第20話「ではギルドに行きますか!」

「ねぇ、起きてよーっ」


 ん、なんだ……? ボーっとして頭がうまく働かない。

 なんとなく分かるのは、俺は布団の上にいること――


「起きてよーっ」


 ――そして、チコナが枕元で俺に起きるように懇願していること。

 小さな天使は俺の耳元で囁き、俺の体を揺らして起こそうとしてくるのがくすぐったくて頬が緩みそうになる。


 ここで起きるのもいいが、この時間を楽しむため、もう少し寝たふりを続ける。


「起きてよーお兄ちゃんっ」


 なんだなんだ、ふふふ。チコナは本当にかわいいなぁ。

 あぁ、これが現実だったらいいのに――




「ねぇ、起きてよぉ~」


 眠る俺を起こそうと、身体を揺すりながら呼び掛ける声が聞こえる。

 ……まさかさっきのは夢ではなく、現実だったのか?


「ねぇ、ちょっとぉ~」


 にしては図太くて低い声のような気が……。

 淡い期待が薄れていく中、うっすらと目を開けると――



 目の前には濃いメイクの厳ついおっさんの顔があった。



「ぎゃあああああっ! オカマぁああっ!」


 布団にくるまりながら、ベッドの端まで後ずさる。


「あなた、失礼ね~。せっかく起こしてあげたのに~」


 傷が目立つ勇猛な顔立ちと濃すぎるメイクという非常にミスマッチな顔をしかめて唇を尖らせる大家さんに対して、俺は布団にくるまったまま叫ぶ。


「なんで大家さんが来るんですか! ここはチコナの出番でしょう!?」


 大家さんは大きくため息をついて肩をすくめる。


「何言ってるの~。チコナちゃんも一度起こしに来たわよ~。けれど、あなたがグッスリ眠ってるものだから、あなたの疲れを案じて放っておいたみたいね~ん」


 え、そうなの? なんかもったいないことしたなぁ。


「チコナはどこに?」

「まだ一階のリビングにいるわ~。ようやくパーティーメンバーが見つかったんだもの。あなたと一緒に出掛けるのを楽しみにしているみたいね~」


 え、なにそれかわいい。デートみたいにきゃっきゃウフフなショッピングでも――


「言っておくけど、楽しみにしているのはクエストに行くことだからね~」


 ですよね。

 途端、大家さんはさっきまでのふざけた様子から一転して真面目な表情になる。


「そんな暗い顔しないで。久しぶりにパーティーを組めたんだもの。あの子はまだまだ子供なんだからそりゃ浮かれちゃうわよ~」

「ちょっと待ってください。久しぶりにって言いました? ってことは、チコナは以前誰かとパーティーを組んだことがあるってことですよね?」

「あんら~? 本人から聞いてない? だったら私からはこれ以上何も言わないわ。気になるなら本人に聞いてみて~」


 どういうことだ? 何かあったのだろうか?


「チコナは何か隠しているってことですか?」

「あら、もしそうだとしてもあなたがそれを言えるのかしら~? 誰にだって秘密はあるものでしょう? あなただってそうだし、わたしだってそう」


 それもそうだ。

 個人的には大家さんの秘密っているのが特に気になるところではあるが、それをぐっとのみこむ。


「……分かりました。これ以上は何も聞きません。とりあえず、チコナのパジャマ姿でも

拝みに行こうかな」

「残念だけど、チコナちゃんはすでに着替えているわよ~。すぐに出かけられるようにね。あと、すでに昼過ぎだから」


 俺はがっくりと肩を落とし、ベッドから降りて部屋を出ようとすると。


「あ、ちょっと待って。これを渡しておくわ」

「なんですか? ……って、これはギルドカード? しかも俺の……」


 大家さんに手渡されたのは、昨日森の小屋でチコナが見せびらかしてきたギルドカードだった。ただし、そこに記入されていた名前はチコナではなく俺の名前だった。


「こんなもの、いつの間に? それにこういうのって本人が申請しないともらえないんじゃ?」

「今朝、私がギルドに行って発行してもらって来たのよ~。本来はあなたの言う通り、本人が申請しなきゃいけないんだけど。私、ギルドでは顔が利く方だからね~。今回はと・く・べ・つ! それに、あなたが自分で行ったとしても、直前でゴネて冒険者になりたくない、なんて言い出すかなと思って……ね?」


 おっと。俺、あんまり信用されてませんね。

 まぁ、もし実際に自分で申請するとなっていたらどうなっていたか自信はないが。


 受け取ったギルドカードをじっくりと眺めてみる。 

 名前の他に、筋力や魔力、運などのステータスが記載されていた。


「このカードに記されているステータスはどうやって調べたんですか?」

「それはとぉっても簡単! 血があればいいの。血を特殊な魔道具に入れると、自動的にステータスを調べてギルドカードを発行してくれるの」


 ということは……。


「俺の血を採ったの!? いつ!?」

「それも今朝よ~。ぐっすり眠っていたから簡単だったわ~。身体のどの部位から血を採ったのかはひ・み・つ」

「なんで秘密!? 怖いんですけど!」

「ちなみに、直接採血したのはチコナちゃんよ~。私は隣で教えてあげただけ」

「ならば、万事すべて良し!」


 チコナに採血されるなんて、子供のお医者さんごっこみたいだ。ナース服姿のチコナが緊張の面持ちで俺の血を採取する……。あぁ、メガネをかけたい。想像しただけで鼻血が出そう。


「気持ち悪い顔してないで、早く一階に降りてあげて。きっと待っているはずよ~」

「あ、はい」


 大家さんに促され部屋を出る。昨日あれだけひどい目にあったにも関わらず、すっかり疲れはとれていて足取りは軽い。

 階段を下りると、リビングでは天使が湯気の立つミルクを飲んでいた。


「おはよう、チコナ。ミルクで口の周りが白くなってるのがとってもキュートだよ。もしかして、わざと? 誘ってるの?」

「そ、そんなわけありません!」


 チコナは慌ててポケットからハンカチを取り出して口の周りを拭き始める。

 顔を真っ赤にしながらハンカチでごしごしと拭く姿は、昨日までの大人ぶった姿よりも年相応な振る舞いで癒される。


「ふぅ……。おはようございます。よく眠れましたか?」


 ハンカチをポケットにしまい、頰を膨らませながらも、昨日一緒に冒険した俺の身を案じてくれる。優しい。


「おかげさまでグッスリ眠れたよ。ただ、寝起きはキツかったなぁ。爽やかな朝の雰囲気が台無しだ」

「爽やかな朝もなにも、もう昼ですけどね。全く、あなたは私がいないと本当にダメなんですから……」


 なにやらぶつぶつ呟きながらも、どこか嬉しそうな様子のチコナ。

 幼女にお姉さんぶられているが、反論する気は一切ない。この世界に来て以降、最もお世話になっているのがこの子であることが事実だからだ。


「そういえば、大家さんからギルドカードは受け取りましたか?」

「もらったよ。チコナが俺の血を採取してくれたんだろ?」

「……はい? 何の話です?」


 首を傾げるチコナを見て、咄嗟に後ろを振り返ると、大家さんが肩を揺らして笑いをこらえていた。

 嘘つきやがったなこの野郎。


「さて、ではギルドに行きますか!」


 俺と大家さんの様子を気にも留めず、チコナは勢いよく立ち上がる。

 はっきり言って俺はあまり乗り気ではないのも事実であるが、チコナが喜ぶ姿を見ていると、冒険に行くのも悪くないように思えてきた。

 だが――


「チコナ、俺、なんの装備もないんだけど……」


「…………あ」


 背後で大家さんのため息が聞こえた……気がする。

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