が気になるのかということを・・。


しかし、片桐さんに他に女がいた事も知ってたんです。


幽霊である私には、透視能力があります。

人の心が、全て読めてしまうのです。


人間とは、複雑なものです。


いくら相手の事が好きだからと、その気持ちを素直に伝えるという事はとても難しいのでしょうか?


私は、生きてた頃に一度だけ恋をしました。


しかし、私のようなトラウマを抱えた人間が私の事など好きになってくれる訳など無いと思って・・何もできませんでした。


こんな汚れた体を、誰が愛してくれるのかと・・。


彼は、私のマネージャーでした。


私の事を本当に好きになってくれて、何度かAVの仕事を辞めさせようとしました。


でも、既に年単位で契約してた私は後戻りする事など出来なかったのです。


どんどん、私の撮影は激しくなってゆき・・


それでも、私を仕事の立場上支えなければいけなかった彼は、精神的にもおかしくなっていきました。


やがて、マネージャーを辞めて去ってゆきました・・。


あの時、もし。


私が素直に彼への想いを伝えて、彼の為に仕事を辞めていたら・・。


と、何度も後悔しました。


想いは伝えれる時に、伝えた方がいいですよ。勿体無いですよ・・。


咲子さん!」


何言ってるのよ?


相手の気持ちが去っている時に、追いかけるなんてことしたら。


どんどん、相手の気持ちなんて去っていくものよ。


最初から、そんな風に思ってたなら。

もっと早くに教えてくれても良かったんじゃない?


私は、段々月野マリアに腹が立ってきた。


「うるさいなぁ!別にいいじゃない!

私の勝手じゃない!

だったら、最初からそうやって言ってよ!

そうすれば、こうならなくて済んだんじゃない!」


本当は、誰のせいでも何でもないんだ。


ただ、私は上手くいかない現状に八つ当たりしたかっただけだ。

月野マリアの優しさに、甘えているだけだ。


私。本当、最低。


こんな時に、つまんないプライド抱えてさ。


好きな男に、素直に「好きです」すら言えなくなっただけじゃない・・?


四年前は、あんなにラブレターも書いていたのにさ。


いざ、毎日彼が隣にいるとそれが当たり前と感じてしまうようになったのだ。


彼に、気持ちを伝えることすらおざなりになってしまった・・。


もし、隣にいた頃にも。

ちゃんと想いを伝えていたなら・・。


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